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放課後の教室は、人の気配が消えると一気に静まり返る。
掃除の音も、部活へ向かう生徒たちの声も遠ざかって、ただ西日が窓から差し込むだけになる。私はよく、その時間をひとりで過ごすのが好きだった。教科書を開くふりをして、ぼんやり外を眺めるのが日課みたいになっていた。
けれど、最近は決まってその静けさを破る声がある。
「あみ、まだいたんだ」
振り返れば、るなちゃんが立っている。鞄を片手にぶら下げて、いたずらっぽく笑っている。
「帰らないの?」
「……別に」
「じゃあ一緒にいよ」
そう言って、るなちゃんは当然のように私の隣の席に腰を下ろす。机に頬杖をついて、ふうっと息をつく。明るく笑っているのに、その仕草だけはどこか疲れて見えた。
「放課後カラオケ誘われてなかった?」
「誘われたけど、断っちゃった」
「なんで」
「あみといたかったから」
さらりと言う。その声に嘘は感じられなかった。
私は教科書を閉じ、窓の外を眺め直す。沈みかけの太陽が、グラウンドを赤く染めている。
ふと横を見ると、るなちゃんが机に突っ伏して眠そうにしていた。
「ねえ、あみの家って静かでいいよね」
「そう?」
「うん。……この前、ちょっとだけ落ち着いた」
「落ち着いたって、大げさだよ」
「ほんとだよ。うちだと落ち着けないから」
その言葉の端に、少しだけ影が見えた。けれどるなちゃんはすぐに笑いに変える。
「まあ、あみのお母さんのお菓子が美味しいってのもあるけど」
「それ目的かよ」
「ちがうよ」
頬を膨らませる仕草が子どもみたいで、私は思わず笑ってしまった。
結局その日は、日がすっかり沈むまで教室で話し込んだ。
将来のこととか、他のクラスの噂とか、くだらない話をいくつも。
帰り道、並んで歩くとるなちゃんが唐突に口を開いた。
「ねえ、あみ。私が急にどっか行っちゃったら、どうする?」
「……何それ」
「もしもだよ、もしも」
「探すかな」
「探してくれるんだ」
るなちゃんはふっと安心したように笑った。
その笑顔を見ていると、何をそんなに不安がっているのか、私にはよく分からなかった。
ただ、私の前にいるときのるなちゃんは確かに「学校の人気者」ではなくて、もっと近くて、もっと弱い存在に思えた。
そして私は、その弱さを誰よりも知っている気がした。