コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「そういえば、最近、すごく忙しいんだって?健二君。綾菜が言ってたけど」
わざと仕事の話を振ってみる。
先週ホテルに来た時も、綾菜には残業だと言っていたはずだから。
「あー、はい、ありがたいことに忙しくさせてもらってます」
「でもさ、サービス残業なんかやっちゃダメだよ、働いた分はきっちり手当てをもらわないと!ね、綾菜もそう思うでしょ?」
綾菜も話題に巻き込む。
「そうなのよ、帰りが何時かわからないとご飯の準備も、翔太を寝かしつけるのもタイミングがわからないし。そんな思いして待ってるんだから、ちゃんと残業代は欲しいよ」
つんつんと、健二の脇をつつく。
「うん、わかった、これからは出来るだけ早く帰るよ」
「違う違う、残業はしてもらってもいいの、お給料が増えるのは助かるし。サービス残業をやめてほしいかな?」
わかったよ、と健二。
「お金の切れ目が縁の切れ目、これは事実だよ、だから今のうちにある程度の貯蓄は必要!」
「あ、進君、実感こもってますねー♪」
旦那の発言に、私は少し笑ってしまった。
こんな風に話をする人だったんだ。
離婚してからわかることが、いくつかある。
「あーっ!!そういえば!」
「びっくりした、何、綾菜、突然大きな声を出して!」
「結婚記念日のサプライズ、どうなった?」
どうなった?と聞かれているのは健二。
「え?何か約束したっけ?」
少々慌てた様子。
「違う、私がサプライズを仕掛けたんだけど。健二が何も言ってこないってことは、まだ見てないってこと?」
「なんのこと?」
「あ、今日は仕事用のパソコンバッグ持ってないか」
「持ってないよ、さすがに。パソコンがどうかしたの?」
うーんと首をかしげながら、何か考えている綾菜。
「でも言ってしまうと、サプライズじゃないしなぁ…」
「言われないとわからないかもしれないよ」
「あのさ、健二がいつも使ってる仕事用のメモリー、あるでしょ?こう、なんかこれくらいの、パソコンに刺して使うヤツ」
「あぁ、フラッシュメモリー?」
「それ!最近、一個増えてなかった?」
「え?」
健二の顔色が変わったのを私は見逃さなかった。
あの日の403号室の忘れもの。
「ごめん、メモリーは何個かあるから、まだ見てないや。どんなやつ?」
「赤いヤツ、健二が会社用に使ってるのと同じものを買ってきたんだから」
「わざわざ?」
「そう、わざわざ。そうしないとサプライズにならないでしょ?違うヤツだったら、自分のじゃないって見ないかもしれないし」
「で?そのメモリーに何が入ってるの?」
「それは教えない!サプライズじゃなくなるじゃん!で、そのメモリーを見つけたらすぐに開いて中を見て。で、感想を教えて。めんどくさがって適当に感想を言わないでね」
「適当に言うかもしれないよ」
「適当かどうかすぐわかるよ、合言葉を入れてるから、それをちゃんと答えてね」
「合言葉?わかった、帰ったらちゃんと見て感想を言うよ」
あのメモリー、綾菜が入れたものだったのかも?
そんなに驚いてないということは、まだ無くしたことに気付いてないのかもしれない。
「ね、綾菜、仕事用のと同じだと健二君、ごっちゃになるんじゃない?」
「あー、それは大丈夫。開いたらすぐに違うってわかるし、裏に小さくAと書いてあるから目印に」
「目印つけたんだ、しっかりしてること。で、何が入ってるの?」
「えっとね、お母さんにだけ言う、あ、合言葉は教えないけど」
そう言うと綾菜は、私に耳打ちしてきた。
「健二に感謝の言葉とこれからもよろしく、みたいな動画を入れてある。アプリを使ってちょい可愛くしたやつで」
「ふーん、それは楽しみな内容だね」
「でしょ?サプライズで、もっと早く健二が気づく予定だったんだけどな、そこは残念だ。仕方ないか、ずっと忙しかったもんね」
綾菜は、健二を少しも疑っていないようだ。
さて、健二はどうするのかな?
あの忘れ物が綾菜のやつだったとして、ホテルに忘れたかも?と思い当たるか?
でも、問い合わせたら下手すると私にバレると思って、躊躇するか。
完璧には綾菜に隠せているようだから、少し様子を見よう。