七月の終わり。
夏休み目前の放課後。
教室の中は、どこかふわっと浮ついた空気。
みんなが「宿題やだー!」とか騒いでる中、
まだ残ってるのは、私と黒瀬だけ。
「ふぁ〜、やっと一学期終わる〜〜!」
「終わってねぇだろ。補習コースまっしぐらのやつが何言ってんだ。」
「だっ、誰が補習コースだ! 私だって今回は……! 本気出すんだから!」
「はいはい、またそれな。」
黒瀬がノートを閉じて、私をちらっと見る。
その涼しい目がちょっとムカつく。
いや、だいぶムカつく。
「ねぇ、今度こそ勝負しよ。」
「勝負?」
「そう! テストで! 私が黒瀬に勝ったら……。」
「……どうしよっかな。あ、アイス奢ってもらお!」
「ちっさ。」
「じゃあ、なんでも言うこと聞いてもらう!」
「……は?」
黒瀬の手が止まる。
その瞬間、教室の扇風機の音がやけに響いた。
「なんでも?」
「な、なんでも!」
「ふーん。」
黒瀬はちょっとだけ笑って、ペンをくるくる回す。
その顔がズルいくらい余裕で、見てるだけでイラッとする。
「じゃあさ。逆に俺が勝ったら、お前が俺の言うこと、なんでも聞けよ。」
「へっ!?」
「条件、平等だろ。」
「な、なんでもって……ど、どのくらいの“なんでも”!?」
「ふつうの“なんでも”。」
「ふつうってどんなだよ!」
「たとえば――ポテチ禁止とか。」
「え、地獄……!」
笑いをこらえながら黒瀬が言う。
それが悔しくて、私も机をドンと叩いた。
「いいよ! 絶対勝ってやるから!」
「ほぉ〜、珍しくやる気じゃん。」
「今の“珍しく”って必要!?」
「事実だろ。」
黒瀬がちょっと笑った。
その笑い方、ずるい。
なんか胸のあたりが変にドキッとする。
(な、なんで笑うの……こっちは本気なのに……)
「……じゃあ、覚悟しとけよ!」
「おう、頑張れ、ポテチ姫。 」
「誰が姫だぁぁぁぁっ!」
笑い合う声が、静かな教室に響いた。
窓の外では、夏の夕陽がゆっくり沈んでいく。
(なんでも言うこと聞く、か……。)
――そんなこと言うから、変に意識しちゃうんだよ。
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