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ラマシュトゥの叱責に声は返事をせず、代わりだと言う様に何も無かった筈の空間に濃灰(のうかい)の霧が立ち込めていった。
ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン
周囲に響き渡る虫の羽音が徐々に一か所へと集約されていく。
「は、蝿(ハエ)! ってことはやっぱり蝿に施されていた魔方陣はアルテミスちゃんの物であった、予想通りアルテミスちゃんが『蝿の王』ベル・ゼブブだったのである!」
コユキが誰ともなく説明的に叫ぶのと、羽音が止まり灰色の霧の中から黒々とした悪魔が姿を現したのは同時であった。
「ご紹介有り難く存じますわ、聖女様♪ せっかく出会う事が叶いましたが、貴女が私の愚かな兄姉(きょうだい)を凋落(ちょうらく)した張本人なのでしょう? ましてや至高の御方(おんかた)、バアル様に弓引くなんて愚(ぐ)の骨頂(こっちょう)! 私が殺して差し上げますわね♪ 出会った瞬間別離の運命ぇ~♪ ではさようなら!」
コユキは息を飲んで戦慄しつつ言うのであった。
「お、オカマ、いいえ現代風に言うと、トランスジェンダーってヤツ、なのん……」
その言葉も無理は無い、女性的な言葉を発するアルテミス、ベル・ゼブブの黒い姿はムキムキな逞しい男型、ギリシャの彫刻を彷彿(ほうふつ)とさせる肉体美に深紅に輝く双眸(そうぼう)、四本の昆虫の触覚と、幸福寺で捕獲した蝿と同様の四枚の前羽を持った、力強く禍々しい(まがまがしい)悪魔の形をしていたからであった。
確り(しっかり)と鍛え抜かれた大腿四頭筋(だいたいしとうきん)やハムストリングの締まり具合、大らかな張りを見せる前脛骨筋(ぜんけいこつきん)と硬く引き上げられた下腿三頭筋(かたいさんとうきん)が大きくパンクアップされた上半身の大きな筋肉を支えた、非常にバランスの良い、所謂(いわゆる)ところのコユキ大好物の肉体美を曝し(さらし)捲っていたのである。
「ほ、ホオゥ~、悪くない、わねえ~」
「コユキ殿ほらこっち見てこっち! でござる! ウラ、ウラ! どう? どうなのぉ?」
善悪は両手に愛用の白銀と漆黒の念珠、アフラ・マズダとアンラ・マンユを握り込み、自身を筋肉バディに変えて必死のポージングで白い歯をニッカっと笑いながら見せていた。
コユキはチラリと視線を移した後言うのであった。
「うん、まあ、悪くは無いわね…… 只ね、アンタ最近さ、脊柱(せきちゅう)起立背筋(きりつはいきん)のトレーニングサボってんじゃ無いのん? 少しダブついてるわよ……」
「えっ? う、嘘でござろ? あ、本当、でござる…… くっ! む、無念っ!」
自分の腰の辺りを探った後、シュンっとした表情で落ち込むムキムキ善悪であった。
アルテミス、ベル・ゼブブが耐えかねた感じで叫ぶのであった、オカマ喋りで。
「ムッキー! 私を無視してんじゃないわよ! 殺す! もう絶対殺す! 必殺す(ひっころす)! このデブ女ー! アンタなんか――――」
話を最後まで聞かずにアスタロトが手を振ってアルテミス、ベル・ゼブブに向けて極寒の冷気を叩きつけるのであった。
ボトボトと凍り付いて落下していく数百匹の蝿達、反して本体のベル・ゼブブは平気な風情でポージングを変えてキレキレ、余裕そうである。
「ふむ」
呟いて再び手を振ったアスタロト、今度は見るからに高温であろう空気自体が赤化(しゃっか)した灼熱の風が『蝿の王』を包み込んだ。
ボトボトボトボト――――
今回は数千匹の蝿が焼け落ちていたが、その遺骸は燃え尽きてはおらず、原形を留めたまま、蒸し焼き状態で地面に転がっていたのであった。
僅かな時間を経て、再び飛翔を始めた蝿達を見てアスタロトが呟きを漏らす。
「どうやら只の蝿ではないようだな…… 恐らくうぬ自身の分身、若しくは魔力を与えて悪魔化した魔物の類であろう、それに加えて、回復スキル迄使用するとはな…… 面白い、中々に器用な魔王ではないか? これは少しだけ、我の本気を出してやってもいいかも知れん、な」
やる気、いいや殺(ヤ)る気満々のアスタロトに話し掛けたのはスプラタ・マンユ内で中二病を拗らせ(こじらせ)ているシヴァに次いで残念だと言われているアヴァドン、対峙したアルテミスの双子の兄であった。
「お譲り下さい、アスタロト様、ここは吾輩に秘策あり! であるっ!」
「ほう? んじゃやってみるが良い? 言って置くがお前の妹、あれ結構強敵だぞ?」
「承知っ!」
納得したのか、只の興味本位か、あっさりと後ろに下がったアスタロトに変わって一歩踏み出したアヴァドンは、隠し持っていた尾瀬ヶ原の地面から採って来た一握りの湿った土を、アルテミスの前に投げ落としてからスキルを発動させた。
「『モウセンゴケよ、繁殖せよ』!」