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#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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「お前も16歳だろ。そんな一人で抱え込むな。親が怖いのか? 殴られるのか?」
「貴方じゃあるまいし、殴られませんよ」
「――親に否定されるのが怖いって顔してるよ。無理だけはするな。心が死んでしまうよ」
明るい声で言っていたけれど、孔一くんの顔がくしゃくしゃになっていた。
「うわ、俺は流伽と一緒に謝りに来ただけなのによう。泣くな、一緒にご飯でも食べるか? あ、サイン書いてやる。ほれ、サインサイン」
どこから出したのか常備しているのか、サインペンを出してきて、腕に落書きを始めた。
「お互い、頑張ろうじゃないか。好きな相手を一番幸せにできる方法を見つけてやろうな」
「……そうですね」
「純粋で良い少年じゃん。週末の試合見に来てよ。流伽たちとおいで」
元々は行く予定だったんですよ、とは言えず私も誤魔化す。
彼の気持ちが少しだけでも見られただけ進歩かな。あとは本当に二人だけの問題だから私たちは余計なことは言わない方がいい。苦しいってサインだけは見逃さないようにして、二人を見守っていけたらいいなと思う。
「あの、本当、あの俺の流伽のせいで暴力にトラウマとかはないよね? だいじょうぶだよね?」
一慶さんが恐る恐る聞いてみると、真っ赤な目を細めて孔一くんは笑った。
「彼女は、親友のために怒れる素敵な人です。大丈夫ですよ。支配するための暴力じゃない」
「そう。それ、俺が言いたかったのはそれ。支配のためじゃないんだよ。だから怪我してなくて良かった。いや、どんな理由があっても喧嘩腰なのは駄目なんだよ。世界では今日も誰かの誕生日。ハッピーな日なんだよ」
一慶さんのめちゃくちゃ理論に、とうとう孔一くんも笑い出した。
でもわかる。私だってその一慶さんのテンションとへこたれない前向きな持論は長所だと思っている。
あとは水咲と一河と合流して、水咲がどうだったのか顔を見たい。
一慶さんたちが盛り上がっている中、私は奥のお屋敷を覗き込んだ。
「ふざけるなよ。訂正しろ」
すると、信じられない声が聞こえてきて固まる。
いやいや、この声は一河じゃない。一河はそんな大声をあげたり、乱暴な言葉を使わない。
眉目秀麗、少しおっとりしたしゃべり方だが、優しく温厚な性格。
クラスが学際や合唱コンクールで方向性が分からなかったり険悪にあったとき、率先して輪を取り持ってくれる。聖人君子な一河が、そんな声を上がれることはまずない。
怒ってくれるとしたら、友達のことだけど。
「訂正しないのか。下卑た野郎だ。二度と俺の前で口を開くな」
「……一河?」
近づいてみると、ちょうど車いすを回転させ私の方へ向き直っていた。
奥の屏風の後ろの男の人は、私に気づいて背を向け歩いていく。
「今の人、どうしたの?」
「孔一くんのお兄さんらしい。亜里沙さんを試験管ベビーだって笑いやがった」
「試験管ベビー? なにそれ」
「平成に流行った言葉じゃないか。くそう。あんなやつが人の上に立つとは最低だ」
「一河、どうしたの?」
三重塔と繋がる渡り廊下を、ぱたぱたと歩いてやってくるのは水咲だった。
「喜一さんがなにか一河に失礼なことを?」
「いや、いいよ。気にしないでいいよ。自分でなんとかできるレベルの最低野郎だった」
「こんな時ぐらい、一河も私たちを頼ってくれていいのに。何もできないかもだけど、私たちだって一河に何かあれば絶対に助けたいよ」
ね、と水咲を見たら、当たり前でしょって強気に頷いた。
良かった。いつもの水咲だった。
でも心なしか、朝別れた時よりもなんていうんだろう。儚げというか憂いを帯びている。
「水咲は大丈夫だった?」
私が尋ねると、目を閉じて頷く。何かを思い出しているようだった。
「彼は私を利用しようとしてたみたいだけど、気持ちを伝えたら戸惑っていたよ。私の気持ちは彼を苦しめる。でも、これでよかった。お見合いはどうなるか分からない。両家とも怒ってたし」
「そこまで悪い人じゃなさそうだもんね。孔一くん。美形だし」
美形は余計だろって呆れた一河の言葉に、皆で笑った。
手入れされた庭園は、大きな住宅に飲み込まれそうな小さな空の下、季節を表していて葉桜になりかけた木々が揺れるたびに桜色の絨毯の上にはらはら落ちていく。
切り離された空間で、私たちはゆっくり前に進んでいくしかない。
16歳は大人じゃないよ、まだ子供だよ。
でも大人になりたいから、歩き出したいから、法律で未来を縛ろうとしないでほしい。
そう願うしかなかった。
「俺の流伽―っ」
「来た来た。ぶれないね、一慶さん」
「急に桜が満開になった気分だよ」
二人は全力で走ってくるハムスターを見て、笑っている。
「そろそろ流伽の家でご飯しよ。水咲ちゃんも一河くんもいいか、聞いてよ」
「二人ならたぶんいいと思うよ」
勝手に一慶さんに決められたのに、なぜか二人は嬉しそうだった。
「絶対に食事に困るだろ。俺も食材を買って一緒に作ろうかな」
「じゃあ私も作る」
「お邪魔するんだから私もお手伝いするわよ」
「俺は苦手だから何ができるかなー」
皆でクスクス笑いながら、桜の絨毯に足跡をつけて歩いていく。
家に帰るころには太陽は月に隠れ、オレンジ色の空が夜に染まっていった。
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