「起きていたのかい? かけら」
後ろから声が聞こえてきて振り向くと、レトが隣に腰を下ろした。
ドアを開けたせいで起こしてしまったのかな……。
申し訳なく思っていると、レトが私の顔を覗いてくる。
格好良い王子に、じっと見られると緊張してしまう。
「眠れなくなっちゃって……」
「僕も目が冴えてしまったよ。
それに、かけらが急にいなくならないか心配でさ」
「心配掛けるようなことはしないよ。
助けてもらったんだから、レトを困らせることはしたくないし……」
「かけらは僕に約束してくれたよね?」
「やっ…、約束って……?」
隣にいるレトが、肩に触れるほど距離を縮めてきた。
冷えているせいなのか、体温がよく伝わってきて私の鼓動が早くなる。
どうしてなのか分からないけど、嫌ではないから受け入れていたくなる。
「忘れたとは言わせないよ。かけらは、僕にしてくれるって言っていたから」
「えっ……?」
真っ直ぐな眼差しで、私の顔を見つめてくるレト。
ドキドキして、この状況に緊張して頭が回らなくなる。
まさか、キスされるのかな……。
早すぎるよ……、レト……。
「ちょっ……、ちょっと待って……。
私は……、まだ……、心の準備が……」
「心の準備なんていらない。
かけらは、かけらの思うままに僕にすればいいんだから。
できれば、今ここで……、してくれると嬉しい」
それは、キスをしろということ……?
人生で一度もしたことがないっていうのに……。
私がレトにキスをするなんて……――
「僕は、かけらが話してくれたポテトチップスっていう食べ物が気になって仕方がないんだ」
「えっ……。そっち……?」
「ん……? そっちってなに?
僕はかけらに料理を作ってもらえると聞いて待ち遠しかったんだ」
「料理の方ね……。あはは……」
王家の血を繋いでいく人が、出会ったばかりでよく知らない女を好きになるわけがない。
きっと美しい婚約者候補がたくさんいるんだから、私なんて……。
頭を横に振り、ポンッと両手で頬を叩いてから、気を取り直してレトの望みを叶える準備をする。
「まずは、ジイさんからもらったミルクを振って、バターという物を作るね」
「振るだけでバターになるんだ?」
「そう。油の代わりにもなるし、バターを入れることによって、料理がマイルドな味になったりするんだよ」
ミルクの入った容器を上下に振ると固形になっていくはず。
小さい頃、牧場でバター作り体験に参加して学んだ知識だ。
でも固まらなくて、思ったようにならない。
「あれ……? 上手くバターにならない……。
でも、固まってるところもある。とりあえず、これを使って作ってみよう」
「鍋とジャガの準備はできてるよ」
昨日の夕方前に切ったジャガは、水気がなくなっているくらいで意外と変色していなかった。
焚き火を作り、鍋を熱してからバターを溶かし、薄く切ったジャガを並べていく。
上手く焼けたら完成なんだけど、この料理は成功したと言えない出来だった。
「ごめん、レト。
私が作ろうとした料理とちょっと違うかも……」
これは、ポテトチップスと呼べるものではない。
色々準備してもらったから、とりあえずレトに料理を渡して、食べてもらう。
「どれどれ、いただきます。
おお……! これは……。
ミルクとジャガを一緒に食べている気分だ。クセになる柔らかさだね」
期待していたレトに申し訳ないと思えてくる。
自分の家だったら、食用油を使って、ちゃんと作れたのに……。
「ごめんね、レト。
機会があったら、また作ってみるから」
「僕は、これでも美味しいと思うけど?」
レトの舌が肥えてなかったのが不幸中の幸いだ。
それとも、優しいからそう言っているんだろうか。
「バターとジャガだったら……。
揚げないで、他の料理にした方が良かったかも。
ジャガと他の野菜を煮て、ミルクを足したらシチューに……、ならないか。
肉と調味料が足りないから、美味しくならない……」
一人でぶつぶつと話しているうちに、レトがパクパクと料理を食べていく。
最後の一つを食べてから、汚れた手を布で拭き、私を慰めるようにポンポンッと肩を叩いてきた。
「美味しかったから気にしないで。
それにしても、調味料っていう物はそんなに革命的な物なんだね。ますます興味が湧いてくるよ」
「革命的か……。
私の住んでいたところででは、どこの家でも調味料を使っているかも」
「そうなんだ。僕の知らないことが山程あるな。
ところで、かけらの世界では食べ物にも困らず、戦わないで平和に暮らしているんだよね……?
それって、本当かい?」
夜空を眺め始めたレトの綺麗な横顔が、まだ燃え続ける焚き火の明かりによってよく見える。
何度見ても、格好良い。
私を信じてくれたように、私もレトのことを信じよう。だから、本当のことを話してみる。
「そうだよ。私の住んでいたところは平和だった。
だから、こことは違う世界にいたんだろうね。
私のいた世界では、四つ以上でたくさんの国があったから……」
そう言ったら驚いたような顔をされたけれど、レトはすぐに微笑んで夜空を見上げた。
「やっぱり……。かけらのいた世界は、別の世界だったんだね」
「えっ……。やっぱりって、なんで……?
何か知っているの」
「いいや。僕には、この夜空に輝く無数の光がなぜ存在しているのかさえ分からない。
それと同じで、僕の知らない世界も絶対にあると思うから……」
「私はそういう考えをしたことがなかったから、レトはすごいなって思うよ」
「そんなことないよ。かけらの方がすごい。
なぜなら、かけらは流れ星みたいだからだ。
突然やって来て、この国で知ることができない話をしてくれて、良い意味で驚かせてくれる。
そして……、夢を掴むための光をくれてありがとう――」
曇りがない綺麗な瞳から、強い信念があるように感じる。
立派な王になるために、励んでいるその姿を見ているとこちらも頑張ろうという気持ちになってくる。
そのおかげで、この世界でどう過していくか、考えがまとまってきた。
途方もないことだけど、レトのような素敵な王子様がいるから不可能ではないはず――
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