コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あの夜、空はまるで泣いているみたいだった。
冷たい雨の匂いが、放課後の教室にまで染み込んでいた。
「傘、持ってないんだろ?」
振り返ると、教室のドアに寄りかかるようにして、千景(ちかげ)が立っていた。
同じクラスなのに、話したことは数えるほどしかない。けれど、彼の声は、なぜかずっと前から知っている気がした。
「……うん。」
たったそれだけの返事に、彼は小さく笑って、自分の傘を差し出した。
「じゃあ、半分こな。」
その帰り道、傘の下で私たちはとても静かだった。
でも、不思議と心は満たされていった。
それから、ふたりで過ごす時間が少しずつ増えていった。
図書室で静かに本を読む午後。
屋上で風に吹かれながら交わす、他愛もない会話。
校舎の裏で見つけた、秘密の小道。
でも、千景はときどき遠くを見ているようだった。
どこか、この世界にいないみたいに。
「ねえ、千景くんって……何を見てるの?」
ある日、思いきって聞いてみた。
彼はしばらく黙っていたけれど、やがてそっと答えた。
「夢、かな。……叶わないかもしれない夢。」
その目は、どこまでも深くて、星空みたいだった。
季節は巡って、夏の終わり。
文化祭の準備で忙しくなってきた頃、彼が突然、学校に来なくなった。
心にぽっかりと空いた穴。
だけど、私は待ち続けた。
あの傘の下で交わした、無言の約束を信じて。
そして、文化祭の夜。
満天の星が降るような夜空の下、校舎の屋上で、彼は立っていた。
「待っててくれて、ありがとう。」
涙があふれそうだったけれど、私は笑った。