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館内放送からの通報が流れてから、わずか数分。救命救急室のスタッフたちは、誰一人として動揺することなく準備を始めていた。
人工呼吸器、挿管キット、電気ショック、アドレナリン。
すべてが正確に並べられていく。
まるで戦場の兵士が武器を整えるように。
午後10時10分──
ストレッチャーが救急入口に滑り込む。
心停止した患者は、瓦礫の奥深くから掘り出された20代男性だった。
「心電図、無脈性電気活動(PEA)」
「呼吸停止。心拍なし」
髙地が胸骨圧迫を続けながら叫ぶ。
京本はすぐさま気管挿管を行った。
「挿管完了!人工呼吸開始!」
「アドレナリン1mg投与!」
北斗の声も鋭い。
「CPR継続!電解質確認!」
樹が急速に血液検査を回しながら叫ぶ。
「カリウム7.5、代謝性アシドーシス進行中!」
「透析導入準備!」
慎太郎が透析装置を抱えて走り込んできた。
午後10時20分──
5分、10分、15分──
「自己心拍、再開しない!」
ナースの声が揺れる。
全身から汗が噴き出す。
心臓はまるで静かに死を選んだかのように、拍動を拒み続けている。
京本の指先が微かに震え始めた。
「京本、集中しろ!」
北斗が静かに声を掛ける。
今この瞬間、動揺は最も大きな敵だった。
「……わかってる。まだ、終わらせない」
午後10時30分──
CPR開始からすでに20分が経過していた。
一般的には、ここまで長い心停止は蘇生困難と言われる。
だが、ここにいる彼らは、まだ諦めなかった。
「エクモ(体外式膜型人工肺)導入を!」
京本が叫んだ。
「エクモ搬入!」
慎太郎と補助スタッフが大型機材を運び込む。
「カニュレーション開始。フェモラルアプローチ!」
カテーテルが大腿静脈・動脈へと慎重に挿入される。
大量の血液が人工肺へ流れ込み、酸素化と循環が始まる。
午後10時45分──
「心拍再開!!」
電気ショック5回目の直後、モニターに波形が戻った。
全員の目がその瞬間、わずかに潤んだ。
だが勝負はまだ終わっていなかった。
蘇生直後の患者は、今度は脳障害、多臓器不全、感染症など無数の合併症と戦わなければならない。
「脳低温療法開始準備!」
「感染予防、抗菌薬3剤併用開始!」
樹、慎太郎、北斗、京本が次々と指示を飛ばす。
ジェシーはその全てを見届けるように静かに頷いた。
「……繋いだな、みんな」
午後11時──
救命救急室の照明は変わらず眩しく、アラーム音は止むことがない。
彼らの目の下には深い隈が刻まれていた。
それでも誰一人、椅子に座ることすらなかった。
この24時間はまだ、ほんの半分しか終わっていないのだ。