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根岸がコンビニから戻ると、兄は2階の自室に戻っていた。
「ユウちゃん、もういいって……」
母が心底すまなそうに根岸に告げる。
だったら、あそこまで怒ることなかったのに……根岸の中に釈然としない気持ちが湧き上がる。
カップ麺を勝手に食べられたことは、切っ掛けでしかなかったのだ。母と弟に理不尽な要求を突きつけ、2人が従う様を見て、日頃の鬱憤を晴らしたのだ。
只の浪人生のくせに暴君のように振る舞う兄も兄だが、それを諌めようとせず言いなりになる母も母だと思えた。
バカ親にバカ息子。馬鹿って劣性遺伝の筈なのにな。
根岸の脳裏で、和田の声が反復する。
黙れッ!
根岸は心の中で、今ここに居ない相手を怒鳴りつけた。
黙れ、黙れ、黙れ、クソっ。
「ヒロ君どうしたの?急に黙り込んじゃって……」
母親が心配そうな表情をした。
「ううん。何でもない。あのさ、他の人が間違って食べないように、ラーメンの蓋と容器の横に「兄貴専用」ってマジックで大きく書いとこうよ」
母親も、弟も、本人も食べてないなら、後は1人しか居ない。
「そうね、それならお父さんも間違って食べないわね」
母の表情が少しだけ明るくなる。
「僕さぁ、今日は課題がたくさんあるから、みんな先にお風呂に入ってね」
「あんまり無理しちゃっ駄目よ」
「うん、分かってる」
無味乾燥した会話を交わした後、根岸は階段を上がって自室へと向かった。
「正にクソ兄貴」
ポケットの中で、フリーダが言った。
「昔は良いお兄ちゃんだったんだよ。勉強教えてくれたり、ゲームで対戦したりさ」
どこから、おかしくなったんだろう……
「ここが僕の部屋」根岸が自室のドアを開ける。
「へー。ここがボクと兄貴の新しい愛の巣になるのか」「ならねぇからっ」
ポケットの中から這い出したフリーダが床に着地すると同時に、人間の小指程の大きさから成猫程の大きさにサイズを変えた。そして、体表の色も白から床のフローリング材と同じ明るい茶色に変わった。
フリーダが頭を巡らせて部屋の中を回した。
勉強机が1つ。ベッドが1つ。背の低い洋服だんすが1つ。専門書籍やマンガの単行本が詰まった背の高い本棚が2つ。それが全てだった。
「この部屋、TVが無いよ。TVを見る時や、ゲームをする時はどうするの?」
「TVもゲームもタブレットで済ましてる。TVモニターと据え置きゲームは兄貴の部屋にあるよ」
「浪人生の部屋にゲーム機を置いたらいかんでしょ。洋服だんすの上にある透明なのは何?」
「ああ、あれはね」
根岸は手を伸ばすと、たんすの上から透明なプラスチックケースを下ろした。
「僕のコレクション」
ケースの中には根岸が大切に集めていた怪獣フィギュアがズラリと収まっていた。
「成る程ね。でも、本棚には怪獣じゃなくて銃の本が一杯」
「怪獣も好きだけど、銃火器も好きなんだよ。よっこらしょ」
コレクションケースを元の位置に戻すと、根岸はフリーダに言った。
「今から課題をやるから、暫く相手をしてやれないからね」
「ん、分かった。あのさ、兄貴。シャーペン1つとレポート用紙を1枚頂戴」
「あいよ」
根岸がシャープペンシルとレポート用紙を渡してやると、フリーダは後ろ足で立ち上がり、前足を使ってシャープペンシルを器用に抱え込んだ。
そして、レポート用紙の上に立つと、何やら熱心に書き込み始めた。
フリーダの様子を横目で見た根岸は、有名なお寺のお坊さんが箒のように大きな筆で字を書く、書道のパフォーマンスを思い出した。