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十三

 

「前半はよく戦った。あの失点は仕方がない。オルフィノが規格外過ぎた。むしろその後よく立ち直った。あのまま二点、三点と取られていたら、試合が終わっていた」

 ハーフタイムのミーティング、ゴドイは流暢に講評を述べていった。顔つきは平静としたものだが、語調にはいつも通りの強い情熱を感じた。

「それとイツキだ。皆感じているように、今のイツキのポジショニングは、一般的なキーパーのそれから大きく逸脱している。リスキーではある。だがルアレ・マドリーダは紛うことなき難敵だ。先制されているなら奇策や冒険もやむを得な──」

「クラウディオ!」背後からゴドイのファースト・ネームが聞こえた。皆一斉に振り返った。神白の恩師にしてヴァルサの伝説選手、オリバー・ロレンソだった。苦々しげに顔を歪めている。

「ロレンソさん」ゴドイは固い声で応じた。

「イツキの前半のプレーは何だ? 君の指示か?」

 ロレンソの詰問に、「いえ、イツキの独断です」とゴドイは抑えた声音で返した。

「君は正気か? キーパーが敵陣まで上がる戦術など常識外れ、クレイジーだ。今は幸運にも防げているが、向こうにはクロスの名手、モンドラゴンもいるんだぞ? ロングシュートで何点でも取られかねない」

 ロレンソは苛立たし気に言葉を叩きつけてきた。

「選手のコントロールも監督の役目だ。このまま負けでもしてみろ。君は選手の愚行を黙認した愚か者だ。更迭さえ視野に──」

「ロレンソさん」ゴドイは静かな、だが強い意志の籠った口調で口を挟んだ。ロレンソは驚いたように両眼を見開く。

「貴方のご指摘の通り、今のイツキのプレーは型破りそのものです。しかし私は、選手の自主性を大事にしたい。私自身、現役時代にそのように自由にやらせてもらって、手前味噌ですがレジェンドとまで呼ばれるまでに成長しました」

 ゴドイはロレンソをしかと見つめて熱弁を振るった。

「だがクラウディオ……」

「フベニールAの監督は私だ! 貴方じゃあない!」

 ゴドイは声を張り上げた。ロレンソに向ける眼差しは、睨んでいるようですらあった。

 呆気に取られたロレンソは黙り込むが、まだ反論したそうにも見えた。

「イツキ」ゴドイは右手を神白の肩に置いた。両の瞳は、神白への深い信頼を湛えている。

「余計なことはいっさい考えるな。君のやりたいようにやるんだ。ルアレにどれだけやられようとも、全責任は私が取る」

 ゴドイはびしりと言い切った。

「監督……」神白の胸に熱いものがこみ上げてくる。ゴドイの信頼はあまりにも大きく、あまりにも尊かった。

 寛大な微笑を浮かべると、ゴドイは神白から手を離した。

「よし! それではいよいよ後半開始だ! 勝って帰ってこい! 君たちなら必ずできる! 以上だ!」

「「はい(si)!」」

 神白たちは大声で即答した。

 

十四

 

 集合が解かれて、神白はその場で大きく深呼吸した。気力は充実し、気分は最高だった。

「神白君」女性の澄んだ声がして、神白は後ろを見返った。エレナだった。何かを悟ったかのような優しい笑顔を見せている。

「相手はとてつもない強敵で、君が進むは茨の道だ。先人のほとんどいない未踏の道でもある。でも今日のこの場は、自分を表現する千載一遇のチャンスだよ。逃しちゃあ絶対にだめだ」

 エレナの口振りは、温かみに満ちていた。神白はまたしても涙が出そうになった。

「みんな君の味方だ! 進め、神白樹! 自分だけの道を!」

 勇ましく叫ぶと、エレナは完璧なウインクを見せた。「ありがとう」神白は笑って、エレナに謝意を述べた。

 コートに向き直った神白は、力強い大股で中央へと進んでいった。

 センターサークルに至り、神白は両手を身体の前でクロスさせてのストレッチを行っていた。すると「樹センパイ」と背後から声が掛かった。

 振り返ると、天馬とレオンがいた。二人とも晴れ晴れしい表情をしている。

「オレ、正直めちゃくちゃびっくりしてるっす。いつも何でも堅実にやっていってる樹センパイが、あんなウルトラ大冒険をするなんてね。でもオレはセンパイの味方っす。心のままに突き進んじゃってください」

 エネルギッシュに神白を元気づけると、天馬は肩の前で右手をぐっと握った。神白に向ける視線には、少年特有の朗らかさがある。

「この試合、必ず勝つっすよ。樹センパイは守護神の役割をしながら、攻撃のタクトもぶんぶん振るう。そんでオレはぜってー、モンドラゴンをぶち抜いて一点、いや二点、三点と何点でも取ってやるっす」

 天馬の力強い豪語に、「了解。期待してるぞ」と、神白は軟らかく返答した。

「まったく同感だよ。クラシカルなゴールライン型のキーパーだったイツキが、センターラインより前に上がってくる日が来るとは思わなかった」

 おどけた風にレオンは続けた。

「俺も不安がなくはないんだ。少なくともヨーロッパでは、俺が前半にしたみたいなプレーをするキーパーはいないからさ」

 神白が答えると、レオンはにこりと笑みを大きくした。

「『狭き門より入れ。滅びに至る門は大きくその路は広く、これより入る者多し。命に至る門は狭く、その路は細く、これを見出す者なし』だよ。イツキと俺たちの向かう門は、狭いが命に至る、すなわち勝利に繋がる門だ。臆する必要はない。ルアレに完勝して、雑音は黙らせてやろう」

 レオンは滑らかに、演説のような調子で神白を鼓舞した。神白は満ち足りた心持ちで小さく頷く。

 十一人全員がコートに入り、神白たちは円陣を組んだ。皆、高揚したような顔付きで、神白は優勝への確信を強めた。

 円陣が解かれて、神白はゴール前へと駆けていった。

「よっ、樹! ここまで来たんだ、絶対に優勝すんぞ」ざっくばらんな声が後ろから掛かった。振り向くと暁だった。野心に満ちた、獣のような笑顔を湛えている。

「炎のセンターバックの二つ名を持つ俺が言うことじゃねえかもしれんが、末恐ろしいスタイルに目覚めたな。だが俺は応援してる。お前ならやれる。絶対にやれるんだ」

 興奮を無理に抑えた口調で、暁は言葉を並べ立てた。「遼河……」神白は想いを込めて、親友の名を口にした。

「後ろは気にすんな。いや、ちょっとは気にして欲しいがよ。行けると思ったら情け容赦なく上がってやれ! 骨は俺が拾ってやる! 一つ残らず徹底的にな! GOだ、樹!」

 あまりにもパワフルな激励だった。「サンキュな、遼河」と、神白は答えた。

 神白はゴールに向き直り、再び走っていった。

(ああ、俺はこんなにもたくさんの人に支えられてたんだ)

 神白は最高の充足感に浸っていた。サッカーをやっていて良かったと、神白はこの上なく強く感じた。

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