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本作は都道府県ヒューマンズを用いた二次創作であり、多分に暴力な描写、加虐・被虐表現、および性的描写を含みます
倫理観念の欠如した表現が多々ございますので、あらかじめご了承の上、自己責任にてお読みください。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
……などと抜かした御仁がおったが、兵庫、自分を見てるとそんな奇麗事は吐けんなあ。
自分たちがまだ、一つの国であった時の頃から、相変わらずお前は洗練された子供だった。
時折、俺はその男らしからぬ上品な態度が気に入らず、彼の鼻っ柱を叩き潰してやったこともあった。
また、「お前」や「てめえ」といった、俗に言う下品な二人称で彼を呼んでいた。彼を辱める時だけ、「兵庫さん」と慇懃無礼に呼んでやったものだから、それをきっかけに、俺の呼びかけに対する兵庫の反応は鈍くなってしまった。
喧嘩の帰りには、武庫川の河川敷に並んで座り、俺の金で買った釣鐘饅頭を共に頬張ったものである。
もっとも、当時の俺は拙い悪知恵の働く子供であったから、我ながら恩着せがましく、自分より財力の乏しい彼に対して、執拗に礼や見返りを強いた。
それは、純粋な贈与などではなく、将来にわたって彼を縛り付けるための「貸し」を一つずつ積み上げる作業に他ならなかったと、今になって思う。
隣で饅頭を食む兵庫の横顔は、それはもう頼りなく、危ういものだった。
短く手入れされた爪で、包装紙ののりを引っ掻く彼。
自分一人では、この菓子の包み紙すら満足に剥がせへんのやないか
そんな、身勝手極まる確信が俺の胸を支配していた。実際、彼は僕が差し出す金に、僕が選んだ味に、何の疑いも持たず口を開ける。
その無防備な様は、守られるべき弱者のそれというより、主人の庇護なしには明日をも知れぬ家畜の潔さに似ていた。
そんな、甘ったるい餡の味のする記憶も、今や僕の脳裏に沈殿する古い澱に過ぎない。
時は残酷に、そして着実に俺らの肉体を大人という名の檻に閉じ込めた。
かつての無邪気な支配欲も、世俗の喧騒の中に埋没し、いつしか風化してしまったかに見えた。
しかし、その平穏は安易に崩れ去るのである。
それは、煙草の煙や、都会特有のネオンの光が空気中に舞い、思わず目を瞑ってしまうような
そんな道頓堀のくすんだ夜のことだった。
数万円という、大人が数日必死に働いて稼ぐ血金を、紙切れ同然に機械の底へ呑み込ませてきた帰り道。
両手をポケットに突っ込み、指先で残骸のような小銭を弄びながら、俺はどぶ川のような淀んだ空気の路地を歩いていた。
喉が焼けるように乾いていた。
叫び散らした罵声のせいで掠れた喉を潤すためか、あるいは負けを認めたくないという往生際の悪さからか。
ふと、場違いなほど洗練された看板が、網膜の裏に焼き付くような毒々しい光を放って視界に飛び込んできた。
誘われるままに店へ入り、重い扉を閉め切る。
カウンターに突っ伏した俺の視界には、磨き上げられた天板に映る、ひどく惨めで、それでいて何かを期待している自分の醜い顔だけがあった。
この店で安い酒でも飲んで帰ろう。次の給料日まで、贅沢もできるはずもない。明日の飯は三食ともコンビニのおにぎりで済ませるべきか
支給日までの窮乏を案じては、余計に陰鬱になり、俺は暫く虚空を見つめた。
いつまでも一点を睨み続けるわけにはいかない。いい加減オーナーを呼ぼうと顔を上げたその時、視界の端に、この場末のバーには不釣り合いなほど上質な、仕立ての良いスーツに身を包んだ男が映り込んだ。そいつはグラスの淵を親指でなぞりながら、ツンと澄ました顔をしていた。
彼の横顔を見た瞬間、かつて、無駄に整った彼の鼻柱に拳をめり込ませてやった時の、あの硬い骨の感触が鮮烈に蘇る。
相変わらず鼻持ちならないほど洗練された彼の姿を目の当たりにして、俺は呆然と、その名を零した。
「……兵庫……?」
「……久しぶりやな。 何や、そのなり。一目見て、負け犬が紛れ込んできたかと思ったわ」
長い睫毛、そして釣り目の彼はまるでプライドの高い、財閥の御令嬢の様で
今度はその顔面に蹴りを喰らわせてやりたいと思った
俺は顔を上げず、掠れた声で応える。
「……兵庫か。自分、相変わらず鼻につく格好しとるなあ」
胴も足も長い兵庫は、俺を見下ろして鼻を鳴らす。
「相変わらずなのはどっちや。まだそんな夢に銭を溶かしてるん。惨めすぎて、見てられへんわ」
ようやく俺は顔を上げ、兵庫の整った横顔をじろりと眺めた。
自分の潔い家畜であったはずの彼が、今や自我を持って自立し、俺よりかは真面目に働いて己の飯代を稼いでいる。
鬱陶しくバーの証明を反射させる腕時計や、ブランド物の鞄を見るなり、きっと法務従事者や公認会計士でも務めているのだろうか
マメなこった
それからというもの、俺たちは子供の頃の思い出や、今の生活は如何な物かを語らっていた。
実際の所、後者は一方的な彼の自慢に過ぎなかったが。
兵庫が語る「真っ当な日常」は、今の俺には猛毒でしかない。
丁寧に選ばれた言葉、手入れされた指先、そして微かに漂う高級なオーデコロンの香り。
そのすべてが、俺の空っぽの財布と、叫び散らして枯れた喉を嘲笑っているように聞こえる。
一体、いつからそんなに偉くなったのか。
子どもの頃は、主従関係を強いるにははした金や力の強さだけで十分だった。しかし、今となってはどうだろうか。
俺は朝から晩まで毎日同じ服を着てギャンブルに明け暮れ、金が無くなれば三食を安価なパンや握り飯で凌ぐ生活だ。胃の腑を満たすだけの、味気ない延命。
まだ食の選択肢があるだけマシなのだろうか。
べらべらと聞いても居ない自慢をあたかも誇らしげに語る兵庫に対して、腹の底で煮え繰り返る泥のような感情が、ついに限界を超えた。
「…………ッ!!」
鈍い音を立てて、俺の拳がカウンターを叩く。置いてあった彼のグラスが「カチャン」と音を立て、中の水が震えるように波打っている。
驚きに目を見開く兵庫の喉元を、俺の視線がナイフのように抉った。
「……自分ばっかり、ええ思いしよって」
地を這うような低い声。もう一度、グラスの中の酒が静かに震えたような気がした。
だが、次の瞬間には、俺は顔に張り付いたような笑みを浮かべていた。
「なーんて、冗談や。そんな怖い顔せんといて。
そうや、実はうちにもな、とびきりええ酒が入っとんねん」
困惑する兵庫の腰を、逃がさないように強く抱き寄せる。
「ええやろ? 武庫川で一緒に饅頭食べた仲やんか。昔みたいに、二人でゆっくり飲み直そうや」
俺は、彼の残った酒を一気に飲み干した。そして、 その艶やかな革の財布を当然の権利のように奪い取り、彼の酒代をカウンターに置いた。結局、自分は何も頼まないままバーを出た。
重い扉を押し開けて夜の街へと踏み出した俺たちの背後で、バーの喧騒が遠ざかっていく。その足取りは、かつて家畜が屠殺場へと引かれていく時のように、どこまでも静かで、そして絶望的なほどに迷いがなかった。