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どうして舞台が隣国に!?

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どうして舞台が隣国に!?

78 - 後日談 第2話 赤い王女の秘密(ジャネット視点)

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2023年07月12日

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グンナール。

ソマイアの首都に一番近い、小さい村。たったそれだけの立地ならば、いっそのこと首都の一部になった方がいいのではないか、と思うだろう。しかし、なれないのには、ちゃんとした理由があった。


それは、グンナールの中心に、黒い塔が聳えているからだ。


魔法使いの塔。通称・魔塔と呼ばれている建物があるために、ここはソマイアでありながら、治外法権が適応される。


そんな場所が、首都にあっては困るが、遠過ぎてもいけない。規模が大き過ぎても目を付けられる。グンナールはそうした理由の下、魔塔という世界屈指の施設がありながらも、小さい村のままだった。


そこに近年、新しいパン屋がオープンした。


客は主に、魔塔の魔術師たちばかりだが、繁盛していると聞いている。喜ばしいことだ。


魔塔の主たるジャネットもまた、そのパン屋の常連である。


「あ、ジャネット様。いらっしゃいませ」


パン屋のドアを開けると、店主が笑顔で出迎えくれた。高く結い上げた銀色の髪が靡く。


「邪魔するわね、アンリエッタ」

「少し待ってて下さい。今、呼んできますから」


アンリエッタは言葉少なに言うと、急いで店の奥へと入っていった。

そう、ジャネットの目的はアンリエッタに会いに来たわけではない。六年という歳月で、変わってしまったのだ。


「お母様だー!」


奥から赤毛の少女が、ジャネットに気が付くと、嬉しそうに駆け寄って抱き着いた。


「久しぶりね。顔を見せてちょうだい、私のルビー」


ルビーこと、ルヴィア・イズルの愛称は、赤い髪の色と名前の響きを掛けたものである。


ジャネットは、ルビーの目線に合わせてしゃがむと、その愛らしい小さな頬を両手で包み込んだ。


「可愛くなった?」


幼児特有の要領の得ない言い方でも、ジャネットはすぐにルビーの言いたいことが分かった。「私、可愛い?」と聞いたのだ。けれど、それには答えず、逆に質問をした。


「あら、誰に言われたのかしら」


えーと、と指を使って、一人一人名前を上げていく。聞こえてくる名前は、魔塔に入って間もない、三歳のルビーと変わらない歳の子達ばかりだった。


「あと、ギレーヌお姉ちゃん!」

「アンリエッタは言ってくれなかったの?」

「ママは別!」


すると、ルビーの後ろから笑い声が聞こえてきた。高い少女の声音に重なるようにして、アンリエッタが口を開いた。


「なら、ジャネット様は?」

「待ってるの!」

「言って貰うのを?」


アンリエッタの後ろにいた銀髪の少女は、そう言いながらルビーの横にやってきて、顔を覗き込んだ。


「うん!」

「だ、そうですよ、ジャネット様」

「そうだったの。言うのが遅くなってごめんなさい、ルビー。とても可愛いわ」


顔だけじゃなく、仕草も含めた全部が。愛おしくて堪らない。


ジャネットはルビーの髪を撫で、抱き締めた。


「良かったね、ルビー。ずっとジャネット様が帰ってくるのを待っていたんです」

「ギレーヌお姉ちゃん、それは秘密!」


ルビーはジャネットの腕から抜け出し、ギレーヌに向かっていった。それに気がつくと、すぐさま奥へ逃げる。ギレーヌを追うルビー。


奥に姿を消しても、二人の声が店内にいても聞こえてきた。残された二人は、温かい目を奥に向けていた。


「すみません。騒がしくて」

「いいのよ。確か、ルビーが三歳だから、ギレーヌはもう六歳かしら」


はい、と返事をするアンリエッタを見て、ギレーヌが生まれた頃を思い出した。


六年前。

アンリエッタとマーカスが結婚してから、一年後に生まれたギレーヌ・イズル。マーカスが婿養子として籍を入れたため、姓はイズル。勿論、平民である。


しかし、ギレーヌがアンリエッタによく似て生まれてきてしまったのが問題だった。容姿だけではなく、神聖力も引き継ぎ、その量さえも母親に似ていたのである。


アンリエッタとマーカスは、またゾドが危害を加えるのではないかと危惧した。

神聖力の扱いが上手くなったとはいえ、ギレーヌを抱えたアンリエッタが、自身と幼子を守り切れるほどの力はなく。またマーカスも常に、二人の傍にいることが出来なかった。


そこでジャネットは、魔塔があるグンナールへと移住することを勧めたのだ。

グンナールには教会はなく、その関係者が出入りすれば、嫌でも分かる。教会と魔塔の仲は悪いのだから。マーカスやジャネットが常にいなくとも、安全な場所だった。


二人が移住して三年目。さらに問題が起こった。それはアンリエッタたちにではなく、ジャネットの方に発生した。


ルビーを妊娠してしまったのだ。相手は勿論、ユルーゲルだったが、二人は籍を入れていない。


「最初は、あの子を押し付けちゃって、悪いことをしたと思っていたのよ。ルビーに対しても」


だが、ジャネットの立場として、ルビーを手元で育てるわけにはいかなかった。ソマイアの王女と魔塔の主の、未婚の子ども。どれをとっても、ルビーの身に降りかかる問題は、大き過ぎた。


だからと言って、各地を見回るために、自由に動く母親を持ちながら、その子どもが不自由な生活を送らせるなんてことは、ジャネットには出来なかった。


それ故、同じように狙われ易いギレーヌを抱える、アンリエッタとマーカスに相談したのだ。


「私も最初は乳母のような感覚で引き取ったのですが、今ではギレーヌにとって、いい選択をしたと思っているんです。ルビーが寂しがらないように、色々やってくれていて。優しい子に育ちました」

「そう言ってくれると、安心したわ。でも、やっぱり寂しい思いはさせてしまっているのね」

「こればかりは、仕方のないことです」


ルビーをアンリエッタが引き取ってから、ジャネットはより頻繫に訪れた。


来ればルビーを可愛がるのは当たり前のこと。だからこそ、アンリエッタたちは、ルビーに本当のことを伝えていた。


本当の両親のこと。預けられていることを。幼い内から知ることで、傷が大きくならないことを知っていたから。


だからルビーは、ジャネットのことを“お母様”と呼び、世間ではイズル家の次女であるため、アンリエッタのことは“ママ”と呼んでいた。


「それよりも、どれくらい魔塔に居られるんですか?」

「今回は、ユルーゲルも居るから、少し長めを予定しているの。ルビーのためにね」

「何故か、ルビーはユルーゲルさんが苦手のようですからね。これを機に、距離が縮まると良いのですが」


頻繫に会いに来る母親とは違い、たまにしか会わない父親には、やはり懐かないようだった。そのため、今回はジャネットの帰還に、ユルーゲルが合わせたのだ。


ルビーをアンリエッタに預けた際の取り決めとして、ジャネットはあることを要求した。


ジャネットが魔塔に居る間は、ルビーを手元に置くこと。ルビーがジャネットの娘であることは、一部を除き、秘密にしていた。が、成長するにつれて、やはり隠し通すことは出来なかった。


構い過ぎるのも、理由の一つだったが、手元に置く方法が不味かったらしい。昼間はアンリエッタの方で、夜は魔塔で過ごさせていたのだ。


小さなルビーを魔塔に忍ばせるくらい、簡単なことだと思っていた。しかし、どうやら最近は、暗黙の了解で見過ごされていたらしいことが判明した。


それも、グンナール全体に周知されているという。これでは、何のために秘密にしているのか分からない。だからいっその事、開き直ることにしたのだ。


「支度はすべてこっちでしてあるから大丈夫よ」

「分かりました。ギレーヌ! ルビーを連れて来て!」


アンリエッタが奥に向かって大声を出すと、は~い! といい返事が聞こえてきた。ドタドタと足音も、段々大きくなる。


「もう行くの? お母様」

「待ちきれなくてね。ルビーは嫌?」

「ううん」


ルビーの返事に満足したジャネットは、そのまま抱き上げた。


「楽しんできてね、ルビー」

「うん。いってきます」

「いってらっしゃい」


アンリエッタもギレーヌを抱き上げる。目の高さが同じになったギレーヌは、ルビーの頭を撫でた。


「あっ、パパに挨拶してない」

「いいのよ、ルビー。向こうでお父様が待っているんだから」

「う、うん?」


ルビーの小さな頭が、これ以上混乱しないように、ジャネットは魔塔へと向かった。これから過ごす、数日を思い浮かべながら。


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