第1話『ちょっとしたこと』(fjsw視点)
あれ、おかしいな。
元貴のコップ、さっきまで持ってたのに。どこだったっけ。
「涼ちゃん、それ、冷蔵庫の中だよ」
若井が、笑いながらコップを取り出して見せる。
「あっ、ほんとだ。ごめんごめん、ぼくまたやっちゃった」
笑ってごまかす。
でも、正直なところ……全然覚えてなかった。
最近、よくある。
鍵をどこに置いたか、
スマホをどこにしまったか。
そんな小さな“抜け”が、毎日、何回も起きる。
それでも、元貴も若井も「涼ちゃんらしいね」って笑ってくれるから、
ぼくはその優しさに甘えてた。
「疲れてんだよな、たぶん」
「年取ったんじゃない?」
「やめろよ、まだ30代だぞ?」
冗談みたいに笑ってたけど、
本当は、ちょっとだけ怖かった。
言葉が、ふいに出てこなくなる。
人の名前が、何度も聞かないと浮かばない。
でもきっと――みんなそうなんだ。気のせいなんだ。
この間、コンビニで財布の開け方がわからなくなったときは、
さすがに笑えなかった。
店員さんの前で、ただ突っ立ってる自分が怖かった。
だけど、言えなかった。
元貴にも若井にも。
心配かけたくないし、何より……自分が認めたくなかった。
まだ大丈夫。まだ、普通だ。
ちょっとしたことなんだ。そう、ちょっとしたこと。
そう信じるように、
ぼくは、今日も笑ってみせた。
コメント
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うがぁぁぁぁぁりょーちゃん……