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「大丈夫か、ミア?」


「うん。でもキツネさんが……」


ミアが抱き抱えているキツネは力なく首が垂れていた。

所々血がついてはいるが、傷は既に|回復術《ヒール》で塞がっているように見える。

しかし、一向に目を開ける気配はなく、心臓は――動いているが、意識はまだ戻らない。


「すまないが俺にはわからない……。様子を見るしかないな……。ここに置いておいたらまたウルフたちに襲われるかもしれない。ひとまず連れて帰ろう」


「うん……」


心配そうにキツネを抱き上げるミア。

俺が飛んでいった片方のスリッパを取りに行くと、木の根元に転がるのはウルフの死体。


「あっ、お兄ちゃん。それ持って帰ると、ギルドで報酬が出るよ」


「そういえば、そんな依頼出てたな」


ウルフが動かない事を確認すると、元ハンマーに括り付けて、肩に担ぐ。


「ミア、重くないか? 俺はまだ余裕あるぞ?」


「大丈夫……」


炭鉱を諦め村へと戻ると、その頃には日も傾き、松明の明かりがゆらゆらと村を照らしていた。


「お兄ちゃんは、ギルドの裏口で待ってて」


キツネはひとまず俺の部屋で保護し、その後ソフィアに報告する。

俺がギルドに入らないのは、ウルフの査定をするためだ。

ギルドカウンターに直接死体を持っていったりはしない。しかも、ここのギルドは一階が食堂だから尚更だ。


しばらくすると、ミアから報告を受けたソフィアが勝手口から顔を出した。


「もう、九条さん。あまりミアを甘やかさないでくださいね?」


子供が相手だからか、それとも俺に遠慮しているのか……。ソフィアは、怒っているというより呆れている様子。

理由は不明だが、強くは言えない。そんな感じが見て取れた。


「ははは……」


笑って誤魔化す俺。

それに明確な返事をしなかったのは、ミアを甘やかすからである!


「はあ……。では査定するので、ここへ置いてください」


ソフィアは小さく溜息をつくと、鑑定用だろうテーブルの上にウルフの死体を置いて査定を始めた。

口を開けてみたり、手足を持ち上げてみたり。慣れた手つきで査定を終える。


「質は申し分ないですね。牙の折れもありませんし、体に大きなキズもないので本体で金貨二枚、毛皮で金貨一枚の計三枚をお支払いします」


「ちなみに、それはどうするんです?」


「毛皮は依頼のあった防具屋にお渡しします。お肉は精肉店で干し肉に加工されると思います。あまりおいしくないですけど保存食としては優秀なので。牙は武器屋さんか雑貨屋さんが買い取るんじゃないかと。他に何かありますか?」


「そうだ。この村に厚手の布を売っている所ってありますか?」


「厚手の布……。雑貨屋さんならお取り扱いしていると思いますけど……」


「そうですか。ありがとうございます」


俺はソフィアから報酬の金貨三枚を受け取ると、それを片手に雑貨屋へと急いだ。


「ただいま」


小さな声で、ゆっくり物音を立てぬよう部屋の扉を開ける。

ミアは未だ目の覚めないキツネを膝の上に置き、椅子に座っていた。

あまり元気のなさそうなところを見ると、進展はなさそうだ。


「おかえりなさい。お兄ちゃん」


「どうだ?」


それに無言で首を振るミア。


「そうか……」


俺は買ってきた数枚のバスタオルを丸めて部屋の隅に置き、キツネ用の寝床を作る。

簡易的だがないよりはましだろう。一晩中抱いて寝るわけにもいくまい。

ちなみにバスタオルは、一番大きなサイズの物を金貨一枚で四枚ほど購入できた。

田舎だからかそういう物なのか、それなりに高価な物であるようだ。


「ミア。気持ちは分かるが、ずっとそうしているわけにもいかないだろう。とりあえずその子はこっちで休ませておいて、飯でもどうだ?」


「いらない……」


まあ、そういうだろうなあとは思っていた。かといって、食べないわけにもいかないだろう。

強引に連れていけなくもないが、それもよくない気もする。


「そうか……。じゃあ俺は行くからな?」


ミアは黙って頷いた。

食堂に降りると、レベッカを見つけ、ダメもとで事の経緯を話す。


「すまんレベッカ。今日は自分の部屋で食べたいんだが……」


「まあ食器さえ戻してくれれば……。一人分でいいのか?」


「いや、できればミアの分も……。俺の明日の朝飯分を前借りというか……」


「はあ……しょうがねえなあ。今日朝食とらなかっただろ? その分でチャラにしてやるよ」


「すまない。助かるよ」


「いいってことよ。私と破壊神の仲だろ?」


「破壊神はやめてくれ……」


ケラケラと笑うレベッカだったが、しっかりと二食分の定食を作ってくれた。

それより破壊神の噂は、どこまで拡がっているのだろうか……。


「ミア、すまない。両手が塞がっていて扉が開けられないんだ。開けてくれないか?」


部屋の中でゴトゴトと音がすると、扉がゆっくりと開かれる。


「ありがとう、ミア」


部屋に入ると、持ってきた定食をテーブルへと置いた。


「お兄ちゃん。それは?」


「ああレベッカに言って部屋で食べれるようにしてもらったんだ。これならミアも食べれるだろ?」


「ありがとう。お兄ちゃん」


ミアの表情が少しだけ綻び、部屋の小さなテーブルで夕飯を共にする。

カチャカチャと不規則に響く食器の音。食事中も、ミアは助けたキツネから目を離さなかった。


「キツネさん、大丈夫かな……」


「さあな。こいつが目を覚ましたら、ミアはどうするんだ?さすがに野生で育った獣は飼えないと思うが……」


「大丈夫。ちゃんと知ってるよ。起きたら森に返してあげる」


「そうか。ミアは偉いな」


「……うん」

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