自分の意見をこれ程長く言うのは、社会に出て初めてのような気がした。酒でよっているのもあるかもしてれない。内心自分でも驚いた。
小さな沈黙が流れ、隣の木ノ瀬さんが肩をポンポンと叩いて俺を励ました。
「あら、そんなことないわよ西宮くん。私よりしっかりしてるなって思うところ沢山あるわよ?」
「ありがとうございます。木ノ瀬さん。でもそれだけじゃない。上に立つ人間は責任をおわなきゃいけないじゃないですか」
「そうだな。それが店長として、副店長としての務めだ。だがそれは、みんな通る道なんだぞ」
田中店長はやんわりそう言いながらも、苦い顔をしていた。俺はうつむくことなくしっかりと田中店長の目を見続けた。
「そうですけど、正直今は自分のことで精一杯です。余計なことを考えたくないっていうか、余計な重荷を背負いたくないっていうか。今はただ自分のことだけを考えていたい。責任って重いですから」
生ビールがほのかに酔って朗らかになっていた田中店長の顔が段々と真顔になっていく。
若干ピリリとした空気を感じた。だけとわ、たくさんの人に囲まれてちょっぴりイラついていたせいか、言葉は止まらなかった。
「田中店長、おれ、自分の価値を決めるのは、キャリアとかじゃなくて、お金だと思ってるんです。今はそのお金がそこそこ貯まってきて、生活が苦しいわけじゃない。だからこれ以上別にうえを目指す気は無いです。」
沈黙が走る。田中店長の表情が強張っている。それを見て、力斗さんと木ノ瀬さんは目線を下げた。
しかり凛さんだけは、
「わかりますよ西宮さん!お金が一番大事ですもんね」
と、さっきの力斗さん並に大きな声で言った。その顔には満面の笑みが浮かび上がっていた。フォローのつもりだったのだろうか空気は読めていない。
凛さんのその一言で田中店長は
「わかった、残念だ」
と真顔で言い隣のテーブルに移って行った。
木ノ瀬さんと力斗さんだけ少し濁った表情の中で、何故か凛さんだけがどこか嬉しそうだった。
飲み会も終わりの時間に近づき、会計をする前にトイレに行く。すると力斗さんも催したらしく、連れションをすることになった。
「西宮、お前最高」
隣の便器に立たれて突然話しかけられる。
「最高?何がですか?」
「あんなにガッツリ言えるタイプだって知らなかったぜ」
「ああ、昇進のことですか?」
「そう。俺正直、お前のこともっと大人しくて、意見とかあんま言わないで、周りに合わせるだけの奴かと思ってたんだよね」
すごい失礼な事を言われてないか?
小便を終えて手を洗う。
「はは、何言ってんですか。力斗さんだっていつも空気読まずに騒がしいじゃないですか」
「本当?そう見える?実は結構キャラ作ってんだよね。明るめキャラ。俺嫌われるの怖くてさ」
「そうなんですか?」
力斗さんがそんなこと思ってたなんて。陽気に喋ってたり常に笑顔でいるのは、もしかして疲れるのだろうか。半分くらいは本来の明るさだと思うが、あと半分くらいは作り物の明るさなのだろうか。
「いや、別に根暗ってわけじゃねぇけどさ。皆普通に、本当の顔、本性、みたいなあのあんだろ。俺は本当は臆病なのさ。でも明るいキャラ作ってるおかげで嫌われることは無いからさ」
「本当の顔……、ていうかキャラ作ってるのに、今は俺に本当の気持ち言ってるじゃないですか」
「いや、西宮と友達になりたくて」
「友達?」
友達?
口から出た言葉が頭にもそのまま浮かび上がる。友達ってあの友達?学生時代は友達と呼べるような仲の人は誰もいなかった。おかげで卒業して連絡をとってる人は一人もいない。
そんな俺に友達?
力斗さんは俺の返答を待たずに自分のスマホを取りだした。
「LINE交換しようぜ」
「え、あ、はい」
言われるがまま俺もスマホでLINEを開く。
「あの、どうやるんでしたっけ」
「はあ?ボケた?貸してくれよ。やってやる」
「はい」
「え、お前友達一人しかいないの?え?嘘でしょ」
力斗さんが驚いた表情で俺のスマホを弄る。
LINEは遥さんしか登録していない。だって、別に職場は友達を作る場じゃないと思っていたし、ラインを交換する理由も特になかったし。若干反抗的な気持ちになり無言で待っていると、少し慌てて力斗さんがスマホを返してきた。
「これでおっけー!」
「あ、ありがとうございます」
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