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モノクロナツキ
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#オリジナル
モノクロナツキ
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モノクロナツキ
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閉店の、二時間ほど前。間接照明がシックに店内を照らす大人の空間で、僕は制服姿で、カウンターの中に立っていた。
あの日から何度と洗濯をしてしまったせいで制服の黒のポロシャツからはもう、洸くんと同じ匂いはしなくなったが、その代わりに今BARの中は洸くんの大好きな生チョコテリーヌの匂いが漂っている。
すでにカフェのための第一の仕込み──『生チョコテリーヌ』はオーブンでの湯煎焼きを終え、カウンターの奥で型に入ったまま甘い香りを放ちながら、粗熱を取っているところだった。
カチリ、と店の扉が開いた。
「……お邪魔します」と、予定の時間より早く、少し緊張した様子で入ってきたのは、お洒落な私服に身を包んだ洸くんだった。
「……洸くん!……いらっしゃいませ。どうぞ、こちらのカウンターの隅へ」
久々に顔を合わせた好きな人に気持ちが跳ね上がる。だけど、一瞬で仕事だと興奮する脳を抑え込み、いつもの仕事モードへ切り替えた。
それにしても今日はロックでもジェラピケでもない。ダボダボの黒のパンクニット。可愛いめのゴツいブーツに合わせられているのは膝下までのブラックパンツ。そこから覗く赤い柄物のタイツが目を引く。これはキュートパンクというやつだ。この世にこれ程洸くんの名を体で表す服装があっていいものだろうか。
いつも可愛いが……今日は極上に可愛すぎる。
「うん、ありがとう! お店すっごいいい匂い!」
目を丸くして幸せそうに微笑む彼に、少ししめしめと笑みが溢れる。いつもは閉店と同時に仕込み始める生チョコテリーヌを、洸くんに試食して欲しいが為に、早く冷やせるように少し早めに仕上げたのだ。勿論仕込みを見て欲しい気持ちもあったが、それはミートソースにかける事にした。僕の使命は洸くんを幸せにする事が優先なのだから。そして、お店側にも迷惑をかけないようにきちんとオーナーの承諾も得ている。そこを怠ると元も子もなくなってしまう。
「はい。営業終了後のお楽しみです」
僕がそう伝えると、「やったぁ楽しみぃ」と洸くんが微笑んだ。同時に、白い鎖骨の上でハートのチョーカーが小さく揺れる。そのたびに、僕の心臓までキュンキュンと跳ねてしまう。
「……あれ? 新くん、そのポロシャツ制服やったんや?」
「はい、いつも空くんの家に行かない日はそのまま出勤してるんです」
ポロシャツをつまみながら、そう言うと、
「よく似合ってるから、私服なんかと思ってた。すごくかっこいいと思う」
初めて足を踏み入れるバーの雰囲気に飲まれつつも、洸くんは僕の姿をじっと見つめ、優しい笑顔でそう言った。
いつもの昼間に会う友達同士じゃなくて、こうして夜のバーテンダーとお客様として会話するのは少し気恥ずかしい。
「……ありがとうございます。あ、今から洸くんにぴったりのカクテル考えているので作りますね」
照れてる場合ではない。今日は大好きな洸くんの初来店記念日だ。ここに来ると決まった日から、考えに考え抜いたカクテルを早く披露しなくては。
「……これ、洸くんの雰囲気に合わせて作ってみたんです。アルコールはかなり低めにしてあるので、安心して飲んでくださいね」
僕はそう言って、彼のために特別にシェイクした、淡いパステルピンクの苺とミルクのカクテルを差し出した。洸くんの持つ可愛らしくて華やかな雰囲気にぴったりの、甘くて優しい一杯だ。
「わぁ、可愛い! 俺のパジャマみたい」
洸くんが嬉しそうに少しおどけた瞬間、バーテンダーであることを忘れて、少し吹き出してしまう。
「あれ? 楽しそうやね、新くんがそんな風に笑うの初めてみたかも」
反対側の離れた席から、一緒に来ていた男性から少し離れて、話しかけてきたのは常連客である三十代の若手社長、優人さんだった。仕事帰りにいつもふらっと寄ってくれるハイスペックな大人の男性で、カウンター越しにいつも僕の仕事ぶりを熱心に褒めてくれる、ありがたいお客様だ。
優人さんはグラスを片手に、僕の斜め前に座る洸くんをじっと見つめた。
「そちらの可愛い方は、新くんの……お友達かな?」
優人さんの目が、じっと洸くんを捉える。
その瞬間、僕の危機管理能力が発動する。
優人さんは、お金もあるし男前やし、大人の色気がすごい人や……。そんな人が、こんなバーの空間で、僕の大事な洸くんを『可愛い』なんて目を細めて見てる……まさか、狙われてるんじゃ!?
僕は気がつけば、カウンター越しの洸くんを隠すように腕を出し、優人さんを真っ直ぐに見据えて、冷静に、はっきりと言い放っていた。
「……この人は、僕の大切な人です。こういう所は初めてで、少し緊張されてて。……優人さんもお友達と楽しく過ごしてくださいね」
優人さんは一瞬きょとんとした後、僕の表情を見て、ふっとすべてを察したように面白そうに口元を歪め、「なるほどね。わかりました……じゃあ僕も、お友達と楽しく過ごして来ますね。お邪魔さま」とスマートにチェックを済ませて店を去っていった。
「……焦った」
いつもの優しい笑顔で店を出ていく優人さんを見送る。ああいう優しい笑顔の人がキレた時が一番怖いからな。前に親分を見て、学んだから。自分の言い方が気に障ってしまったかもしれないと、残ったハラハラを全て吐き出すように、一つため息をつく。
「……あの人、新くんのこと好きやんな?」
ホッとしたのも束の間、少し真面目な顔で洸くんがグラスを揺らしながら尋ねてきた。
「え!? ……どう見ても今のは、洸くんのこと狙ってるように見えましたけど」
僕の嫉妬を隠せず勢いのままに答えると、ふふ、と洸くんが優しく笑った。
「……新くんって、モテるのに、そうやって無自覚に上手い事逃げてきたんやろなぁ。新くんを好きになる人は大変や」
クスクス笑いながら、洸くんが甘いお酒を口に運ぶ。そんな他人事みたいに。まるで洸くんは僕に興味がないようで寂しい。
そんな事を思いながら他のお客様に頼まれたカクテルを作っていると、洸くんはカウンターの隅から、僕のその手元を、まるで綺麗なガラス細工でも見るようにじっと見つめていた。
洸くんのプロ魂がそうさせたんやろうか。綺麗なものに目がない洸くんの事や。その熱い視線に、僕の指先にも少し緊張感が走る。
カクテルを仕上げてお客様へお出しした後、カウンターの下にあるシンクへ視線を落とし、溜まったグラスを洗い始めた。
僕の顔が見えなくなり、少し暇を持て余したらしい洸くんが、ふと離れた席の女の子二人組に目を向け、小さく手を振った。
洸くんがこの店に現れてから、ずっとソワソワしていた二人だ。
「ギャアー」「可愛いぃー!!」
と、まるでアイドルに手を振られたファンのようにはちきれんばかりの若さ溢れる声が鳴り響いた。
……あかん。それは、あかん。洸くんは自分がどれだけ無防備で、どれだけ周りを惹きつけてるか分かってない……!
独占欲が完全に理性を上回った僕は、バックヤードから自分の休憩用の黒いパーカーを引っ掴んで戻ると、カウンター越しに驚く洸くんの頭からすっぽりと被せ、フードをグッと深く引っ張ってその綺麗な顔を覆い隠した。
「え!? せっかく今日、可愛くしてきたのに……!」
ポロッと溢れた、あまりにも破壊力の高すぎる洸くんの本音に、僕はフードで隠れた彼の顔を真っ直ぐ見つめて、少し怒ったように、冷たく言い放った。
「……洸くんは、どんな状態でも可愛いので大丈夫です。でも他の人にそんなに可愛く笑いかけないでください。お店中がパニックになります」
半分八つ当たりのような、けれど本気で余裕のない僕の言葉。
洸くんは急に黙り込んだ。やってしまった、と僕が焦ってフードの奥を覗き込むと──洸くんはニヤニヤと、もの凄く嬉しそうに頷いていた。
「……ん。新くんがそう言うなら、大人しくしとく」
僕の黒パーカーに包まれながら、洸くんは満足そうにカクテルグラスを揺らす。
これは、思いの外嬉しい。すごく可愛い猛犬を手なづけてしまった気がして、今僕の中が幸せで心が満たされている。
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