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「な、何してんだよ、お前……?」
「なにって、お食事の準備じゃありませんか。だってロイ君ったら、お腹が減っているのに黙ってるんですもの。まだ若いんですから、ちゃんと食べなきゃ大きくなれませんよ。少し待っていてください、腕によりをかけて、美味しいご飯を作ってさしあげますね♪」
反対にポカンと口を開けたロイを尻目に、下処理味付け済みの食材を簡易の調理器具にぶち込んだミアは、手際よく料理を仕上げ、持ち歩いていた皿に料理を飾り、次々と床に並べていった。
ランドの従業員にも料理の腕だけは認められているとあって、手早く作られた料理の数々は、見た目は悪いものの、鼻腔を刺激するいい匂いを部屋中に充満させた。
たったそれだけのことで、隠していた少年の食欲は確実に感化され、視線は否応なく並べられた料理の数々に釘付けにされてしまった。
「よ~し、できました。今はこんなものしかできませんが、どうぞ召し上がってください。お肉はまだまだありますから、どんどんおかわりしてくださいね」
これ以上なく満足そうなミアの顔を一瞥し、ロイは禍々しいほどの狂気を放つ不気味な料理の数々を前に、引きつった顔を誤魔化した。が、やはり空腹には勝てず、勧められるまま、恐る恐る一摘み肉を放り込んだ。
すると、これまで味わったことのない旨味が身体全体に広がり、ロイは思わず「うわぁ……」と声を漏らしてしまった。
「美味ぇ……、なんだこれ、こんな美味いもん、生まれて初めて食った。お、お前、ホントになにもんだよ!」
「だ~か~ら、ゼピアで家政婦しているミアちゃんですって♪ ロイ君、ちゃんとお姉さんの話を聞いてなきゃダメだぞ!」
「お前にだけは言われたくねぇ」と悪態をつきながら、いよいよ手が止められなくなったロイは、瞬く間に料理を平らげていった。ロイの頬張る姿に歓心したミアは、お姉さん嬉しくなっちゃうと顔を赤らめながら、しばし黙ってロイの顔を見つめていた。
「美味かったぁー。まさかこんな美味いもんを食える日がくるなんて思わなかったぜ。なぁ姉ちゃん、……その、なんだ、……ありがとな」
「いえいえ、こちらこそ危ないところを助けていただきまして。困った時はお互い様ですよ」
「いや、だから助けてねぇんだって」
「またまた~」と謙遜するミアに返す言葉がないロイは、少しだけ残っていた調理前の肉を見て、相談があると持ちかけた。
「実は仲間にも腹をすかせた奴がいっぱいいてよ。その、……良ければそいつらにも、……食わせてやってくれねぇかな、この飯」
恥ずかしそうにモジモジ話すロイに、パンと手を叩いたミアは「もちろん」と胸を張った。ミアの返事を知ってか知らずか、部屋の外でガタンと音が鳴った。
「……なんだ? まさかアイツら?!」
扉を開けると、ロイと同じような齢の子供たちが中を窺い折り重なっていた。
中から漂う美味しそうな匂いに釣られ、今にも押し寄せんばかりに連なった子供たちは、それぞれが腹を鳴らし、部屋の前に集まっていた。
「おいロイ。なんだよ、この美味そうな匂い。一人だけ抜け駆けかよ!」
「いや、抜け駆けもなにも……」
「あたいたちにも食べさせなさいよ!」
口々に空腹を吐露した子供たちを前に、一呼吸し置き腕まくりしたミアは、練習のために残していた食料を全て取り出してから、「みんなで食べましょうか」と提案した。
ドッと沸いた子供たちの歓声とともに、にぎやかな夜は少しずつ更けていった――
腹を満たし眠りについた子供たちの姿を見届け、そろそろ私も戻らなきゃとミアは身支度を整えた。しかしその様子を眠らずに監視していたロイは、自分の中で揺れ動く葛藤に苛まれながら苦心しているようだった。
「あら、ロイ君。どうかしましたか?」
「……どうもこうもねぇよ」
「私ね、そろそろゼピアへ戻らなきゃならないの。お店もそのままにしているし、今は私しかいないから」
「そうもいくかよ。……兄貴の言いつけは破れねぇ。ミアを出すわけにはいかねぇ」
「う~ん、そう言われてもぉ。お姉ちゃんにも都合があるし。お願い、見逃して!」
一晩ともに行動し、情もわき、見逃したい気持ちはロイにもあった。
しかしそれ以上に、積み上げてきた上下の関係を破るわけにはいかなかった。
もし自分がヘマをすれば、傍らで眠る仲間たちも街で生きていくことができなくなる。それがわかっているからこそ、ロイにも譲れないものがあった。
「ダメだ。……これからミアを連れていく。兄貴との約束を破るわけにはいかねぇ。……確かに飯は美味かったよ。だけど、それとこれとは別だ」
揺れていた目の玉を中心に据え、ロイは眠っていた仲間の一人を起こし、慌てて使いに出した。そして一つしかない出入口の前に座り、仲間が戻ってくるのを待った。
ふぅと息を吐いたミアは、仕方なくロイの言葉を守り、部屋の隅で正座し時がくるのを待った。夜明けまでまだ少し時間はあったが、これからどうしましょうと頭を悩ませながら。
使いの仲間が外から扉を叩き、また別の誰かが中を覗いた。
ロイたちと違う大人の商人風のナリをした男は、ミアの姿を確認するなり「立って外へ出ろ」と命令した。
「ミア、……ごめん、俺たちも、生きてくために、……こうするしか」
折れ曲がっていた腰をトントン叩きながら緊張感なく背伸びするミアに、ロイが小声で侘びた。
う~んと口をすぼめたミアは、ロイの頭をヨシヨシと撫でながら、「これくらい慣れっこですよ」と笑った。
「早くしろ、グズグズするな」
口汚く呼びつけた男の命令に「はいはいはいはい」と軽く返事したミアは、全ての荷物を背負い直し、じゃあねと手を振った。
罪悪感に塗れた顔で手錠をかけられるミアに呼びかけたロイは、連れて行かれる後ろ姿を見つめたまま、しばらく扉の前を離れようとしなかった――
「まったく、私ってばこんなことばかりです。いつも皆さんに迷惑をかけて」
「黙って歩け。奴隷の分際でゴチャゴチャうるせぇんだよ」
「あらら。でももしかすると、このままではまた奴隷さんに逆戻りしてしまいます。え、待ってください、それは少しだけ困りますぅ」
このままでは、ランドへ戻るどころか奴隷として売られてしまう。
そうなれば、職を失うどころか凄惨な過去の日々に逆戻りだと、今さら慌てたミアは、連れ引かれる道すがら、「う~ん」と首を傾け悩み続けた。
「黙って歩けと言ってるだろうが!」
「ですがそうもいきませんで。私にも事情というものがございましてね、あのぅ、一つ相談なのですが、このまま逃してもらえないでしょうか?」
「テメェとち狂ってんのか。チッ、こんなじゃ今回も大した値は付かねぇな。相変わらず使えねぇガキどもだ」
「ちょっと、私の悪口を言うのは構いませんが、ロイ君たちの悪口を言うのはやめてください!」
「なにをわけのわからんことを。テメェを売りに出したガキどもを庇う馬鹿がどこにいる。この愚図めッ!」
腹を蹴られ地面に蹲ったミアは、「女の子になんて酷いことを」と憤った。
しかし強引に繋がれた綱を引かれ、ミアはされるがまま、裏街の裏の裏へと連れて行かれるのだった。