『』叶
「」葛葉
葛葉side
最近叶がおかしい。おかしいなんて言ったら失礼かもしれないが、常に焦っているような、何かに追われているような、そんな顔をしている。
「・・お前大丈夫なの?」
そう聞いてみたこともあった。
だがいつも返事は
『なにがー?』
これしか返ってこない。
たぶん、叶は自分の変化に気づいていない。俺に隠しているような様子もないし、この答えをする時も素っ頓狂な顔をしているから、本当に気づいていないのだろう。
案件も公式番組も増え、さらに大会、そして楽曲作り、そのうえ俺とのくろのわだってある。正直叶の負担は終わりの見えない壁のように高い。俺なら普通に諦めるか減らすかするだろう、なのに叶はひたすらに越えようと越えようとしている。
・・叶は気づいていない。自分で自分の首を絞めていることに。
叶の綺麗な瞳の下に淡く刻まれたクマ、いつも気にしていた手も最近は少し乾燥してガサガサしている。
『葛葉ぁ、乾燥するからちゃんとハンドクリームつけな?』
・・いつしかそんなこと俺に言ってたのに。今じゃ俺の方が手綺麗じゃねぇか、、、
俺の前ではニコニコして
『葛葉、疲れてない?大丈夫?』
なんて抜かす叶。
・・お前だよ。
いつもそう言いたいのにどうしても言えない。
ニコニコしながら仕事の話をする叶を目の前にして、「もう仕事するな」と言ってしまいそうで、今の叶を否定してしまいそうで、どうしても口から出ない。
正直叶は飯も食ってるし、今のところ体調を崩している様子はない。ただ睡眠時間は明らかに減っている。
驚いたのは俺と一緒にベッドに入ったのに、俺がトイレに起きた時には隣におらず、叶の部屋の電気がついていたことがあった。そっと隙間から部屋の中を見ると、ヘッドホンをしてパソコンで作業をしていた。
こんなことが1回や2回ではない。
わざわざそんなことをするということは、俺に心配をかけたくないのだろう。
叶のそんな気持ちを思うと、尚更やめろとは言えなかった。
叶のマネージャーに少し探りを入れてみたこともあった。だが、、、
?「叶さん、最近頑張られてるんですよー」
そう笑顔で言われてしまった。
・・・
『・・はー?くずはー?』
「はっ、、ごめんなに」
『話聞いてなかったでしょもうー』
「わりぃ、、ちょっと考え事してた」
『大丈夫?葛葉疲れてるんじゃない?』
・・また言われた。
そんなクマのある濁った瞳で言われたって何の説得力もない。
・・疲れてるのはお前だ。
そう言いたいのになぜかいつも俺の口はつぐんでしまう。
「いや、、んなことねぇよ」
『そう?ならいいんだけど』
そう言って叶はコーヒーを飲む。
叶side
夕食後に葛葉と話した後、自室に戻る。今日は配信がないから溜まっている仕事を片付けよう。いつも通りヘッドホンをして音楽をかけながらパソコンに向かう。
・・あ、これやらないと、、
・・これもだ、締切いつだっけ、、
・・あ!あの案件のやつ、、、
パソコンを開けば無限に湧き上がる仕事。
・・こなさないと。
・・こんなの余裕だ。大丈夫。
・・やらなくちゃ。期待してもらってるんだから、、
自分にそう言い聞かし、ショボショボとしてくる目を擦る。
目薬をさし、コーヒーを飲んでまたパソコンに向かう。
・・・
気づけば午前1時になっていた。葛葉は夕食後に配信をしていたからまだやっているかぼちぼち終わったかってとこだろう。
アプリを開くと40分前に配信は終わっていた。
・・葛葉寝るかな?
そう思い、自室を出てリビングに行く。リビングの電気はついておらず葛葉はいない。葛葉の部屋の電気もついていなかった。
まさかと思い寝室に行くと、行儀よく仰向けで寝入っている葛葉。
・・また1人で寝かせちゃったな、、
ベッドにそっと入り葛葉の頭を撫でる。
「ん、、」
『あ、起こした?』
「・・かなえ、寝る?」
『あ、、うん寝るよ』
「よかったぁ、、」
『ごめんね1人で寝かして、、ほらおいで?』
そう言って葛葉を抱き寄せると僕の腕の中で安心したようにスースー寝息を立てる。
・・可愛いなぁ。
僕も目を閉じしばらく葛葉の温もりを感じる。葛葉が完全に寝たタイミングでそっとベッドを抜け出し、また自室に戻る。
・・やらなくちゃ。
またヘッドホンをしてパソコンに向かう。
時刻は午前2時半。もう今日は寝なくても良いか、、、頑張ろう。
(翌朝)
『・・ん』
痛む首と肩に手をやりながら目を開けると目の前にパソコンが。どうやら椅子に座ったまま寝てしまったようだった。
・・何やってるんだ僕は。寝てる場合じゃないのに、、、
そう思い、はぁとため息をついた時だった。
「・・かなえ、、」
急に聞こえた葛葉の声に驚き、くるっと振り向く。
『葛葉、起きたの?おはよ』
「叶、お前、、」
『あ、机で寝てたのバレた?やばいよね』
「かなえ」
『身体痛いよもう〜、そうだこれやんなk』
「かなえ!!!!!!!!」
急に大きな葛葉の声が聞こえ、はっと葛葉の方を見る。
葛葉は寝巻きで髪はボサボサで、、、大きな目から涙がこぼれ落ちている。
・・え、葛葉泣いてる、、?
『葛葉っ!!どうしたの?!』
「かなっえ、、ぐすっ、、」
『どうしたの?』
慌てて葛葉にかけより抱きしめる。
何で泣いているのか僕には到底わからなかったが、今目の前の葛葉が泣いているのは事実であり抱きしめることしかできなかった。
しばらく葛葉の頭を撫でていると、 顔を上げて僕の目を見る葛葉。
『くーちゃん?どうした?』
「かなえ、、」
『ん?』
「・・俺の話聞いてくれるか?」
『もちろんだよ!どうしたの?』
「・・・俺、お前を見てるのが辛い」
『・・・え、』
「お前、最近やりすぎだよ、、寝てねぇし、、無理してる、、」
『葛葉、僕は大丈夫だよ』
「大丈夫じゃねえって!!!!!」
真っ赤な瞳を大きく開き、僕に何かを訴えかけるような、僕を刺すような眼差しで葛葉は僕を凝視する。
あまりの迫力に僕は何も言えなかった。
「俺と寝た後に起きてんのも知ってる」
『・・っ!!』
「そんなクマまで作って、手もこんなガサガサで、、、何が、何が大丈夫なんだよ、、」
『・・・』
「かなえ、、俺、お前が壊れそうで、、怖いんだ、、、」
『・・・』
「お前がいなくなったら、、、俺、どうすればいいんだよ、、、」
葛葉に似合わない情けない声が聞こえる。
ふと自分の手元を見ると たしかに乾燥してささくれだらけの指先。 そしてパソコンの真っ暗なスクリーンに映るくすんだ自分の顔を見る。
・・え、、僕、こんな顔で、、手も、ガサガサで、、、気づかなかった、、
それに、、僕が夜な夜なベッドから抜け出してたの、、バレてた、、、
・・葛葉に心配かけないようにしてたのに、むしろ心配しかかけてないじゃん、、
・・こんな泣かせて、、、僕は、、
ぎゅっ
急に視界が暗くなり、気づけば葛葉に抱きしめられていた。
僕より背の高い葛葉が力の限り僕の頭を自分の胸に押し付け、もう片方の腕で僕の背中を抱き寄せている。
「叶、、今が頑張り時なのはわかる、お前が期待に応えようとしてるのもわかる、、でも、でも、、お前がお前じゃなくなりそうで、、俺、、、」
『・・・』
「・・お前のことはお前が1番よくわかってると思う、、、でも、俺もお前と同じくらい、、お前のこと見てるから、、」
泣きそうな弱々しい声でゆっくりとしっかりと僕に伝えるように言葉にする葛葉。
『・・くず、は、、、』
声を出した途端に自然と涙が頬を伝う。何に泣いているのか、悲しいのか悔しいのか、僕にもわからなかったが、とめどなく涙が溢れ、柄にもなく葛葉にしがみつき感情のままに声を出して泣いた。
葛葉side
・・叶が、あの叶が俺の胸で大声で泣いている、、、
俺は見たことの無い状態の叶を力いっぱい抱きしめながら何も言わずに叶が泣き止むまで待つ。
どのくらいそうしていただろうか。
叶の呼吸が落ち着いてきたところで俺はゆっくり叶を抱きしめていた腕の力を弱める。
『ぐずばのぶぐぐじゃぐじゃなった、、』
ぐずった鼻声が聞こえたかと思うと、叶はゆっくり顔を上げる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの叶。
「・・ぶさいくだな、お前」
『・・びどい』
「ほらこれ」
俺が渡したティッシュで鼻をかみ、えへへと笑う叶。
なんとも情けない笑顔、でも間違いなく本物の笑顔で笑う叶を見て俺もつられて笑う。
叶side
そのまま葛葉に手を引かれ、リビングのソファに座らされる。
葛葉はキッチンでお湯を沸かしている。僕も手伝おうといそいそと立ち上がろうとすると、
「動くな、お前は今日1歩も動いちゃいけません」
『・・・』
「動いたら死刑」
『・・重くない?』
そんな冗談を言いながら葛葉が僕の分と自分の分のココアを入れてくれた。
僕は普段あまりココアは飲まないが、温かくて甘ったるいココアが僕の弱った心を包み込むようで、なんとも心地よかった。
『・・美味しい』
「だろ?」
満足気な顔で自分もココアを口にする葛葉。
『・・僕さ』
「ん?」
『なんか自分で思ってたよりかっこよくないなって』
「・・・みんな、そうだろ」
『・・え?』
「みんなそうだから、、誰かといたくなるんだろ」
『・・・』
「・・・」
『・・葛葉の、、』
「ん?」
『・・葛葉の前では、、僕かっこよくいたかったのにな、、』
「・・・」
『・・ダメだったみたい』
「・・・」
『・・・』
「・・パズルのピースみたいに、お前も俺もでことぼこがあって、それが組み合わさるから崩れないんだろ」
『・・・』
「・・・」
『・・・』
「・・なんか言え」
『葛葉にしては良いこと言うなと』
「”葛葉にしては”は余計だろ」
ふてくされる葛葉を見てつい笑ってしまう。
葛葉が入れてくれたココアのせいか、葛葉のかけてくれた言葉のせいか、すごく心がまったりしている気がする。
僕は大きく伸びをする。
「・・1回寝ようぜ」
『そうしようか、僕も眠いや』
葛葉と2人で寝室のベッドに入り横になる。
「ん」
葛葉の声が聞こえ、振り向くと葛葉が腕を伸ばしてこちらを見ている。
素直に葛葉の腕に頭を乗せると静かに優しく抱きしめられる。
「・・こうしてないと、お前すぐどっか行くから」
少し寂しそうにも聞こえる声でぼそっと呟く葛葉。
『・・騙すようなことしてごめん、葛葉』
「別にそうは思ってねぇよ、俺に心配かけないようにわざとやってくれてたんだろ」
『うん、、でもバレてた』
「バレバレよ」
『・・・』
「・・サボるのも必要よ、、お前いつも頑張ってんだから、、」
『・・・』
葛葉に優しく抱きしめられながら優しい言葉をかけられて、涙が静かにまたこぼれ落ちる。
僕の顔が見えてないのにそんな変化にも葛葉は気づいたようで、少し僕を強く抱きしめ
「・・叶、泣いていいから」
と言う。
・・あぁ、葛葉にはほんとに全部バレてるんだな、、
1人でがむしゃらに頑張り過ぎていたこと、身体が悲鳴をあげていたのに気づかなかったこと、みんなの前で、とくに葛葉の前ではかっこよく居たかったこと、それでも葛葉には全部がバレていてむしろ心配をかけていたこと、、、
色々なことが頭の中でぐるぐると渦を作り、いっこうに整理されない感情を涙として吐き出し続ける。
・・こんな僕を見て葛葉は嫌いにならないだろうか、、
こんな不完全な僕を見て、葛葉は、、、
大丈夫だと分かっているのに、諦めの悪い僕の脳がまた勝手に頭の中でそんなことを言い出す。
『・・ぐすっ、、くずは、、くずは、、』
声にならない嗚咽で葛葉の名を口にして頭の中の考えを打ち消そうとする。
「・・大丈夫、どんなお前でも嫌いにならないから。」
葛葉は僕に言い聞かせるように頭を撫でながら口にする。
・・あぁまた葛葉は、僕の欲しい言葉を言ってくれるんだな、、、
ひとしきりまた葛葉の腕の中で泣き、だんだん頭の中の感情の渦も、息も、整ってくる。
「・・落ち着いたか?」
『・・うん、、、、吸血鬼って人の心読めるの?』
「・・は?なに急に、、」
『さっきから僕何も言ってないのに全部葛葉にバレてるんだもん』
「・・実は読める」
『えっほんとに?!』
「んなわけねーだろ」
『・・ちょっと本当かと思ったじゃん』
「でも」
『でも?』
「正直読めたらいいとは思う、今回も、声かけるの、遅かったし、、」
『違う葛葉は悪くないじゃん』
「いや、その、なんていうかもっと、、頼って欲しい」
『葛葉、、、うん、そうする』
珍しく僕にたくさんの言葉をかけてくれる葛葉。それだけ心配して、本気で想ってくれているのだろう。
「叶」
名を呼ばれ、葛葉の胸から顔を上げる。
すると葛葉は自分のおでこを僕のおでこにつけ、赤い大きな瞳で僕の瞳を真っ直ぐ見る。
『・・・』
あまりにその瞳が綺麗で僕は何も言えなかった。
「・・俺、お前が大事だから」
それだけ言うとまた僕の頭を自分の胸に押し付ける。
葛葉に真剣に見つめられて、大事なんて言われて、僕らしくもなく照れてしまった。
『・・今のやばい』
「は?なにやばいって」
『・・イケメンすぎる』
「・・・」
『・・葛葉ってほんとに顔いいよね』
「・・・」
『葛葉の顔僕ほんとにすk』
「わかったから!!!」
僕が葛葉の顔を見ないようにか、先ほどまでよりもさらに強く僕の頭を押さえつける葛葉。
いつもなら照れちゃって可愛いなと思うところだが、今日の僕は葛葉にときめいていた。葛葉がかっこよく見えて仕方ないのだ。
『・・なんか僕惚れ直しちゃった』
「もういいって」
『いや違くて、なんかほんとに今日のお前かっこいいわ』
僕が真面目なトーンで言ったからか黙り込む葛葉。
「・・よかったな、彼氏がかっこよくて」
『うん!! 』
「ふはっ、お前元気になったな」
『・・葛葉』
「ん?」
『起きたらゲームしたい』
「おけ」
『ふふ、おやすみ葛葉』
「おやすみ、叶」
そうして僕らは目を閉じた。あんなに泣いたのに、口の中にはココアの甘ったるさが少しだけ残っていた。
おしまい
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