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ソフィアに壁の修理を終えたことを報告すると、緊急の案件もないので自由にしてていいと言われた。
俺がどれだけ仕事をできるか試す意味も込めて、今日はこれ以上の仕事は入れていないそうだ。
なんというホワイト。といっても暇なので、後学のためにギルドの掲示板と睨めっこ。早く環境に慣れるためにも、経験を積むのは悪いことではないはずだ。
周囲には誰もおらず、カウンターではソフィアが忙しそうにデスクワークに勤しんでいる。
掲示板から自分にできそうな依頼を探すも、”村付き”の冒険者は明日になれば、また新しい仕事が割り振られるため、日を跨ぐ依頼は受けられない。
「半日でできる仕事かあ……」
『薬草の採取』……は、ダメ。知識も土地勘もない。
『回復薬の調合』もダメだ。要:錬金適性と書いてある。
『街道の整備』ってのはできそうだが、半日で終わるような作業ではなさそう。
こんなにも依頼は溢れているのに、自分にあったものとなると中々見つけるのは難しい。
『炭鉱の崩落調査』ってのは、内容によってはいけるかもしれない。
食い入るように掲示板を見ていると、ガチャリとギルド職員専用の扉が開き、ミアがすました顔で現れた。
そして俺の隣まで来ると、無言で掲示板に何かの依頼書を張り付け、そのまま奥へと戻っていく。
そしてカウンターに顔を出し、『こちらの窓口は締め切り中です』と書かれたプレートを下げると、チラチラとこちらを気にし始める。
背の高さが足りず、下半分が掲示板からはみ出ている不格好な依頼書に目をやると、それは『着火剤の収集』という依頼であった。
概要は、『松ぼっくりの採取。用途は暖炉の着火剤。担当も同伴』と書かれているだけ。報酬の欄は何も書かれておらず、他の依頼と比べるとバランスの悪い筆跡が目立つ。
ミアの方を振り向くと、必死になって何度も頷き、先ほどまで隣のカウンターにいたソフィアは不在の様子。
「なるほど。まあ、暇だし乗ってやるか」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべその依頼書を手に取ると、輝かしいばかりの笑顔を見せるミア。
依頼が受理されると、俺とミアはこっそりギルドを後にする。
途中食堂のレベッカが訝しむようにこちらを見てきたが、ミアが口元に人差し指を当て、「しいー!」とジェスチャーすると、何かを察したレベッカは声もかけずに見送ってくれた。
何事もなく村の出口まで足を進めると、門の前でカイルを見かける。
腰には野ウサギが四羽。それと肩に担いでいるのは棒に括り付けたウルフである。
「よう、二人とも。どっかいくのか?」
「ああ、松ぼっくりを採りにな」
「松ぼっくり? まだ冬の準備は早いと思うが……。森はでかいから迷子に……いや、ミアちゃんがいるなら迷子はないか。とにかく気をつけてな」
爽やかな午後の日差しを受け、無事ソフィアに見つかることなく村を脱出した俺とミアは、街道を西へと歩き出す。
「ミア。この道をまっすぐ行くと、どこに繋がるんだ?」
「ずうっと行った所にベルモントの町があるよ」
「町か。そこに本屋はあるか? コット村にあればいいんだが、ないよな?」
「本屋? 魔法書店ならベルモントか王都にあるけど……。新しく魔法を覚えたいの?」
「魔法書店? 魔法は魔法書店で覚えるものなのか?」
「適性があって基礎的な魔法なら、魔法書で覚えることができるけど、結構高いよ?」
「そうなのか。でも今回はそうじゃないんだ。地図が見たいと思ってな。本屋なら売ってるかと思って」
「地図ならギルドで見れるよ? 持ち出しはできないけど」
「じゃあ、今度時間ができたら見せてもらおうかな」
「いいよ。見たい時はいつでも言ってね!」
どうやら購入の必要はなさそうだ。
冒険の旅に出よう――などとは思っていないが、周辺の地理だけでも把握しておきたかった。
「ちなみに、基礎以外の魔法を覚えたい場合はどうすればいいんだ?」
「んー適性値次第だけど、誰かに教えてもらうか、自分で研究するか、学校に行くか……。後は未発見の魔法書を見つけるか――かな?」
「学校?」
「うん。魔法の学校があるけど、すごいお金がかかるみたいだから、貴族とかのお金持ちしか通えないよ?」
「お金があれば俺も通ったりできる?」
「十五歳以下じゃないと入学できないから、お兄ちゃんは無理だよ」
学校なら、死霊術以外の魔法も覚えることができるのではないかとも思ったのだが、そう上手くはいかないらしい。
しかし、折角異世界に来たのだから、魔法の一つや二つ使ってみたいと思うのは当然だろう。
お金に余裕ができたら、死霊術とやらの魔法書を買ってみようと思う。まあ、生活が安定するまではおあずけだろうが……。
「そうだ。さっきギルドで『炭鉱の崩落調査』って依頼があったんだが、俺でも受けられそうか?」
「受けられると思う。……けど、魔物が住み着いてるかもしれないし、マッピングもしないといけないから、今からじゃちょっと間に合わないかも」
「マッピング?」
「んと、炭鉱の地図に書いてある道をすべて歩いて、崩落の起こってるとこに印をつけていくの」
「なるほど。崩落は一カ所とは限らないのか……」
「炭鉱だったんだけど、途中でダンジョンと繋がっちゃってそれから長い間使ってなかったみたい。そこがまだ炭鉱として使えるかどうかの調査ってとこかな」
「場所はどの辺なんだ?」
「ここからだと二時間くらい。いってみる?」
「危険か?」
「中に入らなければ大丈夫だと思う。お兄ちゃんも一応武器は持ってるし」
確かに持ってはいるが、これは武器と呼べるのだろうか? 戦闘講習で壊してしまったハンマーのなれの果て。今はただの金属の棒だ。
だが、重さをあまり感じないということは、まだ適性の範囲内なのだろう。
「ええっと、たしかこの辺なんだけど……。あ、あった!ここを登っていけば、炭鉱に着くよ」
ミアが案内してくれたのは、炭鉱で使っていたであろうトロッコのレール。
サビが酷く雑草がそのほとんどを覆っていて、どう見てもしばらくは使っていない廃線だ。
松ぼっくりを集めながら、そのまま廃線に沿って森の中へと入っていく。
(……誰か……たすけ……)
風に乗り聞こえてきたのは、消え入りそうな小さな声。
「ミア。何か聞こえなかったか?」
「なんだろう、キツネさんかな?」
「キツネ? 動物の鳴き声とは違う気がするが……」
(もう……ダメだ……足が……)
相手がどういう状況なのかはわからないが、それは確実に助けを求めていた。
色々な可能性が頭を過る。悪漢や見たこともない魔物に襲われていたらどうするのか? 自分がそれに勝てるのかもわからない。
しかし、自然と体が動いた。それは他者への慈悲の心。仏の教えである。
実家が仏寺であったため、幼き頃から聞かされて育ったが故に身についている『自他平等』の精神。それは、助け合い共生していこうというものだ。
こちらの世界に来てすぐに、自分もカイルに助けられた。故に、放ってはおけなかったのだ。
もし敵わなくとも、気を逸らし逃げるだけの時間が稼ぐことができれば……。
「ミア、こっちだ!」
声のした方へと走り、森の中へと入っていく。
ほんの数十秒で少し開けた場所に出たが、目の前に現れたのは一匹のキツネと三匹のウルフ。
確かこちらの方から声が聞こえた気がするのだが……。
助けを求める人を探さなければと辺りを見渡すも、その気配は感じない。
獣たちは急に出てきた俺とミアに驚いたようだが、どちらも逃げようとはしなかった。
俺とミア、キツネ、ウルフがお互いに睨み合い、膠着する。
その均衡が張り詰めた糸のように場を支配し、重苦しい沈黙が流れた。
ウルフたちは俺達の動きを探っているようで、キツネはすでに満身創痍。酷い怪我で、震える身体はいつ倒れてもおかしくはない。
もしかして助けを呼んだのは、このキツネ……か?
ここは異世界だ。常識に囚われず考えるなら、喋るキツネがいてもおかしくはないが……。
「あっ!」
その時だ。力尽きたキツネはその場に倒れ、ミアがそれに駆け寄った。
それと同時に走り出したのは一匹のウルフ。獲物を横取りされると思ったのか、その瞳にはミアが映っていたのだ。
このままではミアにも危害が及んでしまうと、反射的にその間に割って入ろうとするも、人間の足が獣に敵うはずもない。
それならばと、俺は足を勢いよく蹴り出し、履いていたスリッパをウルフめがけて飛ばしたのだ。
ほんの少しでも気が逸れればそれでいい。
それは狙い通りウルフの鼻先をかすめ、驚いたウルフはその場に踏みとどまった。
辺りに舞う、落ち葉と土煙。ウルフが迫ってくる俺に気づいた時には、もう遅い。
再度駆け出そうとしていたウルフの脇腹を思いっきり蹴り飛ばすと、ウルフはそのまま大きな木の幹に激突。
俺は元ハンマーのただの棒を手に取り、残りのウルフたちの前に立ち塞がる。
「【|回復術《ヒール》】」
後方から漏れ出る癒しの光。
ウルフから目を逸らすことはできないが、ミアが魔法で治療を始めたのだろう。
状況から見て、こちらの方が優位に立ったはずである。
倒れたウルフから気を逸らすことなく距離を詰め、残りの二匹を威圧する。
唸る獣に臆することなくもう一歩足を踏み出そうとしたその時、ウルフは戦意を喪失したのか、森の奥へと消えていった。