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「どうやっても上手くいきません。オーナーは、どうやって一瞬のうちにお肉を焼いたんでしょうか」
ランド閉園後の深夜、一人残されたミアは、まるで進歩のない串焼きを見つめながら呟いた。
時間をかけ、どれだけ丹念に焼いてみても、ギュッと凝縮された旨味やパリッと焼き上げた香ばしさが再現できず、既に試すべき方法は底をついていた。
「火力を上げるとお肉が焦げてしまいますし、何より普通の炎では、あれだけ短期間で焼き上げるなんて不可能です。どのような方法なら、パリッとギュッとなるのでしょう?」
イチルと同じように指先で串を摘んだミアは、真似してパチンを指を鳴らした。
肉は焼けるはずもなく、生のままの肉が言葉なく佇んでいた。
「でも待ってください。あの時のオーナー、火なんか使っていましたっけ。そういえば窯も使っていないような……?」
むむむと腕を組み頭を悩ませるミアは、顔が真っ赤になるまで考えてから、ようやく一つの結論に辿り着いた。
「わ、わかりました。魔法、魔法で焼いたんです。きっとそうです!」
ペトラやフレアなら二秒で辿り着く結論にようやく到達したミアは、指先に持った串を険しい顔で見つめながら、「火弾!」と唱えた。
一瞬で火に包まれた串は、黒焦げの肉だけを残し全て燃え尽きてしまった。
「あ、ああ! これほど簡単に串が焼けてしまうなんて。それにまだお肉には火が通ってないし、とてもお客さんにお出しできませ~ん」
泣きながら地面に落ちた肉を拾いパクっと口に入れたミアは、これでは肉がいくらあっても先に進まないとまた唸り始めた。
そうして首を傾けながら考えること二時間弱。
やっとのことで、次なる方法を思いつくのだった――
「そうだわ、前に石をコーティングした時の方法を応用できないかしら!」
パンと手を叩いたミアは、亀肉を一旦しまい、グラム35ルクスのミブ肉を串に刺し、むむむと指先に力を込めた。串にコーティングを施したミアは、再び魔法焼きに挑戦した。
しかし何度繰り返しても表面だけがすぐ丸焦げになってしまい、手元の肉を使い切った頃には、ただ黒焦げの肉片だけが虚しく積み重なっていた。
「あわわわ、どどど、どうしましょう。食材をこんなにも沢山無駄に……。皆さんのお食事用に準備したお肉だったのに、あわわわ」
がっくり肩を落としたミアは、こんなことではまた職場をクビになると項垂れた。
しかしなくなってしまったものは仕方がなく、どうにか食材を用意しなければ練習すらもままならない現実が横になっている。
がま口のフタを開けたミアは、「いちにぃさん」と財布の中身を数えた。
ただでさえ前借りや無駄遣いの絶えないミアの財布に肉を買う金などあるはずもなく、肩を落とし、またドヨンと沈んだ。
「このままでは皆さんのお食事も作れません。どうにか食材を用意しないと。でもお金はないし……」
月々の管理費用も事前にフレアから支給されており、従業員の不在期間が長い当月はむしろ余計に支給されているほどだった。さらに増額を要求するようなことがあれば、メイドとして能力自体を疑われかねない。
ペタンと膝を付き座り込んだミアは、なんで自分はいつもこうなんだと頭を抱えた。
スペイダー卿の邸宅で働いていた時も、アガリクス卿のもと給仕係をしていた時も、サイドワインダー伯爵の身の回りの世話をしていた時も、いつもそうだった。
後先無く突っ走り、気付いた頃にはもう手遅れ。
取り返しのつかないところまで止まらない性格は、どれだけ時間が過ぎても変わらなかった。
「こうなれば売上のお金からすこ~しお借りして……。いやダメよ、そんなことがバレてしまえば、それこそ私はまたクビに。ああ、どうすればいいのでしょう、誰か教えてくださ~い」
一人ヒィンとすすり泣いたミアは、何か方法はないものかと、いつも持ち歩いている家政婦時代に書き留めた魔法リストをペラペラ捲った。
拙い文字や自作の絵で書き連ねられた頁を泣きべそ半分で流し見たミアは、何一つ進展しない状況が嫌になり、ポーンとリストを放り投げた。
「もうダメですぅ。またここもクビになってしまいますぅ~」
放り投げたリストがコツンと頭に当たり、地面に落ちた。
痛みでまた悶絶したミアは、自分の馬鹿さ加減に苛立ち、拾い上げたリストを投げ捨てようとした。
しかしその時、バラけて落ちた一枚の紙にふと目がいった。
「あれ、これって……?」
手にした紙は、過去、別の街で見習いをしていた時に撮られたメモリーパック(※写真のようなもの)だった。
「わぁ懐かしい。これは私が初めてメイドとしてアリストラ上皇様のところで働き始めた頃の。私ったら若ぁい、まだ肌がピチピチしてるぅ♪」
40代の自分が写ったパックに目を奪われ、ミアはリストそっちのけで正座すると、写し出された人々の顔を指折り数えた。
「ええと、こちらは執事長のピートさんで、こちらはメイド長のマセリさん。それで、こちらの女性は……、ええと誰だったかしら?」
拙い記憶を頼りながら、ああでもないこうでもないと記憶に目星をつけていく。
しかし残すところ一人となったところで、ミアの指が不意に止まった。
ミアの隣で優しく微笑むその人物は、ミアと同じハーフエルフで、長身に微かに褐色がかった肌の色や凛とした目鼻立ちをしており、人の目を引くには十分すぎるほど美しい女性だった。
「メルローズ、先輩……」
饒舌だったミアの一人喋りがトンと途絶え、突然の静寂が訪れた。
パックを破れんばかりに握りしめたミアは、そこに写った自分の姿と、雲泥の差がある聡明な女性の微笑みを見つめながら、ポツリポツリと涙を流した。
「せん、先ぱ、せんばぁい……、わだし、まだこんなで、こんなで、全然なにもできだくて、エッグッ、ヒィッグ」
メルローズは、何も持たないミアを上級貴族職へと導いた、ミアにとってかけがえのない、忘れられるはずのない人物だった。
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