「あいつはいつも、ボーッとしているから心配だよ」
「それってエルファスのことを言ってるの?」
「そうだよ。ほんと、エルファスは俺がいないと駄目なんだよな」
良く晴れた日の昼下がり。恋人たちに人気だというお洒落なカフェで、デート中だというにも関わらず、満面の笑みを浮かべて自分の弟の話ばかりしているのはレイロ・サフレンだ。
北の辺境伯家の嫡男であるレイロは金色の癖のある髪に空色の瞳を持つ、涼やかな顔立ちの美青年である。
そんな彼の婚約者である、私、アイミー・シトロフは伯爵家の次女だ。ピンク色に近い薄い赤色の瞳。ストレートの長い黒髪を普段はハーフアップに、活発的に動く時はポニーテールにしており、レイロの好みが細身の女性ということで、努力してスレンダー体形だ。
シトロフ家は代々、体内に保有できる魔力量が普通の人よりも多い家系だと言われている。
私はその血を特に色濃く受け継いでいて、一般的に魔力が多いと言われている人の3倍以上の魔力を持っている。なぜ、そんなことがわかるのかというと、魔力を調べる魔導具で証明されたからだ。魔力は修行で増やすこともできるが、どんなに頑張ったとしても、シトロフ家の魔力量には到底及ばないと言われていた。
私たちが住んでいるルーンル王国は、人間の居住地域に侵入しようとしている魔物との戦いが10年近く続いていた。魔物と戦うために身分は関係なく、16歳から50歳の成人男性が無作為に徴兵された。
女性には徴兵制度はないけれど、志願して戦いに参加することは可能だ。志願できる条件は18歳以上の成人であり、戦う能力があると認められた者だけ。
魔力が多いシトロフ家は、回復魔法や補助魔法で後方支援するために、強制的に戦争に参加させられていた。
徴兵もしくは志願兵の中から、優秀な人ばかり集められた精鋭部隊を騎兵隊と呼ぶ。レイロの自慢の弟のエルファスは、私と同じ年の18歳。のんびりした性格ではあるけど、剣の腕や攻撃魔法の精度が評価され、17歳にして十五ある騎兵隊の第三部隊の隊長にのぼりつめた。エルファスの4つ年上のレイロも、魔力や体力が人並み以上あるため、彼も騎兵隊の隊長に選ばれている。
「あいつは本当に抜けているところがあるからなあ」
「エルのことはそんなに心配しなくても大丈夫よ。私も付いているしね。逆にあなたのことのほうが心配なんじゃないかしら」
「そうかな。エルファスに心配してもらえるなら嬉しいけど」
「レイロ、あなたはさっきから、エルファスエルファスって、私といるのにエルの話ばかりなんだけど!」
不満げに言うと、レイロは苦笑しながら私の髪を一房とる。
「しょうがないじゃないか。もうすぐ、エルファスや君たちと一緒に出征するんだから」
「喜ばないでよ。魔物との戦いは激化しているし、私の両親も不安がっているわ。特に娘たちが戦地に行くから余計にね」
「うちの親もそうだよ。兄弟揃っての出征だから不安なんだと思う。父上なんかは跡継ぎがいなくなることを心配しているからね」
出征が初めてじゃない私でも緊張しているのに、今回が初めてのレイロがどうしてこんなに冷静でいられるのかわからない。
だけど、理解できないところも好きだった。恋に落ちている時って、そんなものなのかもしれない。気持ちが冷めた時はどうなってしまうのかしら。
紅茶を飲みながらそんなことを考えていると、レイロが話しかけてくる。
「あのさ、アイミーに話があるんだ」
「何?」
「その、えっと、俺と結婚してくれないか」
「えっ?」
「ほら、君は18歳になったし結婚もできる。君とエルファスは同じチームだけど、俺とは違うチームだから、中々会えなくなるだろう。君を他の男に奪われたくないんだ」
レイロはテーブルの上に小さな白い箱を置き、中身を見せてくれた。ピンク色の綺麗な宝石の付いた指輪を見て、私は歓喜の声を上げる。
「私の瞳の色と似ているわね」
「うん。……で、どうかな」
「あの、よろしくお願いします!」
「良かったぁ。断られたらどうしようかと思ってたんだ」
レイロは胸を撫で下ろすと、笑顔で続ける。
「この石には状態異常の魔法を無効にする力が付与されているんだ」
「そんな効果があるの!? ……ということはかなり高かったんじゃない?」
付与魔法はそう多くの人が使えるものではないので、魔導具になると値段がかなり上がる。驚いて尋ねると、レイロは笑顔で答える。
「エルファスが付与してくれたから、指輪の値段だけだよ」
「エルが?」
「うん。俺の指輪に付与してくれってお願いしたら、どうせならお祝いに君の分もって言ってくれたんだ。本当にエルファスは良い奴だよな」
プロポーズの指輪に魔法を付与してくれているのは嬉しいし、エルが良い奴という話にも異論はない。でも、レイロの中で私はおまけのような気がして、何だか複雑だった。
それから数日後、私たちは出征し180日間の任務を無事に終えて帰還したのだった。
*****
婚姻届を役所に提出する前に当たり前のことではあるが、お互いの家族に挨拶をした。両家共に喜んでくれて、結婚後はサフレン邸で暮らすことになった。
結婚報告をした日の夜、ネグリジェ姿のお姉様が部屋にやって来て、改めて祝福してくれた。私の姉であるエイミーは、金色の腰まであるストレートの髪にピンク色の瞳を持っている。背が高くてグラマー体型のお姉様は、目鼻立ちの整った美人ということで、男性にとても人気があった。
「おめでとう、アイミー」
「ありがとうございます。でも、あまり浮かれないようにします。魔物との戦いは終わっていませんし」
「……アイミーはずるいわ」
「……え?」
「わたしなんか、あんな男性に嫁がないといけないかもしれないのに、どうしてアイミーはそんなに幸せそうなの?」
お姉様の婚約者はルーンル王国の第二王子だ。第二王子は女性好きで有名で、正妃がいるというのに、5年前にお姉様を側妃として迎えたいと言ってきた。第二王子の申し出を断ることができず、お父様は条件付きでその話を受けたが、魔物との戦いが終わってからの嫁入りという条件をつけた。終戦すれば、お姉様は第二王子と結婚しなければならない。
お姉様は側室になりたくないのだ。第二王子にはすでに側妃が五人いるので、嫁ぎたくない気持ちはわかる。
「魔物との戦いで功績の大きい人は望みを叶えてもらえると聞いています。私もレイロもエルもお姉様が婚約解消できるように頑張りますから待っていてください」
申し訳ないけれど、私にできることはこれくらいしかない。
「……そうね。ありがとう。わたしも願いを聞いてもらえるように頑張るわ」
お姉様は笑顔になると部屋から出て行った。
婚姻届を出した次の日から、私はサフレン邸に住み始め、その後すぐに、次の任務の日程が決まった。そのため籍は入れても結婚式は挙げず、子供はしばらくは諦めることにしようと、レイロと話し合って決めた。
今の私の目標はお姉様の婚約を解消させてあげること。そして、魔物との戦いを終わらせることだった。
それ以外は幸せで、このまま、レイロと幸せに暮らしていけるのだと思っていた。でも、夫と姉が私を裏切ったことで、私の幸せは夫と離婚することに変わるのだった。