テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
その日からも俺たちの日常は怒涛の勢いで、目まぐるしく、過ぎていった。
ふざけて、雑談して、テレビ収録して、ラジオ収録、雑誌の撮影、祭典に出ては、ライブの構想を考えて、スタジオ練、エトセトラ。
当たり前を当たり前のように過ごしているようで、張りぼてみたいに作り上げたものにも思えた。俺は、俺の中の違和感が、日に日に大きくなるのを、理解していた。
きっかけは理解していたし、それが始まりではなく意味づけに過ぎないことも理解していたし、それを受け入れてしまったら全てがひっくり返ってしまうような怖さがあった。
「はぁ〜、お腹空いたなぁ、でも今減量してんだよなぁ」
「えー、元貴太って見えないけどなあ。それ筋肉でしょ」
「いやいやデスクワーク続きですから…」
「とかいってタピオカ飲んでるじゃん、だめだよそんなカロリー爆弾!」
楽屋でいつものように会話を弾ませている元貴と涼ちゃん。
涼ちゃんにダイエットの極意なるものを説教されて不貞腐れたような顔の元貴がこちらに逃げてくる。
「わーかい〜。若井は僕がタピオカ飲んでてもいいって思うよね?可愛いもんね僕」
可愛こぶった表情を浮かべて俺に向き合う形で膝に乗ってくる元貴。
持っていたスマホを落としそうになり、動揺してしまっている自分に気がつく。
「だ、ダメでしょ!タピオカって芋でできてるんだよ」
「はぁ?おま、裏切んなよ!可愛いだろ!」
ちょっと見上げるような角度で見る元貴の顔は、相変わらず、あまりにも整っていて、不快そうに突き出された唇が、目に焼きついて、体制も相まって下半身に熱が入りそうになり、一気に血の気が引く。まずい。
元貴から体を離すように少し前屈みになって後ろにずれて座り、ドクドクと脈打つ鼓動がやたらうるさく感じられる。
「か、可愛いよ、うちの元貴は」
ふざけてるのか本音なのか自分でも分からないまま返すと、元貴は勝ち誇ったような満足げな顔をしていて、ふん、と鼻を鳴らすと、「そうでしょうよ〜」と頭を小突いてから俺の上を離れた。
もう!元貴に甘すぎる!と涼ちゃんが喚いてるのをどこか遠くに聞きながら、おさまれ、おさまれ、と意識を集中させる。
こんなことで勃ってしまうなんて、最悪だ。あんまりにも最悪だ。中学生みたいじゃないか。
元貴はそんな俺の様子を一瞥して、少しだけ何か含みを持ったような目で観察すると、興味を涼ちゃんに戻して、去っていった。
元貴の香りが鼻腔に染み付いている。
本当に、最悪だ。
「なに、ちょっと最近若井、ぼーっとしてんじゃないの!ちゃんと寝れてる?」
涼ちゃんとのロケバスの帰りの中だった。
涼ちゃんはたまごっちをピコピコと音を立てて世話をしながら、ぼやいた。
元貴は別の収録もあってその場にはおらず、高速道路特有の走行音を聞きながら、涼ちゃんの声とたまごっちの電子音が車内に響く。
「いやあ、ちゃんと寝れてるよ」
「そう?なんかボケボケーーっとして見えるけどね!同居した仲ですから、わかりますよ〜」
変わらずピコピコと軽快な電子音を響かせながら、涼ちゃんはだらっと姿勢を崩したまま、目だけこちらに配ってくる。
「ねね、元貴となんかあった?」
きゅ!と体の筋肉が硬直するのがわかる。
嘘は得意な性分ではないし、自分の思考以上に身体が答えを述べてしまう。
ないよ、と即答するも、涼ちゃんは信じてない様子で、そうかなぁ〜、と伸ばし気味に答える。
「…なんもないよ、本当だよ」
言い聞かせるように、それは、自分に対して、言い聞かせるように、口に出した。
なんもない。
変わってない。
親友で、ミセスだ。それだけだ。
何故か、夜景を眺めてるはずなのに、
元貴がライブ中に目を伏せる瞬間とか、
ダンスした時によくわかる首筋から胸にかけてのラインとか、
面白そうに歯を見せて爆笑する表情とかが、
花火のように脳内で弾けた。
ドキドキする。
そういうと聞こえは可愛いのだけど、そんな青くて軽やかで爽やかな感情とは全く異なった、異常なまでに生々しく熱を持った、脳内であらゆる脳内成分が爆発したような感情が、日々の至る所で感じられるようになってしまった。
挙げ句の果て、元貴を押し倒してめちゃくちゃにする夢を見たり、最悪なことに、そんな妄想で抜いてしまったり、その度に自分がいかに歪んでいるかを突きつけられる気持ちになった。
元貴をめちゃくちゃにしたいし、
元貴を独り占めしたくて、
元貴を抱きしめたくて、
そばにいたい。
会いたい。
声を聞きたい。
触れたい。
それらを全部まとめる言葉を、俺は知っていた。
でも、考えたくはなかった。
頼むから、違っていて欲しかった。
その感覚は昔からあったものに過ぎず、そこに変な名前をつけたら、終わってしまう気がした。
「なーんか避けてる?とも違うけど、ドギマギしてるって見えるというか…なんかそんな感じ」
「…それは良くないね、そんなふうに見える?」
「そうそう、何があったかは聞かないけどさあ」
「….」
「はぁ、若井ってさ」
「ん?」
「元貴絡むと分かりやすいよね」
走行音が涼ちゃんの声に重なって、よく聞き取れなかった。
いつのまにか涼ちゃんはたまごっちをしまっていて、最近俺世話できてなかったかも、と自分のを見てみると、すっかり病気になって死にかけていた。
病気は俺の方だ。
元貴のことで頭がいっぱいだ。
「たまごっち、病気になってる」
「えー、真のタマゴチラー失格って元貴に怒られるよ」
涼ちゃんの軽やかな声とは裏腹に、俺の心はドロドロと渦を巻いて、夜の街の煌びやかさが、何故だか俺を置いていくような気がして、どうしようもなく寂しく感じられた。
735
15,996
コメント
1件
うわあ…読み終わってしばらく動けなかった。 若井の心の声が痛いくらい伝わってきたよ。 元貴に触れられて動揺するところ、涼ちゃんに「元貴絡むと分かりやすいよね」って言われたところ、どっちも胸に刺さった。 「病気は俺の方だ」って台詞がすごく重くて、でもちゃんと理解できる感情で辛くなる。 夢でおぶんちゃげる描写も含めて、自分を抑えきれなくなる感じがリアルすぎた。 もっと読みたいけど、このまま闇に落ちていく感じがして怖くもある… 次話も絶対読みます。