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「モラクス君が勝ったのね?」
問い掛けるコユキに、モラクスは微笑を浮かべながらも、首を左右に振って返した。
「いやいや、これはストレス発散の為の遊びでございます、兄者が本気を出せば、私如き(ごとき)は影を追う事すら叶いません」
「ゼェェッ! ハァァッ! ゼェェッ! ハァァッ!」
モラクスの言葉が大嘘にしか聞こえない程の息遣いをしながら、話す事すら出来ない様子のオルクス。
コユキは二人に向けて話しを続けた。
「今ね、遠征先の宿泊場所を探しているんだけどね、そもそも今回は皆で一緒に出かけるって事で良いんだよね?」
一応、本当に一応、確認のために聞いたのだが、モラクスの答えは予想していた物とは違っていた。
「いいえ、今回も私の時と同じく、コユキ様お独りで向かって頂く事になるかと、善悪様は私達と共に遠隔でフォローに当たって頂きますのが最善だと思っています」
モラクスの言葉に同意するように、オルクスも倒れたまま首をガクンガクンと縦振りしている。
「あれれ? そうなんだ?」
「はい、何しろ私も兄も、今の段階では戦地に赴(お)いても足手まといにしかならないでしょう、で、あれば、善悪さまの遠隔付与(えんかくふよ)の能力を通して、こちらで助力させて頂くほうが効果的だと思いまして」
「なるほどね、そう言う事なんだね。 だってさ、善悪、シングルで良いみたいだよ」
「い、行きたかったでござる…… 秋葉…… リバテ…… オタチュ…… ホビテン…… くっ、ガックシ――――」
善悪のお買い物ツアーの野望は潰(つい)えたのだった。
貞操の危機を無事回避できて、一安心の筈(はず)のコユキが、意外にも残念そうな声で呟いた。
「まぁ、一人で行くのは納得したけど…… スワンボートはお預けか…… 残念」
「ん? すわんぼーと? でござるか?」
ハテナを顔に浮かべて聞き返す善悪に、コユキは言葉を続けた。
「うん、不忍池(しのばずのいけ)のスワンボート、乗りたかったんだ、善悪と」
「えっ、ぼ、僕ちんと…… でござるか? ……その、ホントに?」
急速に紅潮して行く顔面を、隠すように下に向けながら尋ねる善悪であったが、コユキは一切気にすること無く話し続けた。
「うん、スワンボートって、体重制限的には全然許容範囲なんだけど、一人で乗ると傾いちゃって危険なんだよね。 アタシとバランス取れる相手って善悪位じゃない? だから、今回は乗れるかな? って、楽しみにしてたんだよねぇ、あーあーガッカリだねぇ」
本当にコユキは体重的バランス、シーソー遊びに於(お)ける適合者と言った意味で、善悪を相手に選んだだけだったのだが、そう言った後、何気無く視線を向けた善悪の顔が、首元まで真っ赤に染まっている事を確認して、自分の発言がどう受け取られたのかを理解して、急激に恥ずかしくなってしまい、慌てて誤魔化すように言った。
「あの、ち、違うわよ! 別にあんたと一緒に乗りたいとか、そう言うんじゃないんだからね! 目方さえ合えば何処(どこ)の誰でも同じなんだから! か、勘違いしないで欲しい、ってか、勘違いするんじゃないわよ! 分かった!!」
ぬぬ、これは知っているぞ!
平成から令和に掛けて流行った、確か、そうだ!
『ツンデブ』っていうやつだった筈だ!
しかし、こんな物に本当に需要があったのだろうか?
いつものカルチャーショックやジェネレーションギャップを感じてしまうな……
気を取り直して、気色悪い感じになっている二人の観察を続ける事にしよう。
「え、えーと…… シングルで、予約っと、よし、ポチっとな、オッケイでござる、よ」
俯(うつむ)いて真っ赤になったままで、タブレットに向きあっていた善悪が言った。
コユキも何やら居心地の悪さを誤魔化すように茶菓子をバクバクと口に運び続けて、最後に緑茶をクィィーッと飲み干してから言った。
「ま、まぁ打ち合わせも良いけど、お腹空いちゃったわね、ぜ、善悪、お昼にしない? ってかお昼よお昼!」
「う、うん…… そ、そうだね! 準備済みだから持って来るでござる! 少々お待ちあれ~」
フガフガ言いながらお昼ご飯を待っている間、コユキは気持ち悪い事この上ない様子で時間を過ごした。
具体的にはモラクスを撫で回したり、オルクスに、
「弱っちぃお兄ちゃんだねぇ? でもね、皆違ってそれで、いや、それが良い!」
「……」
とか、っぽい事を言ってお茶を濁していたのであった。
善悪がお昼ご飯を持ってきた事で、コユキのヌルっとした時間は一旦休止を迎え、楽しいランチタイムとなったのである。