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沈黙は 崩れた。
ノアの放送は、王都全域の通信網を通じて民衆へ届いた。
演説の余波は想像以上だった。
「言葉を語ることは、罪ではない」
その一節だけを録音し、何度も繰り返す子どもたち。
反応するように、各地で小規模な市民集会が自然発生する。
誰かが言葉を紡ぎ、誰かが頷く――そんなささやかな“火”が灯った。
一方で、国家はこの事態を「電波テロ」と定義した。
思想犯罪と呼び、沈黙を取り戻すため、迅速な調査と粛清に乗り出す。
白冠騎士団の本拠、地下礼拝堂。
ミレイユ・カーネリアスは、騎士団本部の尋問室に座らされていた。
重厚な石壁、無機質な天井。
その中央に置かれた椅子と、囲むように立つ三人の審問官
そして、その奥に控えるのは団長、レオナール・フェルディア
「……改めて確認する。塔の現場で、君はノアと遭遇したか?」
鋭い質問が飛ぶ。ミレイユは短く頷いた。
「はい。ですが、彼はこちらに対して敵対行動をとりませんでした、剣を交える理由がなかったと判断しました」
審問官の一人が皮肉げに鼻で笑った。
「それが正義か? 敵と対話することが、騎士団の理念に適うとでも?」
ミレイユの瞳が僅かに揺れる。
だが彼女は冷静に言葉を返す。
「私は、自分の剣が誰かを黙らせるためにあるとは思っていません。
ノアの言葉は、敵意ではなく、信念でした」
「信念? 反逆者の妄言だ。君はそれを評価するのか」
「……彼の仮面の奥に、かつて私が信じたものがあった気がするのです」
室内の空気が凍りつく。
レオナールが初めて口を開く。
「……信じたものとは、何だ」
ミレイユは迷った。
だが、その瞬間――昨日のあの雨の中の出会いが蘇った。
雨の放送塔裏、瓦礫の陰に佇んでいたノア。
彼は語った。
「君のような剣なら……いつか俺の心臓を刺すにふさわしいと思う」
「脅しではない。祈りだよ」
なぜ、あんなにも哀しげな目をしていたのか。
まるで自分のすべてが、罰されることを知っている者のように。
ミレイユは言った。
「正義とは命令ではなく、意思だと…私は、あの夜に気づかされました」
審問官たちは苛立ちの気配を隠さない。
一人が声を荒らげる。
「君は、我らの規律を否定する気か? 命令が正義であるのは、この国の礎だ!」
だがレオナールはそれを制した。
「よい。ミレイユ・カーネリアス、君の処遇は保留とする。
ただし今後、命令違反と見なされる行動があれば、白の裁きにかける」
ミレイユは黙って頷くしかなかった。
それでも、剣の奥に宿る感情だけは――決して、鎮まらなかった。
同時刻。王都外縁、地下アジト《箱舟(アーク)》。
契約者たちが沈痛な空気の中で眠り、傷を癒していた。
戦いは勝った。だが、犠牲は大きかった。
重力使いのハイデは未だ昏睡。
セラも喉を酷使し、発声が一時的にできなくなっていた。
ノアは、一人、部屋の隅で録音装置に向かって語っていた。
「彼女は俺の仮面を疑っている…だがまだ気づいていない。
もしクロウだと知れたとき、彼女は俺を斬るだろう。
それでも、構わない。……その剣が、本物の願いを護るなら」
言葉は、録音装置に保存され、やがて電波に乗せられ“記録”として残される。
この国の沈黙を揺るがす声として。
ノアの視線は、机に置かれた懐中時計に落ちた。
それは、かつてクロウがミレイユからもらったものだった。
この時間が止まった瞬間から、願いは始まった。
「次の一手は、王そのものだ」
ノアは仮面を手に取り、再び己をNOAHへと変えてゆく。
そしてミレイユもまた、騎士団の地下から出たとき、空を見上げていた。
あの仮面の男が残した言葉
「願いは、言葉を持って初めて世界に届く」
「剣もまた、声を持って振るわれるべきだ」
その意味を、いつか問い直す日が来る。