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昼休みが終わり、社内を用事で回っていた後藤は、開けっ放しの給湯室から聞こえてきた話に足を止めた。


「後藤さんとあの新しく秘書に来た子、仲良いよね~」

「そうなの?」


「朝とか、よく二人で自動販売機の前で待ち合わせてるわよ」


いや、待ち合わせているのは、お互い、人間じゃなくて、猫なのだが……。


人間もそういえば、いる、といった感じだ。


だが、猫はしゃべらないので、そういえば、ほとんど貞弘と話しているな、と気づく。



「後藤さんとあの新しく秘書に来た子、仲良いよね~」

「そうなの?」


「朝とか、よく二人で自動販売機の前で待ち合わせてるわよ」


そんな不穏な言葉が廊下に響いていた。


いや、それを不穏だと感じるのは、自分だけかもしれないが。


……そんなことより、俺より、先に立ち聞きしている奴がいるんだが、

と思いながら、七海は給湯室の前にいる男の背を見た。


後藤だ。


背後に立つ自分に気づかないくらい、噂話に聞き入っているようだ。


何故だ、後藤。


今の噂、真実だからかっ?

と七海が思ったとき、


「は?

なに適当なこと言ってんのよ」

と中から声が聞こえてきた。


「あっ、お、大林さんっ」


噂話をする彼女ら。


それを窺う、後藤。


後藤ごと窺う、自分。


という構図だと思っていたのだが。


実は噂話をする彼女らと後藤の間に、もうひとり挟まっていたらしい。


給湯室の中で、彼女らの背後に立ち、黙って聞いていたと思われる修子だ。


修子は面倒見が良いので頼られているところもあるが。

口調がきついので、苦手意識のある子も多いようだった。


彼女の登場にビビっているらしい後輩たちに修子は言う。


「後藤さんと悠里はそんなんじゃないわよ」


……まずいな。


最近、彼女は貞弘と仲がいい。

自分と貞弘がよく一緒にいるのを知っているはずだ。


俺と貞弘のことが社内広まってしまうのか。

俺的には、ちょうどいいが。


貞弘が、みんなにいじめられたりしないだろうか。


なんかわからんが、玉の輿狙ってる奴とかいるからな、と思ったが、修子は全然違うことを言いはじめた。


「そんな噂流して、後藤さんがその気になったら、どうするのよっ。

私と後藤さんの噂流しなさいよっ。


私なんか、後藤さんに水まで汲んであげたんだからっ」


……それはどんな感じに噂を流したらいいのだろうな、と七海は思ったが。


前に立つ後藤も困惑しているようだった。


「他にも後藤さんに頼まれて、ボールペン持っていったことだってあるし。

後藤さんに頼まれて、会議のお茶出しも手伝ったことあるわっ」


……大林、それは仕事だ。


後藤も気が抜けたのか。


ふっと後藤の背中辺りの緊張が解けたと思ったら、こちらに気がつき、振り向いた。


二人で頷き合い、そっとその場を去る。




「あの、関係ないですからね、私は」

後藤は悠里と密会していると噂される自動販売機の前で缶コーヒーをくれながら弁解してくる。


「俺は、貞弘には興味ありません。

あんなものは恋愛対象外です」


「……今お前、あんなものと結婚しようとしている俺ごとぶった斬ったぞ」


申し訳ありません、と頭を下げられるが。

ほんとうに申し訳ないと思っているのか、ちょっと謎な感じだった。


「だが、お前はゆ……

貞弘と話が合うようじゃないか」


自分の方が悠里と近いところを見せようと、悠里と呼ぼうとしたが。

本人もいないのに、緊張して呼べなかった。


「ともかく、小学校の頃の机の引き出しから、珍味が出てくるような女は好みじゃないです」


「なんだ、その話」


ラジオでは聴いてないぞ、と七海は言ったが。


「この間、ここでしてましたよ。

実家に寄ったとき、ふと気になって、小学校のときの机の引き出しを開けたら、昔、宴会のときにもらった酒のツマミの珍味が入ってたって」


「待て。

それ、最近の話か」


いろいろツッコミたい、と七海は言った。


「まず、あいつ、ユーレイ部屋に住んでも家を飛び出したいと思うほど、親と揉めたはずだろ?

なんで、実家に帰ってる」


「さあ」


「しかも、ふと気になって小学校のときの机の引き出しを開けるとか。

まったく緊迫感のない里帰りじゃないか」


「そうですね」

「それに、その珍味、10年以上引き出しに入ってたのか?」


「みたいですね。

しかも、鍵付きの引き出しだったらしいです」


「何故、鍵付きの引き出しに珍味を……?」


「知りませんが。

ともかく、自分は、そんな女に興味はないので。


貞弘が好きとかいう噂が広まると、まともな女性が私から遠ざかる気がします。

そこのところ、よろしくお願い致します」


「だから、お前、俺ごとぶった斬ってないか……?」

と七海は呟いた。



なんということだっ。

あいつ、俺より貞弘のことに詳しいじゃないかっ、

と思いながら、七海は廊下を歩いていた。


秘書室に戻ると、まだ後藤は戻っておらず、悠里は他の女性秘書と話していた。

七海は、つかつかと悠里のもとに行くと、そのデスクに手を置き言った。


「……パセリ以外にも、実家の思い出あるじゃないか」


は? と悠里が自分を見上げる。




「どうしたんですか? 七海さん。

無心に猫を撫でて」


その日、七海はコンビニで北原と出会った。

相変わらず、カゴの中はレトルトばかりだったが。


ちょっと心配になる。


これは、お湯を沸かさないといけないけど、大丈夫ですか? とか。

これは、レンジでチンしないといけないけど、大丈夫ですか? とか。


すると、北原が、

「なにやら心配事がおありのようですね」

と言ってきた。


いや、目下の心配事はあなたの食生活ですよ、と思う七海に北原は言う。


「うちに遊びにいらっしゃいませんか?

よかったら、悠里ちゃんも呼びますよ」

と。


悠里は今日は友だちと会っている、ということだったが。

七海は結局、北原の家にお邪魔していた。


二人でコンビニ弁当を食べる。


それで、食後。

火のついていない暖炉の前の、ふかふかふのクッションで寝ている白猫の背を無心に撫でていたのだ。


「どうしたんですか? 七海さん。

無心に猫を撫でて」


そう言ったあとで、北原が訊いてくる。


「七海さんは、悠里ちゃんがお好きなんですよね?

あ、でも、後藤さんもですかね」


ぐはっ。


さらりと言われてしまったが。

この人の目に狂いはない気がするな。


後藤より後藤のこともわかってそうだ、と思う。


「でも、悠里ちゃんが好きなのは……」

「待ってくださいっ」


心構えをっ、と七海は北原の呟きを止めた。


よいしょと猫を抱え、膝にのせる。


その温かみを感じながら、

「どうぞ」

と言った。


ショックな言葉が北原の口から出た瞬間、猫に慰めてもらう気満々だった。


「悠里ちゃんの好きな人の名前は、たぶん、『ゆう』ですよ」


……今すぐ、役所に行って、改名してこよう。

いや、たぶん、そういう問題ではないが……。



「あの、何故、貞弘が好きな相手の名前が『ゆう』だと?」


勇気を振り絞り、七海はそう訊いてみた。

いや~、と北原は笑って言う。


「悠里ちゃんと立ち話してるとき、その人物から連絡が入ると嬉しそうなんで。


そうかなって。

まあ、ただの僕の勘ですけどね」


『ゆう』、何者なんだっ。


職場の男かっ?

社内報を見返さなければっ。


いや、派遣会社の方かもっ。


吉崎さん……は今は忙しそうだから、鞠宮に訊いてみるかっ。


いやいや、昔の同級生とか、先輩とかかもしれんっ。


あいつの幼稚園、小中高大学の卒業アルバム、前後何年か分まで手に入れなければっ。


「あんまり見ちゃいけないと思って、画面よく見なかったんで。

チラと視界に入っただけなですけどね。


結構メッセージ入れてきてるみたいですよ、その人。

悠里ちゃん、たまに呪いの言葉を吐きながら打ち返してるけど。


すごく素敵な笑顔なんですよね~、その人から連絡来ると」


ああいうとき、相手は男性じゃないですかね?

と意外な洞察力で北原は言ってくる。


働きすぎてニートな北原は、

あまり人と関らず、猫と暖炉の前にずっと倒れてて回復中、なイメージなのだが。


「そうなんですか。

俺は見たことないですが、そういうところ」


「そういえば、七海さんがいるときは、その人、入れてこないですね。

いや、一回あったかな」

と北原は思い出すような顔で呟く。


くそっ。

何故見逃したんだ、俺はっ。


その場にいたら、貞弘のスマホを奪って。


間に合ってますって打ち返すのにっ、

となにが間に合ってるのかわからないまま七海は思う。




その夜、眠る前に、七海はスマホを見ながら思う。


さっきの話、ほんとうなんだろうな。

だって、龍之介さんが言ってたんだもんな、と七海は、悠里に、


「いや、どんだけ信頼してるんですか、大家さんを」

と言われそうなことを思う。


何処のどいつなんだ、『ゆう』。


そして、貞弘はそいつにどんなメッセージを送ってるんだ。

七海は自分に送られてきたメッセージを見返してみた。


『この間、スーパーでエコバッグに入り切らなかったんで。


レジの人に、

「ゴミ袋ください」

って言っちゃったんですけど。


レジ袋ですよね』


……まあ、最終的にはゴミ袋になるけどな。


『そういえば、カツオとイソノって、何歳でしたっけ?』


……何故、突然、それが気になった。


そして、そいつらはたぶん、同一人物だ。


ナカジマだろうよ。


こんなしょうもないメッセージをその男にも送ってるのだろうかと思いながら、


『もう寝たか』

と送ってみる。


『いえ、毛玉鳥に夢中になってて』


どんな鳥だよ。

もふもふの鳥か、と笑ったあとで、その打ち間違いに気づかない悠里に送る。


『どうしたことか。

やっぱり、俺はお前が好きみたいだ』


そのまま、朝になっても、悠里からの返信はなかった。






おかえりを更新します ~俺様社長と派遣秘書~

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