テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第六話 祝福の届かない席
冬の朝の空気は澄んでいて、祈りにふさわしい静けさを帯びている。
今日は館の礼拝堂ではなく、城下町の教会へ向かうことにした。
神の家はどこであれ同じではあるけれど、大きな教会での祈りは、より多くの祝福を受けられる気がするのだ。
「本日は教会へ参りましょう」
そう告げると、ウラシェルは一瞬だけ視線を上げ、すぐに伏せた。
「……教会、ですか」
「ええ。町の方々も集まりますし、きっと良い経験になります」
彼は静かに頷いた。
その従順さに、私は内心で安堵する。少しずつ、この土地の暮らしに馴染んできている証のように思えたからだ。
教会の尖塔が見えてくる。
石造りの大きな建物は、朝の光を受けて白く輝いていた。扉の前にはすでに人が集まり、身なりの整った貴族や商人、質素な服の町人たちが、それぞれに挨拶を交わしている。
馬車から降りると、何人かが私に気づき、軽く会釈をした。
その視線が、すぐ後ろに立つウラシェルにも流れる。
珍しいのだろう。
北の国の容姿は、この辺りではあまり見ない。
私は気に留めなかった。神の御前では、外見など些細なことだもの。
教会の中は、ひんやりとしていた。
高い天井。色硝子の窓から差し込む光。
香の匂いが、静かに漂っている。
入口の壁際に、木の板が掛けられているのが見えた。
そこには細かな文字で、座る位置についての決まりが記されている。
──貴族は前方の長椅子へ。
──市民は中央。
──奉公人および従者は後方へ。
いつものことだ。どこの教会でも似たような決まりがある。
秩序とは大切なもの。
それぞれがふさわしい場所にいるからこそ、祈りは乱れないのだ。
私は自然に前方へ足を向け、振り返る。
「こちらですよ」
そう声をかけてから、少しだけ考え直す。
彼は私の従者という扱いになる。
ならば、決まりの通り後方が正しい。
「……あちらに座ってください」
後ろの長椅子を指す。
ウラシェルは一瞬、私と前方の席を見比べたが、何も言わず頷いた。
「はい」
素直でよろしいこと。
私は微笑み、前の席へ向かう。
後ろを振り返ることはしなかった。礼拝が始まる前に、心を整えなくてはならないから。
祈りの時間。
司祭の声がラテン語で響く。
「主があなたと共にありますように ──」
何度も耳にした言葉だ。意味も分かる。
神の言葉は、いつ聞いても心を洗う。
ふと後方に目をやると、ウラシェルはじっと前を見ていた。
姿勢は正しいが、どこか固い。
やはりまだ慣れないのね。
けれど大丈夫。
神の御言葉は、たとえ意味が分からずとも、心に届くものなのだから。
そう信じている。
礼拝が終わり、人々が外へ出ていく。
教会の前庭では、知り合いの貴族夫人に声をかけられた。
「ごきげんよう、アディポセラ様。その美しい方は?」
「ええ、北から来た子ですの。まだ文字も読めませんけれど、信仰を学ばせているところですわ」
夫人は「まあ」と微笑み、ウラシェルを上から下まで眺めた。
「お優しいこと。きっと神もお喜びになりますわ」
その言葉に、胸の奥があたたかくなる。
ええ、きっとそう。
私は正しいことをしている。
帰りの馬車の中。
「今日の礼拝はどうでしたか?」
そう尋ねると、彼は少し間を置いてから答えた。
「……静かでした」
「ええ、とても良い教会でしょう? 何度も通えば、きっともっと落ち着いて祈れるようになりますよ」
窓の外で、教会の尖塔が遠ざかっていく。
神の家で祈ることは、誰にとっても祝福のはずだ。
そこに身分の違いなど、きっと大した意味はない。
私はそう信じている。
後方の席が、どんな景色だったのかも知らないまま。