日が暮れても、帝都医療センターの救命救急室に夜は訪れなかった。崩落事故の余波でなおも傷病者が搬送され、ICUもオペ室も限界に達していた。
午後7時10分──
「松村先生、搬送車あと3台来ます!」
看護師の声に、北斗は無言で頷いた。
数時間前から、北斗の背中はわずかに丸まっていた。
処置着の袖口は血液と薬剤で汚れている。
だが目だけは鋭く、冷静だった。
「京本、新規ICU入室患者の循環安定させられる?」
「やるよ。昇圧剤、人工呼吸、透析、フルセットで迎え入れる」
京本も声は淡々としていたが、目の奥には疲労の色が濃く浮かんでいた。
彼の頭の中では、全患者のデータが常に高速で回転していた。
人工呼吸器設定、腎機能、出血傾向、感染リスク──
一つの見落としが命取りになる。
午後7時30分──
オペ室──
「ジェシー先生、もう10時間ノンストップですよ?!」
スタッフが叫ぶが、ジェシーは肩で息をしながら次の止血箇所に手を伸ばしていた。
「……まだ終わらせるわけにはいかない」
彼の目は赤く充血していた。
けれど手の動きだけは微塵も狂わなかった。
「樹、出血量!」
「今、総出血6200ml。もう輸血残りわずか!」
「次はオートトランスフュージョン回せ!自己血回収して使う!」
慎太郎がすでに回収機を回し始めていた。
「自己血、再還流開始!」
樹が支え、慎太郎が回し、ジェシーが命を拾い続けた。
午後8時──
ICUのナースステーション──
「京本先生、感染症の兆候です!敗血症の恐れあり!」
「血液培養採取、抗菌薬ダブルで開始。昇圧剤は2段階上げて」
京本は一瞬も迷わない。
けれど──その内心では、張り詰めた糸が少しずつきしみ始めていた。
(──もし、ここで俺が一つでも間違えたら……)
命の管理者でいることの重圧が、背中にのしかかっていた。
午後8時30分──
現場から再び髙地が搬送について戻ってきた。
顔面の泥はそのまま、声は嗄れていた。
「新たに掘り出された患者搬送完了。俺も一旦待機に入ります」
「髙地……少し休め」
北斗が声をかけた。
「大丈夫。でも……患者の顔が、まだ頭から離れない、」
優吾はうつむき、小さく笑った。
それは医療者が時折見せる、心の隙間からこぼれ出た弱音だった。
午後9時──
ジェシーがオペ室から出てきた。
白衣の袖は血で真紅に染まり、足取りはわずかにふらついていた。
樹が駆け寄る。
「ジェシー、座れ!補液も入れろ!」
「はは……俺、今何人目だった?」
ジェシーは乾いた声で笑った。
「これで今日だけで17人目の執刀だ」
ICU──
ナースがそっと京本に水を差し出した。
「先生……少し休んでください」
「……ありがとう。でももう少しだけ」
京本は答えたが、声はわずかに掠れていた。
視界が霞み始めていた。
午後9時30分──
その時──
館内放送がまた鳴った。
「緊急搬送要請。心停止患者、搬送中。あと10分」
誰一人、顔色を変えなかった。
全員が既に、その次の命の準備に入っていた。
『俺たちは救命だ。止まらない限り、救い続ける』
その覚悟だけが、SixTONESを支えていた──
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