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#ワンナイトラブ
「翠々、大丈夫か?」
琉輝さんが紺色のハンカチをそっと差し出しながら、コーヒーをかけられて濡れている私の様子をうかがう。
「みっともないところを見られてしまいましたね。恥ずかしいです」
できることなら、感動的な再会を果たしたかった。
なのによりによって、私の人生で一番最悪な場面を彼に見られるなんて。
「あの女性は誰?」
彼がいつからあそこにいたのかはわからないが、叔母のことも目撃していたようだ。
「叔母です。……父の妹の」
「なにか揉めたのか?」
この期に及んで隠す必要もないので、これまでのことを正直に話した。
たどたどしく言葉を紡ぐ私を、彼はやさしく見守りながら聞いてくれる。
「お見合いをさせられたんですけど、その場で断ってしまったんです。相手の父親が叔父のクライアントらしくて。それで叔母があわてて謝りに行ったみたいで……」
「だからってカフェでコーヒーを浴びせるのはやりすきだろ」
「叔母が冷たいものしか飲まない人でよかったです」
これがアイスではなくホットコーヒーだったなら、私はヤケドしていたかもしれない。
自虐的にフッと苦笑いを浮かべると、ひどく心配そうな表情をした琉輝さんと目が合った。
「叔母はいわゆる“瞬間湯沸かし器型”で、すぐに怒りの感情が沸騰して爆発するタイプなんですよ。こうなったのは全部私のせいです」
「違うだろ。無理やり見合いをさせたのは叔母さんじゃないか」
「私……逆らえなくて……」
しっかりしろとばかりに琉輝さんの右手が私の左肩に触れた瞬間、張りつめていた気持ちがくじけそうになる。
「もう少しで翠々が強制的に結婚させられてたかと思うとゾッとする。だから、逆にこうなってよかったんだ」
彼の真剣な眼差しが私を射貫いて離さない。
心から相手を思いやれる琉輝さんの包容力は出会ったころから同じで、弱っている私はそれを実感して再び涙目になった。
「それと、借金を返せって言葉も聞こえたけど?」
叔母が大声で怒鳴っていたとはいえ、なにもかもすべて聞かれていたようで途端に情けなさが込み上げてくる。
「実は父が叔母に、私の留学費用を借りていたみたいなんです。私は知らなくて、父が亡くなったあとでそう聞きました」
「お父さん、亡くなったのか……」
父は今年の春に病気で急逝した。
母も私が小学生のころに病気で他界したので、それからうちは父子家庭だった。
母の両親に結婚を反対され、ふたりは駆け落ち同然で一緒になったらしい。
母が亡くなったときに、祖父母に子育ての協力を仰ぐこともできたのに、父は一切頼らなかった。
ひとりで私を育て、大学にも行かせてくれた。
そして私が留学したがっているのを知り、なんとしてでも叶えてやろうとしたのだと思う。
でもどうしても費用が足りなくて、唯一頼ったのが自分の妹だった。
「金額はいくら?」
「留学費用とその支度のために、二百万円借りていました」
正直に私に話せば、遠慮して留学を辞めるとわかっていたから、父は黙って借金をしたのだろう。
金銭にシビアな叔母は借用書にサインまでさせていて、それを見せられたのだけれど間違いなく父の筆跡だった。なので叔母の話はウソではない。
「それ、返せなかったらどうなるんだ?」
彼が私の瞳をじっと見つめて問いかけた。