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「……え?あっ……」
ハッとして振り返った。まさかアーウィンもリズみたいに、人ではなくなったって言うの!?まさか、まさか!!祈る気持ちで彼を凝視する。私の視線を受け取り、おどけて小さく肩をすくめてみせた。
長く息を吐いて胸を撫で下ろす。よかった、いつものアーウィンだ……。落ち着きを取り戻して、フレディに向き直る。
「もう、びっくりさせないで。アーウィンは大丈夫よ。お化けになんてなってないわ。目だって赤くないじゃない」
「冥使には、大きく分けて二種類ある」
銃を構えたまま、ぴしゃりと言った。
「一つは人間が冥使に入蝕されて冥使になったものーー雑種とか下級冥使とか呼ばれるタイプ。そして生まれながらに冥使となる運命をせおったものーーこれは純血種とか上級冥使とか呼ばれる。そいつは」
くいっと顎でアーウィンを示した。
「純血種だ。生まれつきの冥使だよ」
冥使ーー吸血鬼?
「……何?何言ってんの?そんなわけないでしょう?アーウィンは人間よ。ずっと一緒に暮らしてきたのよ?私だってお母さんだってヒトじゃないなら、いくらなんでも気づ……」
脳裏に蘇った光景が言葉を止めた。照明器具の見当たらない部屋。主の見えない……寒々とした部屋。私だって、ほんの少しも気づかなかった。
「上級冥使には催眠の能力がある」
フレディは彼を見据えたまま、低い声で言う。
「さい、みん……?」
知らず、声が震えた。
「姉ちゃんの記憶は捏造の可能性が高い。当てにならない」
私の記憶が……当てにならない?捏造?私の記憶が偽物……?脳の奥に、ぞくっと寒気が走った。
「うそよ……だ、だってほら!アーウィンの目は、赤くないじゃない!お化けはみんな目が赤いのよ!私、知ってる!アーウィンはいつも通りだもん!お化けとは、全然違う!!」
「上級冥使なら、ヒトの擬態くらい簡単にーー」
「やめて!分かんない!!」
最後まで喋らせなかった。
「もう、フレディは分かんないことばっか言う!!」
銀色の銃身を握りしめて、強く揺さぶる。
「うわっ!だから危ないってば!銃身を持つな!!」
ぼろぼろと涙が出てきた。
「分かんないことばっかり言わないで!!分かんないもん!私、全然分かんない!!」
「…………」
「ア、アーウィンは私の家族だもん。ずっと一緒に暮らしてきた、か、家族だもん!吸血鬼なんかじゃないわ!」
彼は小さく息をついて、アーウィンを振り返った。
「……あんたの答えは?」
「……アーウィン……」
銃身を握りしめたまま、黒髪の男の人を見上げる。違うよね?私たち、家族よね?だって私たちは家族なんだって、あの人が……。
私に向かって微笑むと、スッと目を閉じた。やがて開かれた目はーー。
「これで満足ですか?」
真っ赤に濡れている。
「…………」
体から力が抜けていく。手から銃が滑り落ちた。……もう、何も分かんない。どうしたらいいの?どうするべきなの?どうにかする必要があるの?
フレディは私を庇って、背後に押しつける。抵抗せず、それに従った。
「目的は何?」
「お前には関係ない」
切って捨てるような答えに、彼は肩をすくめる。
「ここまでやっといて、それはないんじゃない?」
「オーゼンナートのひよこが出向くほどのことでもないだろう」
「!……へえ、俺のこと知ってるんだ?」
ニコッと笑う。
「じゃあ、ますます放っておけない」
アーウィンは正面から見据えて、宣言した。
「彼女は央魔となる。お前たちにとって不都合は何もない。関わるな」
「どうしてそんなことが言える?」
間髪を入れずにフレディが問い返す。
「彼女が行くのは」
そこでちょっと言葉に詰まった。
「……違う道かもしれない」
何かを迷うような、辛そうな声。それに引き換え、アーウィンの答えは自信に満ちたものだ。薄い笑みさえ浮かべて、言い放つ。
「なるさ。『それ』は、そうならなければならない」
「…………」
その答えを聞いて黙り込んでしまった。何かを考えているようだ。そして、慎重に言葉を選んで口を開く。
「確かにね。利害は一致してる、かな。でもなんでここまでする必要があった?何もしなくたって……ヒナは、いずれトリになる。央魔になるって確信がどこからくるのか知らないけど、そこまで自信があるならあんたは持つだけでよかった。それなのに」
彼はじっとフレディを見つめた後、ふと私に視線を移した。びくっとする。だって怖い。あの目は何?まるで私を憎んでいるみたいな……。今までアーウィンにあんな目で見られたことがない。急に知らない人に見えた。
目の前の小さな背中をキュッと掴んで、深く俯く。背中ちっちゃい。私、隠れられない。やがて、彼がポツリと一言呟くのが聞こえた。
「……待つのは、もう飽きた」
「…………」
長い沈黙。その静かさが怖くて、一層小さくなって背中に隠れようとする。
「レナ」
アーウィンが高圧的に私の名前を呼んだ。体がびくんと震える。
「そろそろ夜が明けます。こちらへ」
「…………」
「レナ」
声が苛立たしげな色を帯びた。今まで怒られている時にだって、聞いたことのない声。深く深く俯いたまま、顔を上げられない。
「こちらに来なさいと言っている」
「姉ちゃん……」
私を背中に庇ったまま、フレディがそっと声をかけてきた。労わる声に勇気づけられて顔を上げると、首を捻って、私を見上げる彼の顔があった。
「今は行って……。大丈夫。あいつは姉ちゃんに危害は加えないよ」
「……フレディは?フレディも一緒に来て!」
驚きだった。何年も一緒に暮らしてきた家族同然の人より、会って間もないこの男の子といる方が数倍安心だと思うなんて。
「俺はもう少し、ここでやらなきゃいけないことがあるから」
体ごと私に向き直る。仕方なく、コートを掴んでいた手を離した。
「姉ちゃんはとりあえず今は帰った方がいい。夜が明けたら、多分動けなくなる」
「?」
「来なさい、レナ」
つかつかと歩み寄ってきたアーウィンが、乱暴に抱き上げる。
「フレディ!」
すぐに手が押し付けられ、私の視界は閉ざされる。
「オーゼンナートの坊、ひとつだけ言っておく。これはそちらの過失が招いたことでもあるのだ」
抱かれているせいで、彼の声がひどく響いて聞こえてきた。重く、冷たく。でも少しだけ懐かしく。
「お前は聖女アーシュラを知っているか?」
「!なんだって……おいッ!」
フレディの声は最後まで聞こえなかった。冷たい霧に包まれた不思議な感覚の後、私の意識も霧のように消える……。