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月明かりだけが差す人っ子一人いない薄暗い路地で、キョロキョロルンルンし跳ねるように歩く女に苛ついて、少年は「スキップするな」と忠告した。
下唇を甘噛みしながら仕方なく肩を落としたミアは、ポケットに手を入れたまま前行く少年に話しかけた。
「親切な御方、おひとつ質問いいですかぁ?」
「……」
「ええと、おひとつ質問いかがですかぁ?」
「…………」
「あの、あの、質問をばよろしいでしょうか?」
「ああ、もううるさいな、少し黙って歩けないのかよ。どんだけ緊張感ないんだ」
シュンとして首を折り曲げるミアにほとほと呆れ果て、少年は仕方なく言った。
「一つだけだ。いいか、一つだけだぞ。あと俺は親切な御方じゃねぇ、ロイだ、よ~く覚えとけ」
「ロイ君ですね。わかりました、これからはロイ君と呼ばせていただきます!」
「君はいらねぇ。……ったく、調子狂うぜ」
再び歩き始めたロイは、背中越しに「聞きたいことってなんだよ」と素っ気なく言った。
嬉しそうに顔の前で両手を合わせたミアは、顔も身体もゆらゆら揺らしながら、それはそれは緊張感なく聞いた。
「リールはとってもとっても平和な街だと聞いていたのに、随分と様子が違いますよねぇ。何があったのですか?」
「つい数日前、街を牛耳ってたギルドが裏街の顔役に乗っ取られたのさ。ま、乗っ取ったのは俺たちのボスなんだけどな」
「裏街? なんですそれ」
「いや、もう約束破んのかよ。……ホントになんも知らねぇんだな。裏街は俺たちみたいなはぐれものが集まってできた街さ。ゼピアにもあんだろ、それと同じだ」
「へぇ~、ゼピアにもあるんですか。それでぇ、その裏街がどうしたんですか?」
「お前、約束って意味ホントにわかってんのか……。ギルドが乗っ取られたってことは、街が乗っ取られたも同然てことだ。で、今はご覧のとおり俺たちが街を仕切ってるってわけ。憎たらしい騎士団の連中も大方追っ払ったしな」
「へぇ~、それは凄いですね。ところでリールの街のギルドはどこですかぁ?」
「なぁ姉ちゃん、マジで人の話聞いてんのか……?」
話にならないミアとの会話を打ち切ったロイは、さらに薄暗い一角に入り込み、連なった掘っ立て小屋にしか見えない建物の何もない壁をコツコツコツと三度叩いた。すると中から四度壁を叩く音が聞こえ、今度はロイが二度壁を叩き返した。
「何しているんですかぁ?」
「うるせぇ、黙ってついてこればいいんだ」
「それはそれはご親切にどうも」
「ったく、ホントに自分の状況理解してんのかよ」
しばらくして少し離れた場所からガタッと音がなり、ロイは何もない壁を手探りで触りながら、壁の一カ所をポンと押した。すると何もなかったはずの場所がボコンと浮き上がり、扉のように壁が開いた。
「あらら? 急に扉が出てきましたよ」
「こっちだ、黙ってついてこい」
隠し扉から中に入ったロイは、扉を閉めるなりロウソクに火を点け、ミアを連れ地下へと続く階段を下った。
突き当りで足を止めたロイは、ミアの顔を一目見てから黙って奥の扉を開け、先にミアを中に押し込んだ。それから最後に自分が入り、後ろ手にそっと扉を閉めた。
「あれれ、ここは?」
「兄貴、怪しい女を連れてきました」
部屋に入るなり誰かに話しかけたロイは、ロウソクを壁に立て掛け、ミアの背中をドンと押した。
つまずきかけたミアが置かれた椅子の背もたれに手をつくと、その裏側から何者かがヌッと立ち上がった。
「……怪しい女? 連絡なく不用意に輩を入れるな、ロイ」
「す、すみません兄貴。で、でも、多分害はないと思ったので……」
「お前が勝手に判断するな。……で女、貴様何者だ?」
薄暗い部屋の中心でミアに顔を寄せたのは、ロイより幾らか年上と思しき痩せ細った男だった。
ようやく不審な空気を察したミアが直立し品定めされる中、ロイが進言した。
「兄貴、そいつさっき魔法を使いやがったんだ。俺、確かに見たんす」
「なんだと。おい女、その話は本当か?」
二人の会話の意図が読み取れず首を真横に傾けたミアは、ポカンと口を開けたまま「魔法?」と聞き返した。さらにミアは、それよりもとロイの背後に回り込み、肩に手を置き「ロイ君のお兄様ですか」と質問してから、弟様に危ないところを助けていただきましたと礼を言った。
「は? おいロイ、なんだコイツ」
「いや、この姉ちゃん、あんまり話が噛み合わなくて……。なぁ姉ちゃん、ちゃんと兄貴の質問に答えろよ!」
「どうしたんですかロイ君、そんなにイライラして。あ、あとお兄様、ロイ君ったら偉いんですよ。私が街の外で怖い方々に囲まれていたら、ヒーローのように助けてくださったんです!」
「いや、だから女、お前は魔法を使ったのかと」
「私、魔法なんて使っていませんよ。それよりも、ロイ君が魔法使いのように現れて、目にも留まらぬ速さで悪い奴らをバァーっと!」
ニコニコしているだけでまるで会話にならないミアに苛立ち、男はロイの頭をポコンと殴り、お前の見間違いだと一喝した。そして、「明日売り屋に出しちまえ。今日はテメェで管理しろ」とあごで指示した。
叩かれた頭を擦りながらミアを睨んだロイは、さっさと戻って寝ろと追い出されるまま、仕方なく裏街外れの長屋の一部屋にミアを招いた。
どうやらそこはロイが寝床にしている住処で、近くの荒屋では、ロイと同じような歳の子供の姿がちらほら見え隠れしていた。
「わぁ凄い、ここがロイ君のお家なんですか。私、男の子の部屋に入るなんて生まれて始めてです。嬉しいなぁ、ルンルン♪」
「うっせぇな、いいから黙って座ってろよ。ったく、テメェのせいで兄貴に殴られたんだからな。この借りはぜってぇ返してもらうぞ、覚えとけ!」
舌打ちし、狭くこざっぱりした部屋の隅に置かれていた箱からごそごそ何かを取り出したロイは、さらに中から手探りに一欠の干し肉を摘み、躊躇しながら口に放り込み、くちゃくちゃ大事そうに噛んでから名残惜しそうに飲み込んだ。
「なに見てんだよ、……テメェにくれてやる飯はねぇかんな」
干し肉が入っていた袋にはもう欠片一つも残っておらず、ロイはまた舌打ちし、袋を放り投げてゴロンと横になった。食べざかりの少年の腹が干し肉一つで満たされることはなく、誤魔化してミアに背を向け横になったところで、空腹の腹の虫はどうしても自動的に鳴ってしまった。
ずっと正座しロイを見つめていたミアは、しばらくしてやっと意味を理解しポンと手を叩いた。
嬉しそうに背負っていた荷物を下ろし、中から小分けにした端肉を取り出し床に置いた。
「な~んだロイ君、ずっとお腹が空いてイライラしていたんですね。でしたらもう少し早く言ってくれれば良かったのにぃ♪」
何やら怪しげな動きをし始めたミアの様子を背中に感じ、ロイが「早く寝ちまえよ」と振り返りながら声を荒げた。
しかしそこには、持参の道具一式を広げ、メイド帽を被ろうとしているミアの姿があった。