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6 - 第二章  奪い、奪われる者

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2022年06月16日

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第一章 奪い、奪われる者


生まれた地域によるものなのか、それとも人間の性なのか。人間界では昔から常に人が争い合い、血を流している。以前始めてそういうものを眼にしたとき、人間ほど与えられた時間が短く、知性をもった生き物がなんでここまで争いを好むのか。と、疑問に思ったこともあった。まあ、 第一そんなことは吸血鬼の俺には関係無かったし、人外の身で様々な戦地を練り歩いて戦ったこともあった。もちろん興味本位で。

とにかく、時間の流れが遅い魔界よりも、全ての事柄が目まぐるしく廻っている人間界は、格段に面白みがあった。

だからだろう。戦争の都合で魔族の生命力に目をつけた人間たちが、ラグーザ家と手を組みたい、と申し出たときは、俺は二つ返事で了承した。是非、三男のアレクサンドル・ラグーザを、と。

最初の舞台で圧倒的な戦果を挙げてみせた結果、その実力が認められ、一部最前の戦地の管轄を任された。様々な隊との顔合わせが行われ、従来関係の確認が行われた。そこで出会ったのが、2人目の叶だった。




出会ったとき、おそらくはあの教会の出来事から、数十年は経っていた。時間が経つ過程で、少しずつ空白の時間のつまらなさを身に沁みて感じた。人間の寿命数回分のこれまでの記憶を振り返っても、やはり叶と過ごした一瞬の日々にだけ、色がついたような心地がしていた。

なんども、口内に溶け込む血の味を思い出す。そのたび、胸が引き千切られるような感情に襲われたけれど。

叶と居る時間を知ってしまってからは、それ以外の時間は大抵つまらなかった。いつから大人になったか分からないのと同じくらいの頼りなさで日々は過ぎていったし、その感覚から逃げるように、どんな仕事も請け負った。

魔族には瞬きにも満たない時間の幸せを受け取っている人間を、どこか羨ましく感じたこともあった。

あの日も、そんな日々のうちの、1つに過ぎなかった。

____はずだった。

あの日、重い木の扉を叩いた先にいたのが、お前でなければ。


こんこん、こんこんっ。木目に触れた指の関節が、鈍いノック音を立てる。

これから会う男の経歴を反芻した。狙撃手専門の隊をまとめながら、初戦で瀕死の自国の軍の歩兵と共に近距離戦でも活躍し、一躍位を上げた兵士。神の子。最年少で隊長に抜擢。その隊といえば、自国の東部侵攻では分隊を3つ、首都侵攻では兵数百の中隊をまるまる殲滅させたらしい。戦力の観点から見れば圧倒的な我々名門の吸血鬼も、そいつを相手には互角だという。

どうぞ、と扉越しにくぐもった声が聞こえた。かなり特徴のあるよく通る声に、その正体に気が付かなかったのは、厚みのある板1枚のせいだったのかもしれない。

「遠路ご苦労」

何度口にしても慣れないフレーズを努めて硬く言うと同時に、足を踏み入れた。豪華な装飾の施された部屋が視界に飛び込み、長い毛並みの絨毯にわずかに沈む感覚を、靴越しに感じる。

母上に仕込まれた微笑をたたえながら、客人をそっと振り返った。1秒遅れて、フリーズする。音を立てて息を呑む。


どこの国の軍将を相手する時も変わらなかった仮面が、たった今崩れた。黒猫の言葉を思い出す。








“オマエワフタタビ カナエニデアウ”



“カナエカラ ノガレルコトハデキナイ”













叶から、逃れることはできない












そういわれたのがまるで昨日のように、耳元で再生される。確かにロトは、そういった。


ようやく。現れた。

いる。紛れもなく、そこには叶がいた。

「…………ははっ、待ちくたびれたぞ」

ひどく可笑しくなって笑う。自分の声が耳に届いて、これが夢ではないのを意識して自覚する。

俺の言葉を勘違いしたのか、男は完璧な表情を硬くして、律儀に頭を下げた。

「お待たせ致しました。不肖をお赦しください」

いや、約束の会談の時間より30分早く来て待たされて居たのはこいつの方なのに。

頭を垂れた際に、ちらりと耳が見えた。相変わらず整った容姿をしていた。

同じ人間でも、これほどまでに雰囲気が変わるものなのか、と、別の意味でも驚く。動作もたおやかな中に、しっりとした芯を持っている。そして、その手で人を殺めた事がある者だけが醸し出す、特有の威圧感。

なるほど。次は、れっきとした戦士となったわけだ。

そもそもこの会談にこいつがいる時点でそういうことなのだが、改めてそう思うと妙な実感が湧いてくる。じわじわと、異妙な経歴に説得力が与えられていく。

「改めて。ラグーザ家、現当主が三男。アレクサンドル・ラグーザだ。遠路ご苦労」

音もなく立ち上がり、男はしっかりと辞儀を述べた。

「お目にかかれて光栄です、ラグーザ殿下。狙撃小隊・隊長、叶と申します。」

叶。懐かしい響きだ。くつくつ、とこみ上げる笑いと涙を堪えながら、言う。

「これにて、お前の指揮する狙撃小隊はラグーザ直属の部下になる。」

叶の瞳がわずかに光を帯びた。

「かねがね承知しております。」

事実上、俺の職場になるのだ。幹部が自ら前線で戦うのは異例であり、それが、俺たちが後々特殊精鋭部隊と呼ばれるようになる所以であった。

「そうかしこまるな。どうせ共に前線で戦うことになる。 よろしく頼むぞ、叶。」

そう言うと、叶は会談が始まってから初めて表情を崩した。何に驚いたのか、目を見開く。それから小さく花が咲くような笑みを見せた。

「ええ。腕前を拝見出来る日を楽しみにしています」

叶が、笑った。兵士とはとても思えない柔らかい笑顔が、アイツと重なった。

興奮とも優越ともつかない熱い感情がこみ上げる。目に映る光景が、久しぶりに色を帯びて見えた。

やはり、お前しかいないんだよ叶。なあ、今度はどんなふうに舞うか魅せてくれないか。

叶の軍服の胸で、勲章が重く、鈍く光っていた。




叶は強かった。

一度悪戯で、スコープのT字標準線を叶の頭に合わせた事があった。出来心からの行動だ。距離推定150m。強い北風。叶は即座に反応し、俺の方を見た。無表情で走って来たかと思うと、驚かせるなと1言言ったきり、俺の背後にいた狙撃兵を撃った。

そして、俺は叶が寝ているところを見ることがなかった。兵士の本能的な部分が強い男なのかもしれない。

防戦一方の長期戦に出るようなときでも、それは変わらなかった。夜は大抵部下と見張りに出るか、それではない時もけして休息をとっているのを見られることはない。静かに地平線に潜む敵の気配に感覚を研ぎ澄まし、狙撃用ライフルを手入れしていた。

司令官であって何らおかしくない立場の者が前線に出るのを悪くいう歩兵もいたが、俺と叶の戦い様を見た者から順に、何も言わなくなった。むしろラグーザ家の直属の麾下となった兵たちは士気が上がったような気さえする。

そんなふうに、ひたすらに戦場で息をした。




『日本の、指揮官?』

ばたばたと忙しない様子で部屋に入ってきた部下の言葉に、眉根を寄せた。

『はい』

話を聞けば、国同士の交友の証に、日本という国の軍事力の発展に協力する、言わば特命全権大使のような役割をラグーザ家に如何か、ということだった。

問題は、その国は島国であるため他国との交流が著しく偏っていて、独自の文化の中で生きている。コミュニケーションを担う役に、ラグーザ家が圧倒的に不憫であるという点だった。

また、最近は任務が多い。

『ん〜…叶との会談もしたいんだが。…………時間がねえな。』

『大変恐縮ですが…大佐のお命じでして。申し訳ございません………』

態度のでかい男の顔を思い出す。俺のスケジュール帳の事情を知ったうえで当ててきやがった。

『あのクッソじじぃ……………あー…わかった。下がっていいぞ』

苦い顔をして頷く、部下が申し訳無さそうに声を上げた。

『あ、アレクサンドル様、それにあたってもう一つお達しが』

なんだ、まだあるのか。

『和の国では、和名を名乗ってほしいと。』

『和名…?』

『はい。』

和人と呼ばれる人種には、どうも我々の言葉は発音しづらく、聞き取るのが難しいらしい。そこで、向こうの人間に親しみやすいよう和名を名乗れということだった。

幸いにも、全く漢文などに接点がないわけでは無かった。実家に眠る書物には人間界を記すものは全て揃えられているほどである。

覚えているというだけの理由で、その名を選んだ。

それが後に俺にとって大きな意味を為す名前になってしまったわけだが。




『…くずは』




『はい?』


部下が小首を傾げた。


『葛葉と伝えろ。』



あの教会で、叶が俺に教えた名だった。




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