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埃の匂いが薄く混ざった倉庫の空気の中で、ポータブルランプの光が机の上の資料を照らしていた。
朝食を食べ終えた三匹は、まだ体が温まる前の静かな倉庫で椅子に腰かけ、それぞれ端末と資料に向かい合っていた。エルクスは端末を手に取り、画面に映る情報を一点一点確認しながら低く独り言をつぶやく。
「やっぱり、昨日報告された幻覚のチーターの死体、位置が妙に偏ってるな……遠距離で狙われてる形跡が残ってる。普通なら気づかれずに逃げられるはずだが、何者かが確実に追跡して片付けてる。」
端末の映像を拡大し、残像や微かな動きの揺れを確認しながら、エルクスは指で画面の特定部分をなぞった。
「うわ…グッロい死に方。」
エルクスしかめっ面をしているのを尻目に、ミアは傍らで資料をめくり、画面を覗き込み首をかしげる。
「あれって、まさか一撃で仕留めてるの? 映像だけじゃ判断しづらいけど、死体の状況を見ると間違いなさそう……」
彼女の声は普段の無邪気さを含みつつも、内心では少し身震いしていた。キヨミは資料に目を落とし、冷静な口調で応じる。
「複数の目撃情報や現場の痕跡を照らし合わせると、単なる偶然の消失や死亡ではなく、誰かが先回りして確実に仕留めている可能性が高い。狩りの精度も尋常じゃない。遠距離型と近接型、どちらの手口も雑がない」
エルクスは肩をすくめながら口を開いた。
「だろうな。こっちは情報を集めてるだけだが、奴らは既に現場で結果を出してる。手際が良すぎて、余計に興味が湧く。」
ミアは瞳を輝かせ、口元をにやりとさせた。
「やっぱりね! 本物の狩人がいるってことだよね。見てみたいな、誰がやってるのか。」
エルクスは軽く笑みを浮かべ、キヨミに目をやる。
「だが、気を抜くな。狩人が誰であれ、情報を整理して動き方を突き止めるまでは慎重にいく。」
キヨミは頷き、資料をさらに細かく確認する。
「現場写真、目撃情報、掲示板の書き込み、全部突き合わせれば行動パターンは見えてくるはず。昨日の幻覚チーターの件も、位置や消え方から狩人の特徴を掴めるかもしれない。」
ミアは楽しげに資料の山から一枚を引き出す。
「ほら、掲示板に書かれてた通りの動きだよ。死体の発見場所や状況、全部一致してる。確実に計画的だね。」
エルクスは唇を引き結びながらスクリーンをスクロールし、各地での不審な死亡例を一覧にしていく。
「ここに現れた順序と消えたタイミングも照合済みだ。間違いない、奴らは動きが計算されてる。無闇に突っ込むやつじゃない。」
キヨミはペンを走らせ、メモに注釈を入れる。
「透明化、幻覚、ラグ……種類はバラバラだが、狩られ方の共通点は明確。確実に止める、致命点を外さない。遠距離か近接かは場面によるが、どちらも精度が高い。」
ミアは手を叩き、楽しげに笑った。
「ねぇねぇ、これってつまり、私たちが追ってる奴らとは別に、チーターを狩る専門家がいるってことじゃない? 本物のプロが現れた感じ!」
エルクスは少し真面目な表情で答えた。
「ああ、正体はまだ不明だが、現状は間違いなく存在する。動機も手口も不明。だが、目に見える成果だけで判断するなら、こっちにとっても参考になる。」
キヨミは軽く肩をすくめ、少し柔らかい声で付け加える。
「敵か味方かは別として、これほどの狩りの技術を見ること自体、学ぶ価値があるわね。」
エルクスは資料の山に手を伸ばしながら笑う。
「学ぶ価値か……まあ、俺たちの仕事は情報収集だ。狩人が誰であれ、まずは行動を把握すること。感情は後でついてくる。」
ミアは資料を端末に映しながら視線を走らせる。
「行動パターン、消え方、痕跡の残し方、全部まとめたら次に動くチーターの予測もつくはず。うん、楽しみだね!」
キヨミはペンを止め、資料を整頓しながら静かに言う。
「楽しみかどうかはさておき、失敗すれば死ぬ可能性もある。だからこそ、慎重に進めるのが第一。」
エルクスはスコープを片手に再び端末を覗き込み、低くつぶやいた。
「誰だ、あの狩人……。姿を現す日が楽しみだ。必ず対面したい、腕を見せてもらう価値がある。」
倉庫の薄暗い光の下、三匹はそれぞれの思考に没頭し、情報の海を泳ぎ続けた。画面の向こうで消えた幻覚チーターの痕跡を再度確認しながら、次に狩るべきチーターの位置と特徴を推測し、各自の役割を整理する。
朝の光が薄く差し込む窓の向こうでは、まだ街は眠ったままだが、倉庫内の三匹の集中力は、まるで時間が止まったかのように研ぎ澄まされていた。情報を整理し、行動パターンを照合し、次の一手を見定める作業は続く。誰も気づかない静かな空間で、三匹はそれぞれの思考を巡らせ、遠くにいる狩人の存在をより強く確信していった。
互いに顔を見合わせることなく、しかし確かな呼吸と指先の動きで連携を取り、狩人の影を追い続ける。朝食を終えた倉庫内の三匹は、外の世界が目覚める前に情報の網を張り巡らせ、未確認の狩人と対面する日を心待ちにしていた。
雨上がりのバンカラ街は、どこか重苦しい湿度に包まれ、街灯の光は濡れた石畳に鈍く反射していた。街の表通りでは、往来する者もまばらで、商店の看板は濡れた紙と鉄の錆でよく見えず、開店している店も少ない。かつてこの街に活気をもたらした笑い声や行商の呼び声は、今や風に消されるかのようにかすかに揺れるだけだった。
アマリリスは街の中心にある広場の一角、影に潜むように立ち、民衆の動きを静かに観察していた。雨に濡れたコートが肩に張り付き、彼の身体の輪郭を際立たせる。視界の端で、濡れた舗装を踏みしめる靴音がかすかに響き、その振動から人々の緊張と不安が伝わってくる。
街を歩くイカタコたちは、互いに視線を交わすことも少なく、沈黙の中で重い足取りを続ける。ある者は手元の荷物を握りしめ、ある者は肩を縮めて雨粒から身を守る。だが、その沈黙の中にも、わずかな声が時折聞こえる。
「どうしよう……。」
「今日は出た方がいいのか……。」
恐怖と迷いが言葉にならないまま街全体に漂っていた。
雨上がりの匂い、石畳に染み込んだ湿気、鉄錆の匂い、そして遠くで漂う微かな血の匂い。アマリリスはその混ざり合った空気を深く吸い込み、全神経を研ぎ澄ます。人々の心拍の乱れや微細な呼吸の変化までを感じ取り、街の空気が一瞬で変化するのを察知した。
広場の片隅では、数名の民衆が互いに顔を見合わせ、声を潜めて相談している。彼らの会話は小声で、聞こえるか聞こえないかのレベルだが、沈んだ街に微かな希望の波紋を生む。誰もが前に進むべきか迷いながらも、互いに視線を交わすことで、一歩踏み出す勇気を少しずつ得ていた。
「……ロビーまで、行かないと……。」
声をかけたのは、若いイカガールの一人だった。手は微かに震えていたが、その目にはわずかな決意が宿っている。彼女の言葉に呼応するように、隣にいたイカボーイが小さく頷く。さらに別の民衆がそれを見て、慎重に歩を進める。
最初はほんの数人だった動きが、やがて波紋のように広がる。
「やっぱり…今日こそは…。」
濡れた石畳を踏む音が、かすかに街の静寂を切り裂く。アマリリスは息を潜め、民衆の連鎖的な動きを目で追う。互いの不安と恐怖が微妙にぶつかり合いながらも、わずかな希望の光が街全体に広がり始める瞬間を、彼は逃さなかった。
通りの一角で、イカボーイが前へ進もうとする。足元の水たまりに反射する街灯の光が揺れ、彼の影を長く伸ばす。
隣の少年が「一緒に行こう」と声をかけ、手を差し伸べる。その小さな手がイカボーイの手に触れる瞬間、空気に微細な緊張と希望が混ざった。民衆の意志がひとつの流れとなり、広場の空気を少しずつ動かし始めた。
しかし、街の重苦しい空気は完全には変わっていない。上空には厚い雲が垂れ込め、雨の匂いと湿気、錆と血の匂いが交じり合い、まだ緊張感を孕んでいる。人々は恐怖に押し潰されそうになりながらも、互いの存在に支えられ、少しずつ前に進もうとしている。その微細な動きが、次に起こる破滅の前触れとして、街全体の神経を張り詰めさせていた。
アマリリスは冷静な表情を保ちながら、民衆の動きを見守る。心の奥底で、彼はこの平穏の裏に潜む脅威を理解していた。雨に濡れた街灯が反射する光の中、遠くのビルの屋上に異様な影が現れる。その影は民衆の動きにはまだ気付かれていない。
彼の指先は無意識にホルスターの中にある拳銃のグリップに触れ、感覚を確かめる。雨に濡れたコートの下で背筋が硬直し、視線の先で微細な動きの変化を追う。民衆の希望がわずかに芽吹く瞬間と破滅の影が交錯する街、バンカラ街がアマリリスの瞳に、緊張と静寂が同時に映し出される。
広場の一角で、子供たちが互いの手を取り、勇気を振り絞る。その姿を見た青年たちが追随し、波紋のように街全体に動きが広がっていく。かすかな声が重なり合い、やがてざわめきが生まれ、石畳を踏み鳴らす足音が響き始めた。小さな連鎖が、沈んだ街の空気を微かに揺らす。
その瞬間、街全体がほんのわずかに生き物のように息をするかのように感じられた。希望と恐怖が交錯する空気の中、アマリリスは深く息を吸い、冷たい瞳をさらに研ぎ澄ませる。民衆はまだ知らない。その希望の芽が、どれほど脆く、どれほど残酷な試練にさらされるのかを。
上空の雲が裂けるように、ビルの屋上から影が滑り落ちた。民衆の目にはまだ気付かれないが、アマリリスの瞳にははっきりと映る。赤黒く濁った空気を切り裂きながら、チーターが、まるで羽の生えた獣のようにビルの壁を蹴り、石畳に降り立つ。その瞬間、広場の空気は圧迫され、冷たい死の気配が民衆に伝わる。
一歩、二歩と踏み出すたびに、チーターの動きは不自然なほど滑らかで、同時に異常な速度を伴っていた。刀の先端が雨に濡れた石畳をかすめると、微かに水滴が飛び散り、濡れた地面に赤い光の反射のような錯覚を生む。民衆はその異様さに気付くが、まだ理解できず、恐怖と混乱に支配されるだけだった。
「逃げろぉぉ!!」
誰かが叫ぶ声に、ざわめきが広場全体に走る。若者たちは互いの手を握り合い、泣き叫ぶ子供を抱き上げ、必死に出口を目指して走り出す。しかし、並行のチーターはそれを待っていたかのように、刃を振るい、わずかの隙間も逃さずに殺意を叩きつける。
走る者たちの足元で、刀が振り下ろされ、血が跳ねる。石畳に散る血の色は、雨に濡れた街灯の光で一層鮮やかに反射する。悲鳴が連鎖するように広場に響き渡り、民衆は絶望の渦に飲み込まれていく。アマリリスは一歩下がり、全神経を集中させながら、その刹那の攻撃の軌道を読み取る。
(……逃げるだけでは、全員が死ぬ…!)
彼の瞳の奥で冷たい計算が始まる。並行のチーターは、ただ殺すことに快楽を見出すかのように動き、民衆を踏み倒し、刀を振り回し、倒れた者の上を軽々と飛び越える。人々の足がもつれ、互いに押し合い、逃げ場を失った瞬間に赤い刃が襲う。
ある少年が泣き叫びながら出口に向かって走った。だが、刀の先端が空中で待ち構えており、ほんの一瞬の隙で斬られる。飛び散った血が石畳に落ち、雨粒と混ざり、赤黒い水たまりとなる。その衝撃で近くにいた母親が子供を抱きかかえたまま転倒し、悲鳴を上げる。
民衆はパニックになり、方向感覚を失った者たちが互いにぶつかり合い、さらに混乱は増していく。アマリリスは視界の端でその状況を捉え、刀の軌道と人々の動線を瞬時に計算する。民衆を守るために動くべきタイミングは、すでに目前に迫っていた。
並行のチーターは、一見無秩序に動いているようで、実は完全に計算された攻撃を繰り返していた。刀を振るう角度、速度、踏み込む位置。全てが同時に存在するかのように、複数の未来を瞬時に呼び寄せ、刹那のうちに民衆を無力化していく。誰もが逃げ場を失い、死の影が広場を覆った。
子供が倒れ、母親が叫ぶ。若者が血を浴び、石畳に膝をつく。叫び声と血の匂いが混ざり合い、街の空気は凍りついたように重くなる。アマリリスはその光景を目にしながら、拳銃のグリップに触れ、指先で銃身を確かめる。冷たい鉄の感触が、彼の内なる殺意と結びつく。
彼の低い吐息が、まだ恐怖で叫ぶ民衆にも届かないほど小さく、しかし確かに決意を帯びていた。並行のチーターは民衆を蹂躙し続け、血の海が広場を覆う。アマリリスは一歩前に出る。視界に映るのは、倒れる民衆、跳ねる血、そしてその中心で狂気じみた動きを繰り返すチーターの姿。戦いの気配は、街全体に張り巡らされていた。
「……行くぞ。」
雨に濡れた石畳の広場。血の匂いと恐怖の叫びが混ざる中、アマリリスは腰の拳銃に手をかけた。民衆の悲鳴が耳に届くが視界の中心はただ一つ、並行のチーター。
その瞬間、チーターが刀を振り上げ、空中で体をひねる。並行のチーターは同時に複数の軌道を描いた刃を振るう。空気を切る音が鋭く響き、雨粒が刀に叩きつけられ、赤黒い液体が飛び散る。
アマリリスは踏み込み、腰を落として刀の軌道をかすめるように回避する。足元の水たまりに赤い光が反射し、飛び散る水滴が微細な障害となる。しかし、彼の脳は冷静そのもので、刃の速度、反射角、雨で滑る地面の摩擦すら計算に入れて動く。
「……逃がさない。」
低くつぶやき、銃口をチーターに向ける。瞬間、並行のチーターは刀を二刀に分けるような動きで攻撃を重ね、アマリリスは一瞬で距離を詰める。銃弾は弾かれたり刀をかすめるが、わずかに肩や腕に当たり、血の感触が皮膚を刺激する。
民衆は広場の端で悲鳴を上げ、逃げ惑う。だがアマリリスの動きは、民衆を守る最短ルートを描きながら、攻撃の間合いを微細に調整する。チーターは無秩序に動いているように見えて、アマリリスの行動を予測するかのように攻撃を分岐させる。
刀が縦横無尽に振るわれ、雨で滑る石畳に跳ね返る水滴が光を反射する。アマリリスは刃の軌道をかすめ、踏み込む距離を微調整し、次の攻撃の起点を予測する。瞬間、チーターの刃が横一文字に振られ、背後に逃げようとした民衆を巻き込みそうになる。だが、アマリリスは素早く身を転じ、刃の反動で生じた水しぶきを盾にして民衆を押し退ける。
踏み込むと同時にアマリリスはナイフを取り出し、反射軌道を読んだ刃の合間を縫う。チーターは跳躍して空中で回転し、複数の刃が同時に襲いかかる。だがアマリリスは、刃の起点となる肩や腕の微妙な動きを視界の端で捉え、最小限の回避を選択する。
刀がかすめる音、雨の跳ねる音、民衆の遠吠えのような叫び声。全てが戦場の情報となり、アマリリスの頭の中で空間と時間の地図を描く。刹那、踏み込みながら銃を構え、弾丸をチーターの胸元へ放つ。
弾丸は刀に弾かれ、かすかに刃を逸れるが、チーターの動きの微細な軌道変化を誘発する。アマリリスは間髪入れずナイフを振り、チーターの腕を切り裂く。血の飛沫が雨粒と交じり、地面に赤黒い水たまりを作る。チーターは痛みを感じさせず体を再構築、いや。切られていないかのように刃を振り直す。
複数の分岐を呼び出すかのように別々の攻撃が同時に発生する。アマリリスは呼吸を整え、心拍を抑え、次の動きを計算する。雨に濡れた髪が顔に張り付く中、瞳は冷たく光り、血に濡れた刃の軌道を全て読み取る。
民衆は広場の端で泣き叫ぶが、アマリリスは彼らを盾にせず、最短距離で攻撃と回避を繰り返す。刃が迫るたびに彼の体が低く沈み、跳躍して回避し、銃弾とナイフでチーターを追い詰める。
刃が交錯する音、血が跳ねる音、雨が打ち付ける音――すべてが一瞬の判断材料であり、アマリリスはその全てを利用して民衆を守ると同時に、チーターを追い詰める。
チーターの赤い目が一瞬こちらを見据える。
残虐な動き。その目に映るのはただ一つ、死の先触れ。しかし、アマリリスの動きは冷静で、全ての刃を最小限の回避でかわし、ナイフの刃を深く突き立てる。
広場の雨は激しさを増し、赤黒い水たまりに跳ね返る雨粒がまるで戦場の爆発のように見える。刃が飛び、血が飛び散り、アマリリスと並行チーターの間で無言の殺意がぶつかり合う。民衆は絶望と恐怖に凍りつき、ただその場で怯えるしかなかった。
雨は止むことなく、広場の赤黒い水たまりに落ちる一滴一滴が小さな波紋を作り、反射する街灯の光を歪ませる。民衆の恐怖は広がり、固まったまま動けず、逃げようとする者も声を上げられない。
そんな中、アマリリスは冷たく濡れた髪をかき分け、無表情で視線を並行のチーターに固定していた。チーターの刃は雨粒に濡れた石畳を蹴るたびに赤く光り、振るうたびに複数の軌跡が同時に存在するかのように見える。初めの跳躍、回転、次の振り下ろし、そのすべてが同時に発生しているようで、脳内の計算回路は瞬時に回転する。刃の軌道、空気の微細な振動、水たまりの揺れ、赤い液体の飛沫……視覚と聴覚と触覚が交錯し、体全体が高精度のセンサーのように働く。
刃が膝をかすめ肩を掠め、髪を切るたびに、アマリリスは体を微妙に傾け、ナイフを握り直し、銃口を僅かに動かして攻撃の予備動作を確認する。次の瞬間、チーターは跳躍し、同じ刃を振るが角度はわずかに異なり速度も変化する。
アマリリスの脳内に仮説が浮かぶ。これは単なる高速攻撃ではなく、ある一点を起点として未来の行動を分岐させて同時に現実に呼び出しているのだと。刀を振る動作、跳躍、銃撃、それぞれが分岐として同時に発生している。未来の分岐が現実に干渉しているかのような感覚に全身が震え、しかしその中でアマリリスは冷静さを失わない。
(おそらくさっきの斬撃も……別の世界線では避けていたから……手応えがなかったのはそういう事だったのか…。)
刃が振られるたび、残像が視界の端に引きずられ、雨粒と赤い液体の飛沫が干渉して軌跡を複雑にする。しかし彼はその残像を頭の中で再構築し、攻撃の起点と終点を結ぶ線を描く。刃の間隔、振り下ろす角度、跳躍のタイミング、銃を撃つ微妙な指の動き……すべてを一度に計算し、次に来るであろう交差点を予測する。
彼は瞬間的に理解する。分岐の交点を見極めれば、未来を呼ぶ攻撃も最小限の動きで回避可能であり、逆に反撃の隙も作れる。次の刃が膝元をかすめ肩を掠めた瞬間、アマリリスはナイフを突き立て、銃を撃つタイミングを合わせ、赤い刃の一部を弾く。
その反動で雨水と血が飛び散り、地面に小さな光の粒となる。体の感覚は全神経が緊張で張り詰め、頭は冷徹に計算を続ける。刃の軌道、残像、水たまりの反射、民衆の位置、逃げる動線、全てが複雑に絡み合いながらも、一瞬で地図のように脳内に展開される。刃が次々に振られ、複数の分岐軌道が交差して雨と血に濡れた広場を支配する。
しかしアマリリスの眼は冷静に軌跡を追い、交点を先読みし、最短距離で回避と攻撃を両立させる。刃が振られるたび、微かな残像を追い、反動で体を傾け、ナイフの角度を修正し、銃口を微妙にずらす。
その動作は流れるようでありながら、完全に計算された精密な反応の連鎖であった。未来の分岐を読み、刃の軌道を把握し、回避ルートと反撃ポイントを同時に決定する。この理解は単なる戦闘技術ではなく、チーターの能力そのものを把握した瞬間であった。
「……やはり…合流点は長くはできない……。」
低くつぶやき、全身の緊張を一点に集中させる。雨と血と絶望が混じる広場で、アマリリスの視界は、赤い刃の交錯、民衆の位置、水たまりの反射、飛び散る血液すべてを含む未来の分岐までを鮮明に捉えた。
刃の軌道が線として頭の中で整列し、飛沫や残像の干渉による混乱も計算に含まれる。初めて、アマリリスは並行のチーターを「読む」ことができた。次の瞬間、動き出す準備は整った。雨と血で濡れた石畳の上、民衆を守るために、アマリリスの反撃は始まろうとしていた。
〈補足〉
並行のチーターの能力の概要
並行のチーターは「ある1点を境に並行世界2つを同時に投影する」能力を持つ。
その並行世界は割と短時間で結果が合流する。
例えば、チーターが構えている状態を1点と定め、そこから「リロードをする」と「刀を振るう」の2つの世界に分岐する。が、分岐はその一連の流れをやる程の時間しかない。
また、相手に攻撃を仕掛けられた際「避ける」と「突っ立って避けない」の2つに分岐すると、突っ立った(ように見える)状態で攻撃を避けることができる。
(あくまで本人ができる範囲限定)