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中学の頃、あの事件があってから、1年生の間はずっと不登校だった。
外に出るだけで足が震えて呼吸が上手くできなくなってしまうので、病院に行きたくてもいけない状況が数ヶ月続いた。その数ヶ月間は家族すらも「もしかしたら」と心の底から信用できなかった。それくらい、人と関わることを恐れていた。
その症状は時間が経つにつれて徐々に軽くなっていき、1年生の冬頃には通院できる程に回復していた。幸い、病院は優しい先生ばかりで、より「人と関わってみよう」と思えたような気もする。
中学2年生の始業式から、オレはまた少しずつであるが、登校するようになった。中学生2年生と言っても子供ばかりなので、たまに不登校いじりをされたりなんだりされたこともある。だが、オレは最強と言っていいほどのメンタルをしているので、そんなので挫ける天馬司ではなかった。段々とクラスにも慣れていき、また入学当初の雰囲気を感じることができた。そこで、また「幸せ」を感じてしまった。
クラスメイトと深く関わりを持つようになってから、何かがおかしくなっていった。
特定の友達以外からは何故か距離を置かれるようになったり、廊下からオレをじっと見ている人が増えたり。はじめは「オレから溢れ出るスター性が生徒を魅了しているんだ」と自分に言い聞かせていたが、そんなのではない。観衆がオレに向ける視線は、冷たく、どこか拒絶しているような目。それがオレは怖くて仕方がなかったので、見て見ぬふりをしていた。それが一番、いいと思ったから。
とある日、クラスメイトからこんな話をされた。
「そういえば、お前って最近めちゃくちゃ注目されてね?」
と。
たしかに、最近はどこにいても視線を感じる。自分を見てコソコソと話をしている人をよく見かける。だが、はしゃいでいたのは入学当初だけで、復学してからは別に注目を集めるようなことは何もしていない。では何故だろうか。そう疑問に思っていると、もう一人のクラスメイトからこう言われた。
「…実は、若干噂になってんだよ。天馬の事。」
「『噂になってる』とは……なぜだ?」
オレがそう訊くと、クラスメイトは気まずそうにしながらも答える。
「それが俺もわかんなくてさ、でも、」
「…お前、去年の5月くらいにあった…誘拐事件、覚えてるか?」
「誘拐?」
クラスメイトは去年に起こった「誘拐事件」というものを説明した。
説明されるものは全て自分に心当たりのあることばかりで、話を聞いているときは少しトラウマを思い出し手が震えた。
「…とまあ、この被害者が『14歳の男子中学生』っていうのと、天馬が学校来なくなった時期もそんくらいで……『被害者は天馬じゃないか』って噂が広まってるらしい。これは知り合いの知り合いから聞いた話だから、確定かはわからんけどな」
この話を初めて聞いたもう一人のクラスメイトは、「気にするな」と言うように言葉を付け足す。
「つーか、それだけで疑うとか、天馬の気持ちも少しは考えろよなって感じだわ」
「それはそう」
学校の生徒に、被害者はオレだということを知っている人はいない。だから、噂を立てている人も、噂を否定している人にも、その噂を聞くたび嘘をついているような気持ちになって嫌だった。
「(もういっそ、バラしてしまうか?)」
そう何度も考えては正気に戻ってを繰り返し、噂はどんどん広まっていった。
噂が広まっていくにつれて、同級生から向けられる視線も徐々に耐えられなくなっていき──、
中学2年の冬、その時噂を教えてくれたクラスメイトに、すべて話してしまった。あいつらは親友だから、絶対に助けてくれるだろうと。 ほんの少しの恐怖と希望を抱えて。
「噂の内容は事実だった」「ずっと苦しかった」そう伝えた直後の二人の顔は、今でも鮮明に思い出せる。
詳細まで言語化するのは難しいが、「話してくれてありがとう」という感謝の気持ちと、オレに向ける軽蔑の視線。そんな感情が混じったような顔だった。
別に、二人は悪い奴でもなく、人並みに優しくて気遣いができる人間だ。だからこそ、その顔を見たとき、オレは知ってしまった。
「優しい人間でも、無意識に人を傷つけることがある」ということを。
─だから、ずっと怖かった。
えむ達にこの事を話したら、きっと、オレはまた傷ついてしまう。
あいつらは優しいから、オレを傷つけないような立ち回りをするだろう。
…でも、オレにはその優しさが、その変化が、どうしようもなく……耐えられない。
えむの突撃も、寧々の毒舌も、類の無茶振りも…話すことで、無くなってしまうかもしれない。オレの大好きな時間が、大好きなみんなが。
結局、中学の頃に話してしまったせいで、陰口を言われることが更に増えた。
「特別扱いされたいだけ」だとか「気持ち悪い」だとか。
話したことで状況が悪化した前例があったので、それが自分の気づかないうちにトラウマになっていて、無意識にストッパーをかけていたのだろう。
「(逃げてばかりだな、オレ)」
みんなの前では絶対に見せないようにしていた涙が、目からあふれ出てくる。
また、あの頃に戻っただけではないか。逃げて、逃げて、逃げ続けた──あの頃に。
「司くん!司くん!!」
「司!返事して!」
あの夏に。