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あの日はきっと、暑すぎたんだ。
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リロリロリン
コンビニの自動ドアが開いた。
外国人店員のカタコトのイラッシャイマセを聞いて真っ直ぐ進む。
「今日だけよ」なんて言って、体に悪そうな知育菓子を一つ息子に買ってあげる母親の姿を見て右に曲がる。
「何しとん 」
涼乃は二人に呼びかけた。
グラビア雑誌を堂々と広げ、巨乳派か美乳派か、はたまた貧乳派かで争う醜い二人の姿に涼乃は呆れている。
「お、すうちゃん」
ゆうは涼乃に手招きをした。隣の美緒はゆうを無視し、雑誌を元の場所に戻す。
「どしたん?凛ちゃん怒っとった?」
「おう、それはもうカンカンに」
美緒の問いかけに涼乃が答える。
答えた瞬間、二人は早足でコンビニを出た。
「もうそろ眉間にシワできるんちゃう」
「凛ちゃん怒るとめんどいからな」
キリストは、いつ復活したのだったか。
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今日はクリスマス。キリストの生誕を祝う、言わば誕生日パーティーだ。
顔も知らない人間に祝われて、キリストは複雑な気持ちでこの日を迎えていることだろう。
そんな日にかこつけて、大人は飲めや飲めやとお祭り騒ぎをするのである。
急に風が吹き、ゆう以外の2人が寒がった。ゆうは、季節外れの薄手の半袖を着ているが、寒がる様子は見られない。
昔は寒がりで、冬はモコモコと身体の線が見えない程度には着込んでいたのに。
涼乃の刈り上げられた短い髪がふわりと揺れて、そして乱れる。
オーバーサイズのトレーナーは、ゆうが服のサイズを間違えて買ってしまった時の、言わばおさがりと言うべきか。
前髪はセンター分け。まあ随分と男勝りな容姿に、しっかりとした肉体である。
一ノ瀬と書かれた表札の部屋のドアを開くと、安っぽい錆びた匂いと、暖かいピザの匂いがする。
六畳一間の事故物件。家賃三万。この日のために生ゴミを、水曜日の八時半に起き捨てるという努力をした。
ゆうの家、それがこれだ。
ゆうの、肩まであるような艶やかな黒髪は、高いリンスを使っているのではなく地毛である。
ルーズなハーフアップにしていて、大人っぽい印象を与える。切れ目は大きいが、いつも細めている。
カーテンは真緑で、若干、丈が足りていない。
「遅い!」
凛の怒声がゆう達の耳を突き抜ける。
ピザが冷めちゃうじゃないと、凛は呆れながらそういった。
「いやぁ、聖なる夜に性なるものを見るのは格別でね」
そう、ゆうが言うと、凛は緩く巻かれた髪を激しく揺らしながら叫ぶ。
「最低!」
優秀なキャリアを持つリンは、若くしてタワマンの十二階に住むエリートである。
金色の髪は、染めすぎたせいかところどころ傷んでいた。
涼乃ほどでは無いが、案外しっかりとした体つきで、胸は誰よりも大きい。
「そろそろ乾杯しよ。喉カラカラ」
みおがゆうと凛の間に入り、凛を宥める。
主はきませりと、小さなロボットが歌っている。その音楽をゆうがブチッと消し、といっても、静寂が訪れるわけではないのである。
みおの一つにキュッと整えられた髪が、酒を用意する度に重々しく揺れる。
短くはあるが、あれに当たれば確実に悶え苦しむことになる。
みおの高く、可愛らしい声が、この狭い部屋を暖かく守る。
「かんぱーい!」
二千X年。AIが日本全体に普及し、仕事を主にAIがやるようになった。
とはいったものの、AIは未だ想像する力がなく、命令通りに動き、臨機応変さにかけている。
そこで、人の脳みそや身体には、まだ仕事として需要があるのは確かである。
楽しいクリスマスだ。今日は、本当に。楽しい楽しいクリスマスだ。
「こたつあったかそうやね」
ゆうが言う。
「入りなよ」
凛は呂律の回らないらしく、少し幼さが垣間見えた。
皆が寝静まった頃、スイッチの音が響いた。
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小鳥の音と、相変わらず錆び付いた匂いが、朝の感覚。
みおは解けてボサボサになった髪の毛を手でとき、眠たそうにカーテンを開けた。
みおは絶句した。すぐに皆を起こした。何が起こっているのか、はたまた何が起こったのか。分からない。分からないのである。
「なんや、もう少し寝させてくれ……って、なんやこれ」
涼乃も起床し、続けて凛が起き上がり、目を見開く。
「おい、ゆう、起きろ。さすがにやばい」
涼乃の声に、ゆうも珍しくすんなり起きる。それどころか、少し興奮した様子だ。
「え、なになに?世界壊滅?」
いつもハプニングを楽しむ姿は、ゆうの魅力だろうが、いまはそんな悠長なことを言っている場合ではない。
ひっくり返った車に、落ちてきて割れたであろう植木鉢。首輪をはめられた犬が走り回っている。
家が崩れているものもあり、信じられないほどに不可解な状況。
「これは……」
凛の声は、細く、震えていた。
二千X年、十二月二十六日。
世界から人が消えた。