この作品はいかがでしたか?
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<凌太>
「本当は宇座からのお金なんていらない。だけどやったことは消えない、訴えない代わりに示談金は払わせたいだけだから」
あの日、どれほどの恐怖に襲われただろう。それでも、こんな風に答える瞳は強くて美しいと思う。
俺は「そうか」としか答えられなかった。
あの時も来たかまぼこ専門店に来ると家と鈴木里子にと楽しそうにお土産を選んでいた。
瞳が試食に夢中になっているときにスマホを確認すると松本ふみ子は俺のマンションの近くから動いていない。
最近じいさんのところに顔を出していないことを思い出してお土産を買って帰ることにした。
俺にとって家族らしい家族はじいさんとばあさんだ。
東名高速に乗る前に適当に食事をしようと話をしていると焼肉という文字が目に入り瞳の「食べたい」の一言で焼肉店に入った。
土曜日ということもありにぎわっていたが、少し待って席につくことができた。
二人とも箸がすすみ満足するほど食べて店をでるとすっかり日が落ちていた。
気がかりはあるもののこんなに楽しい一日をすごしたのは久しぶりだ。
土曜日ということもあり、この時間の東名は帰っていく車が多く渋滞とまではいかないが緩やかな流れになっていた。
ずっと考えていていまだに実行に移せずにいるじいさんの養子に入る話をすると、凌太が傷つかず後悔しないことが大切だねと言って微笑んだ。
東名から圏央道に入る。
時々二言三言話をする程度だが今、ここに二人でいることが幸せだと感じる。
このまま俺のマンションに連れて帰りたいという思いはGPSに表示されている松本ふみ子を表す点がダメだと警告する。どこかホテルにでも入ってしまおうか?とも思うがそんなことをして瞳がどう思うか考えると怖い。
瞳が絡むと途端に俺はビビりになる気がする。
厚湘バイパスに入ると瞳との楽しい時間の終わりが近づいてくる。
今日の一日は終わりだが、俺たちの時間はこれからも続く。
「来週は水族館にでも行こうか?川崎もいいけど、金沢八景とかどう?」
「八景島!行ったことない」
「じゃあ決まり」
色々と考えた末、おとなしく瞳を家に送り届けた。
今日からは正式に恋人になったその事実が少しだけ心に余裕を持つことができる。
マンションが近づいてきたところで一旦車を寄せてGPSを確認すると松本ふみ子はマンションの近くに居るようだ。
こんな風に気がついてみると、俺は松本ふみ子にずっと監視されていたんだ。
それなら、瞳がこのマンションに来たことも見ていたのかもしれない。
この執着は知ってしまうと恐怖だが、知らなかったとしてもそれはそれでホラーだ。
マンションの駐車場入り口に入る。
住人以外は入れないはずだから、もしかするとこのあたりに居るんだろうか?
入り口近くを思い出すが、ただ通過する場所として背景としてしか認識していないからよくわからない。
部屋に入ってミネラルウォーターを一気に飲んでからスマホを見ると瞳からラインが入っていた。
[無事に着きましたか?今日は楽しかったです]
[おやすみなさい]
瞳からのメッセージについ顔が緩む。
[おやすみ]
と返してからシャワーを浴び500mlのドライビールのプルトップを開けると体に流し込んだ。
一息ついてからGPSを確認すると松本ふみ子は移動して行った。
ただこれだけ
ストーカーである事の証拠はない。
「どうすればいい」
思わず呟いてスマホをソファに放ると、自身も深く身を沈めて目を瞑った。
朝の独特な空気感で目が覚める。
昨夜はそのままソファで寝落ちしてしまった。
コーヒーメーカーにカプセルをセットする。
一瞬にして香りが立ち上がる。
カップを持って先ほどまで寝ていたソファに戻るとタブレットで電子版の新聞に目を通していく。
秘書からの連絡事項なく、本日中にやらなくてはならないものは無いことを確認し、メッセージをチェックしていく。
時計を確認すると、午前7時を過ぎた所だ。
簡単に支度をすると、昨日購入したかまぼことだて巻を持って駐車場に向かった。
駐車場から公道に出る時、今までは何も考えず左右の確認をして右折し目的地に向けて車を走らせていた。
今日は、周りに神経を使いながら進んでいく。
隣接しているマンションの一階にはカフェとレストランが入っていてその前には円形のベンチがあり街路樹で隠れている。
何時間も居られるものかはわからないが、ここで俺を見張っていることができるかもしれない。
実際にいたとしても気がつくことは無かったが。
40分ほどでじいさんの家に着く。
多分、ここも把握済みなんだろう。
警備会社に登録はしているが、しっかりと伝えておいた方がいいかもしれない。
インターフォンを押すとばあちゃんが対応してくれて門を開けてもらい車を入庫する。
エンジンを切ると玄関からばあちゃんが出てきた。
「ご無沙汰してます」
「凌ちゃん、久しぶりだね」
音としてはりょうちゃんであいつも一緒だが、この家に来ることはないからばあちゃんの“りょうちゃん”は亮ではなく凌だ。
昨日、小田原に行ってきたからといって紙袋を手渡すと「あらあら、だて巻き!じいじが喜ぶわ」と言ってから家の中に向かって「凌ちゃんがきたよ」とじいさんに叫んでいた。
学生時代と帰国した後に少しだけ住んでいたじいさんの家は平屋の日本家屋で、広い縁側から望む坪庭は安らぎを感じる。
誰も信じず、親父や親父の最愛の息子をいつかたたき落とすためにギラギラした感情を持った俺にはタワーマンションから望む街の灯りで気持ちを奮わせていたが、今はむしろ急いでいる時にすぐに行動ができなかった事が心を占めている。
「凌太元気そうで何よりだ。ところで、ワシもそんなに生きられんぞ」
「そんな事、言わないで。俺にとってじいさんとばあちゃんだけが家族なんだから、でも・・・そろそろ親父には退場してもらおう。じいさんにはずっと協力してくれてありがたいと思ってる」
「ワシも父親に言われるがままに匡を八栄子さんと結婚させたことでお前に辛い思いをさせてしまった。いくらあっちの家が見栄を張って無償の支援を断ったからと婚姻という形で支援をしたことを今では深く悔やんでいる」
「倉片を切り離そうと思っているんだ」
思い切ってそう告げるとじいさんが何かを言おうとした所で「凌ちゃんがだて巻を持ってきてくれたわよ」と言ってばあちゃんがお茶と共に1センチほどの厚さに切っただて巻きを持ってきた。
二人は庭を見るように置かれた高座椅子に座り、俺はその前に座り伊達巻を頬張る。
俺にとっては強めの甘さがほんのり甘くフルーティーな緑茶とよくあった。
「わしらは最後までおまえの味方だ」
そうだ。
両親には愛されなかったがじいさんとばあちゃんはいつだって俺の家族でいてくれた。
「ああ」
「ところで結婚はしないのか?」
なんだかんだ言っても結婚は一人前でなおかつ幸せのバロメーターと思っているんだろう。
事実はどちらも当てはまらないが。
でもいまは
「結婚したいと思っている人はいるが、片付けないといけないことがいくつかあるんだ」
「そうか、今度連れてきなさい」
「じいさんも知ってる人で、学生時代に付き合ってた人だ。一度はおふくろの投げ入れた小石によって別れることになったけど」
「八栄子さんが何かしたのか」
「俺が留学していた時に、余計な事をしてくれたんだが、今思えば俺も瞳もそれで揺らいでしまった事が原因だったからもう間違えないように信じられる人だけを信じようと思う」
「まさか匡があんなことをしでかすとは思わなかった。ワシらのせいで凌太にはさみしい思いをさせてしまった」
そう言うとじいさんは伊達巻を食べながら庭をぼんやりと眺めている。
「息子はかわいい、だけど孫はもっとかわいい。じいじもわたしも凌太の為ならなんだってするから。だけどはやいところひ孫をみせてほしいね」
ばあちゃんは笑いながら言うとお茶を啜った。
ここにいると時間の流れを忘れてしまいそうになる。
暖かい場所だ。
スマホを見ると松本ふみ子は俺のマンションの近くにいるようだ。
俺のこともチェックしているだろうから、ここがどこなのかわかっているのかもしれない。
「じいさん、俺のせいなんだが松本ふみ子という女性にストーキングされてる。見知らぬ女性が訪ねてきても対応しなくていいし、何か強引なことをしてきたら警察か警備会社に連絡してくれ」
「お前のソレはいい加減治さないと、結婚したい人がいるんだろう」
「ああ、もう間違えないよ」
マンションに帰り、駐車場の入り口が見えるカフェに向かって歩いていく。
窓に面した席に座りさりげなく見える範囲を確認するが見当たらない。
でも、この付近にはいるはずだ。
他に居そうなところを考えていると背後から「ねぇ、ちゃんと削除したよ」という声が聞こえてきた。
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