次の日の仕事中、青葉はいきなり叫んだ。
「そうだ、ランプ買えばいいんじゃないかっ」
社長室にいた来斗と竜崎が動きを止めて、こちらを見た。
「どうしたんですか? 社長。
ああ、来斗のおねえさんとかいう、美人店主の店の話ですか」
と竜崎が言う。
「もしかして、なにか理由をつけて会いに行くのに、ランプ買えばいいって話ですか?
なんで今まで思いつかなかったんですか?
社長、実生活では不器用ですか?」
容赦なくこの秘書室長は、畳みかけてくる。
っていうか、なんでわかった。
超能力者か、と青葉が思ったとき、
「あ、私もなんだか急にランプが欲しくなりました」
と竜崎が言い出した。
「なにお前まで会いに行こうとしてんだ……」
「だって、美人なんでしょう?
その店長」
「美人もいろいろだろ。
お前の好みかは、わからないじゃないか」
顔も見たことないくせに、何故会いたがる、と思いながら、
「美人ならなんでもいいのか?」
と訊いた。
「だって、社長ほどの人が、そんなに夢中になってるから。
すごいいい女なのかなって思うじゃないですか」
「……なってない」
竜崎が戻っていったあと、来斗がこそっと訊いてきた。
「あのー、社長。
いつも姉となんの話をしてるんですか?」
あの人、社長と話、合いますか?
と心配して訊いてくる。
「そうだな。
昼間は、堀様とやらの話で」
と言うと、来斗は、ああ、と苦笑いする。
「あとは、サイトの話とイカ腹の話かな」
「……なんですか、イカ腹の話って」
姉よ。
何故、この人に、自分の推しと日向のイカ腹の話を……。
来斗は青葉の話を聞きながら、こんなすごいイケメンと二人きりのときに、そんな話をする姉が信じられない、と思っていた。
姉よ。
お前は、イケメンは好みではないのか。
お前を捨てた男は、あの可愛い日向の父なんだから、イケメンだったんじゃないのか。
まあ、イケメンにもいろいろあるだろうし。
この人は、お前の好きな堀様とはタイプが違うが――。
だが、こんな人がうちの姉なんぞ相手にしないだろうと思っていたのに。
何故か、社長は姉に気がある様子だし。
日向という子どもがいると聞いても、怯む様子もない。
さすが、社長っ。
懐が深いっ、と俺は感心し、社長に惚れなおしているのにっ。
なのに、何故、お前はせっかくのチャンスに、日向のぽっちゃりイカ腹の話をっ。
苦悩する姉思いの来斗に向かい、青葉は語る。
「『子どもはイカ腹が可愛いですよね~。
イカ腹、短足が可愛いですよ~』
とお前の姉が言うから、
『短足でいいのか?』
と訊いたら、
『いやー、今は短くてもいいですよー。
いずれ、足、長くなると思うんで。
父親が……』
とあいつは言いかけた。
日向の父親、足が長かったんだな。
もういっそ、堀様が父親なんじゃないのか?」
と細くて長い堀貴之の足を思い浮かべるように、青葉は遠い目をする。
姉っ。
何故、そこで昔の男の話を――っ。
イカ腹以上にいい雰囲気になりそうにないうえに、とんでもない地雷だ。
「あいつ、今でも、自分を捨てた男が好きなんじゃないのか?」
「だ、大丈夫ですよ。
そんなことないですよ。
ほら、女は昔の男のことなんて、すぐに忘れるって言うじゃないですか」
と来斗は慌ててフォローを入れる。
「子どももいるのにか」
「子どもは覚えてても、男のことは忘れますよ」
「……子までなした男に対して、それなら。
植え込み壊した程度の俺のことなんて。
二、三日行かなかったら、すぐに忘れるんだろうな」
社長っ。
何故、そんなにナーバスッ。
何故、そんなに後ろ向きっ。
仕事中はそんな姿見たことないんですけどっ。
まさか、あの姉に本気なんですかっ。
そもそもあなたとでは、釣り合ってない気がするのにっ!?
これが恋というものなのだろうか――。
恋って、ほんとうに条件とかどうでもいいんだな、と来斗は感心していた。
青葉は、しまいには、
「そうだ。
あの植え込みが直らなければいいんだ。
そしたら、植え込みを見るたび、あいつは俺のことを思い出し。
いつか、あいつの記憶に俺と言う人間が刻み込まれることだろう」
と言い出した。
「来斗。
造園業者に、作業に行かないよう、電話しろ」
「いやあの、そんな記憶の刻まれ方でいいんですか、社長……」
コメント
4件
青葉さん面白すぎる〰️🤭
ふふふ☺噛めば噛むほど癖になる(笑)そんなお話ですね☺好きです