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次の週末、綾菜と翔太、健二がやってきた。
料理はテイクアウトのお寿司、それから何故か旦那が得意になったけんちん汁、私がサラダを作って、綾菜がケーキを焼いてきた。
テーブルに料理が並べられて、お昼だというのにビールも出して和やかにお祝いの宴が始まった。
ホテルで健二を見かけたことは、誰にも話していない。
そのせいか、健二もいつもと変わらない態度だ。
「やっぱりさ、ここは乾杯だよね?」
旦那が言う(元旦那だけど、元は面倒だからはずしとくことにする)。
「そうだね、じゃあ…綾菜と健二君、結婚記念日おめでとう!末永く幸せにね」
わざとらしく、乾杯の音頭を取る。
「お母さんと進さん、離婚おめでとう!これからはそれぞれ好きなことして元気に生きてってね」
「あはは、ありがとう」
「うん、ありがとう」
「離婚おめでとうって、変ですよね?」
健二が言う。
「もめずに離婚なんて、おめでたいよ」
綾菜が答える。
「そうよ、浮気!とかじゃないから揉めないんだよ」
わざと浮気を強調して、私も答える。
健二の顔色がちょっと変わった気がしたけど、すぐに戻った。
「ぼく、ケーキたべたい」
「わかった、切ってあげるね」
わいわいと食事が始まった。
「進さん、料理始めたんだって?」
「そう、未希ちゃんに教えてもらって少しずつやってるよ。このけんちん汁は、なかなかうまくできるようになったんだ」
「どれどれ?ん、あ、ホントだ、美味しい。お母さんの味に似てるね」
「先生だからね、似てくるんだろ」
旦那とこんなにしゃべる綾菜を初めて見た気がした。
もしかすると、今が二人にはいい距離感なのかもしれない。
健二は、ビールを飲みながらお寿司をつまんでいる。
「ねぇ、健二君も料理しない?」
私から話しかけてみる。
「え?いやぁ…仕事、忙しいんでちょっと」
目を逸らす。
「いまからおぼえとけば後々助かるよ、たとえば…」
「え?なんですか」
「離婚したときとか…」
「ぶっ!は?え?なんで…」
ビールを吹き出した健二。
慌ててティッシュを取る。
「いやぁだ、どうしたの?健二、こぼしちゃって」
綾菜が振り返った。
「あ、慌てて食ったから、なんでもないよ」
「私が、健二君も料理したら?いつか離婚したら助かるよって言ったんだけどね」
「離婚?私と健二が?ないないない」
綾菜は、大袈裟に首を振った。
「そういえば、最近、すごく忙しいんだって?健二君。綾菜が言ってたけど」
わざと仕事の話を振ってみる。
先週ホテルに来た時も、綾菜には残業だと言っていたはずだから。
「あー、はい、ありがたいことに忙しくさせてもらってます」
「でもさ、サービス残業なんかやっちゃダメだよ、働いた分はきっちり手当てをもらわないと!ね、綾菜もそう思うでしょ?」
綾菜も話題に巻き込む。
「そうなのよ、帰りが何時かわからないとご飯の準備も、翔太を寝かしつけるのもタイミングがわからないし。そんな思いして待ってるんだから、ちゃんと残業代は欲しいよ」
つんつんと、健二の脇をつつく。
「うん、わかった、これからは出来るだけ早く帰るよ」
「違う違う、残業はしてもらってもいいの、お給料が増えるのは助かるし。サービス残業をやめてほしいかな?」
わかったよ、と健二。
「お金の切れ目が縁の切れ目、これは事実だよ、だから今のうちにある程度の貯蓄は必要!」
「あ、進君、実感こもってますねー♪」
旦那の発言に、私は少し笑ってしまった。
こんな風に話をする人だったんだ。
離婚してからわかることが、いくつかある。
「あーっ!!そういえば!」
「びっくりした、何、綾菜、突然大きな声を出して!」
「結婚記念日のサプライズ、どうなった?」
どうなった?と聞かれているのは健二。
「え?何か約束したっけ?」
少々慌てた様子。
「違う、私がサプライズを仕掛けたんだけど。健二が何も言ってこないってことは、まだ見てないってこと?」
「なんのこと?」
「あ、今日は仕事用のパソコンバッグ持ってないか」
「持ってないよ、さすがに。パソコンがどうかしたの?」
うーんと首をかしげながら、何か考えている綾菜。
「でも言ってしまうと、サプライズじゃないしなぁ…」
「言われないとわからないかもしれないよ」
「あのさ、健二がいつも使ってる仕事用のメモリー、あるでしょ?こう、なんかこれくらいの、パソコンに刺して使うヤツ」
「あぁ、フラッシュメモリー?」
「それ!最近、一個増えてなかった?」
「え?」
健二君の顔色が変わったのを私は見逃さなかった。
あの日の403号室の忘れもの。