テラーノベル
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『紗良』
昨日のことは、できるだけ考えないようにしていた。
考えたところで、何も変わらない。
優等生は、感情を引きずらない。
そう生き物だ。
放課後、いつも通り屋上へ向かう。
鍵は閉まっていない。
この時間は管理が緩いのを、もう知ってる。
思いドアを押す。
冷たい風が頬を撫でた。
――先に来ている。
フェンスのそば。
昨日と同じ場所。
背中だけで分かる。
なぜか少し安心した自分が、悔しかった。
何も言わず、いつもの距離に座る。
コンクリートの冷たさがスカート越しに伝わる。
沈黙。
でも、嫌じゃない。
むしろ、この時間のために一日を耐えている気さえする。
しばらくして、隣から声が落ちてきた。
「今日も来たんだ」
軽い言い方。
「……来ちゃだめ?」
「別に」
興味なさそうに空を見たまま。
その態度が、妙に落ちつく。
「昨日、遅かったね」
自分でも、どうしてそんな事を言ったのか分からない。
会話をしたかったのかもしれない。
「用事」
「なんの?」
間髪入れずに聞いてしまって、しまったと思う。
少しの沈黙。
「関係ないだろ」
冷たいわけじゃない。
でも、壁がある。
――踏み込むな、という壁。
でも、
「毎日ここにいるのに?」
言葉が止まらない。
「学校っもちゃんと来てるし、授業も出てるし、
なのに放課後だけ消えるって変じゃない?」
言ってから、胸がざわついた。
私は、何を言ってるんだろう。
「……」
返事がない。
「家、近いの?」
まだ聞く。
止められない。
「それとも、誰か待ってるとか?」
その瞬間、空気が変わった。
見なくても、なんとなく分かる。
「なんでそんなこと知りたがるんだよ」
低い声。
初めて聞く温度だった。
「別に、ただ――」
「ただ?」
遮られる。
「ただの好奇心?」
言葉が詰まる。
違う。
でも、何が違うのか言えない。
「……」
沈黙が肯定になってしまった。
「面白いな」
笑っているのに、全然楽しそうじゃない。
「優等生って、他人のこと全部把握しないと気が済まないの?」
胸がちくりと痛む。
「そういう言い方――」
「じゃあ何だよ」
振り向かれる。
まっすぐ目があった。
思っていたより近い距離に、息が詰まる。
「俺のこと、分かったつもり?」
違う。
違うのに、何も言えない。
「……何が分かるの」
かろうじて出た声は、小さかった。
「分かるよ」
迷いなく帰ってくる。
「そういう顔、何愛も見たことある」
――その言葉が、引き金になった。
「分かったようなこと言わないで」
声が震える。
止めたいのに止まらない。
「無理してる顔だよ」
その一言で、全てが崩れた。
「何も知らないくせに!」
屋上に声が響いた。
自分でも驚くくらい大きい。
「勝手に決めつけないで!」
止まれ。
「私がどんな生活してるかも、何考えてるかも知らないくせに!」
胸が苦しい。
息が浅くなる。
でも止まらない。
「好き勝手やってるくせに、分かったふりしないでよ!」
止まれ、止まれ。
「何も抱えてないくせに‼︎」
あ。
言い終わった瞬間、後悔越し寄せた。
風の音だけが残る。
彼は、何も言わなかった。
怒ってもない、睨んでもない。
ただ――
深く、静かな顔。
「……そう」
それだけ。
立ち上がる。
コンクリートに靴底が擦れる音がやけに大きい。
扉へ向かう背中。
「……」
呼び止められない。
言葉が出ない。
扉が閉まる。
――ガン。
屋上には、自分1人だけが残った。
手が震えている。
どうして、あんなことを言ったんだろう。
どうして――
ないだが落ちた。
拭っても、止まらない。
風が強くなる。
まるで、この場所まで拒絶されたみたいだった。
『悠真』
階段を降りる。
一段一段がやけに遠い。
何も考えるな。
考えたら戻る。
抱えてないくせに。
その言葉だけが、頭の中で繰り返される。
苦しい。
息が上手く吸えない。
――まただ。
胸の奥が締め付けられる。
視界が少し暗くなる。
「……っ」
手すりを強く掴む。
爪が食い込む。
痛みで、かろうじて現実に留まる。
抱えてないくせに。
違う。
抱えてる。
ずっと。
でも――
説明する気力なんてない。
分かってもらおうとも思ってない。
思ったことが、間違いだった。
屋上に行ったこと、話したこと、毎日来たこと。
全部、間違いだった。
昇降口を抜ける。
夕焼けが眩しい。
やけに静かだ。
みんなの声が遠くに聞こえるのに、別の世界みたいだった。
「……行かなきゃよかった」
ぽつりと漏れる。
あの場所に、あの時間に、あの人に合わなけrば。
こんなふうにはならなかった。
足が止まる。
でも振り返らない。
振り返ったら、本当に終わる気がした。
ポケットの中で手を握り締める。
震えている。
怒りじゃない。
悲しみでもない。
もっと古くて、重いもの。
――思い出してしまった。
忘れたふりをしていた全てを。
「……は」
笑おうとして、失敗する。
声が出ない。
胸が痛い。
息が苦しい。
もう、屋上には行かない。
あそこは――
自分がいていい場所じゃない。
そう、はっきり分かった。
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