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この稲荷山の守護狐であるヤカンに最近変わったことがなかったかと俺は尋ねてみた。
「最近でございますか……? 主 (ぬし) 様のような日ノ本以外の方を多く見かけるようになりましたね。それからゴミも多くなりました。お山にゴミを捨てていくなんてゆるせません!」
「お、おう、そうだな。外国人は多くなってるよな。人が多くなればゴミも増える。それは困った問題だな」
「はい、まったくです!」
「今年に入ってからはどうだ? 地震による影響とか出てないか?」
ヤカンは何回か首を傾げながらも考えている。――仕草が可愛い。
そして何か思い至ったのか、こちらを振り向き、
「そういえば、あちらから山を下ったところにあまり人が訪れないお社がございまして、そのうしろの大岩が五寸ほど動いておりましたねぇ」
なになに、あちらというと山の南東側か。こちらとは違うルートが他にあるのか?
まぁ登山ルートがいくつかあってもおかしくはないか。
「ふむ……、では、そこまでの案内を頼めるか?」
「はい、ヤカンにおまかせください。こちらです!」
ヤカンのやつ声が弾んでるなぁ。こうして行動を共にするような仲間もいないのかな。
ピョンピョンと跳ねるように駆けていくヤカンは実に嬉しそうである。
山頂の一ノ峰は素通りして、向かったその場所へは3分程で到着した。
いや、俺たちだからだよね。
一般人なら20~30分はかかると思うけど。
普通は獣道を通ったり、断崖絶壁を駆け下りたりはしないよね。
「ゲン様到着しました! ……ゲン様?」
キョロキョロとまわりを見まわすヤカン。
「おう、ここに居るぞ。すまんなビックリさせて。この結界 (光学迷彩) を張ってないと人に見られた時にちょっとまずいんでな……」
俺は光学迷彩を解除した。
「そうでございましたか。気がつきませんで申し訳ございません」
「いやいや、ヤカンが気にすることではないぞ。案内ありがとう」
「このお社の奥になります。どうぞこちらです」
ヤカンが案内してくれたのは崖と見紛うほどのでっかい大岩だった。
お社と言っていたのは手前にある年季の入った拝殿のことだろう。
しかし迫力あるなぁ。この大岩が五寸だって……。
1寸が3㎝だったから5寸だと15㎝ぐらいか。それが分かったのか?
マジか……。すげーなヤカン。
――大岩大神 (おおいわおおかみ) ――
拝殿に向かう鳥居にも彫られているように、この大岩が御神体となっているのだろう。
さっそく玉垣を乗り越え大岩に触れてみる。
――ダンジョン・マップ!
…………うん、ここだね。この下にダンジョン前広場がある。
それが少しずつせり上がってきて、この大岩を動かしているんだろうね。
「あの~、いかがだったのでしょう?」
「うん、ここで間違いないよ。よく案内してくれた、ヤカンありがと~~~!」
俺は嬉しさのあまりヤカンを盛大にもふってしまった。
「あっ、その……つい嬉しくなって……すまん!」
「いえいえ、わたくしもゲン様のお力になれてとても嬉しゅうございます。つきましては、もっともっと撫でていただけるとすっごく喜びます!」
「そうなのか? よ――し!」
再度ヤカンをもふっていると、シロが尻尾を振って近寄ってきたので、
「シロもきたか、よ――し!」
ヤカン共々二匹をふり倒してやった。
………………
ふう、ようやく見つかったか。まずは一休み。
俺は近くの岩に腰をおろした。
インベントリーから取り出した皿に干し肉とドーナツを盛り、シロとヤカンの前にそれぞれ出してやった。
「これは、また変わった食べ物でございますねぇ。まずはお肉の方から……。このお肉は噛めば噛むほどに旨味があふれて参ります。とても美味です。そしてこの丸いものは何でしょう? まぁ! 甘くてとってもおいしいです」
出したおやつが気にいったのか、二匹とも尻尾を揺らしながら喜んで食べている。
――良かった良かった。
さて、今回もちょっくら覗いていきますかね。
「シロ、ヤカン、そろそろ行くぞ~」
ジャレて走り回っていたシロとヤカンが俺の元に戻ってくる。
二匹を連れた俺は大岩を囲っている玉垣に沿って左側の斜面を登っていく。
よし、この辺でいいかな。
「シロ、ここを下に向かって掘ってくれるか。大きな音を立てると周りに気づかれるから遮音の結界もよろしく」
「ワンッ!」
シロは一吠えすると目の前でみるみる大きくなっていく。
そして前足でガスガス岩土を掘りはじめた。
「凄いです。さすがは神使様です」
そんな重機顔負けの土木工事を、ヤカンは唖然として見守っていた。
シロが掘った穴は程なく貫通。
いっぺん中へ入ったシロが穴から顔を覗かせる。
シロは元のわんこサイズに戻っていた。
「よ~し、うまく掘れたな。えらいぞシロ~」
両手でわしゃわしゃシロをモフってやる。
俺はヤカンを手招きして呼びよせると、マグライトを片手に穴へ飛び込んだ。
穴の中は空洞になっており、俺が着地したのはダンジョン前広場である。
「ゲン様、灯りが必要でございますね。ここはヤカンにお任せください!」
続いて下りてきたヤカンが俺に話しかけてくる。
「そうか、では頼むな」
そう返すとヤカンは俺たちの前に立ち、ポウ、ポウ、ポウ、ポウ、いくつもの青白い炎を周りに灯してくれた。
ほほぉ、これが噂にきく狐火というやつか。
広いホールだがそれなりに明るくなった。
「シロ、穴掘りご苦労さん。ヤカンも狐火をありがとう」
そう言って並んでいるシロとヤカンの頭をわしわしと撫でる。
俺たちはダンジョン広場を奥へ向かって進みはじめた。
シロはいつものように前を行き、ヤカンは俺の右側にピタリと寄り添っている。
そして突き当りの階段を下り、1階層のフロアに足を踏み入れた瞬間、
ピーン!{時空間魔法(U)により、ダンジョンの使用者権限を取得しました}
やっぱりそうきたか……。
頭の中に流れてきたガイダンスのとおり、ダンジョンの使用者権限が取得できるのは時空間魔法という特殊なユニークスキルを所持した者だけである。このダンジョンの使用者権限であるが、ダンジョンの全てを支配するダンジョンマスターではない。ダンジョンが円滑に稼働できるようにその時代におけるサポートをしていくのが主な目的なのである。いわゆるダンジョンのアドバイザー的ポジションといえばいいのだろうか。対価としてはダンジョンが貯蔵している鉱物資源の利用や加工、ダンジョンリビングの使用やダンジョン転移など、さまざまな特権が用意されている。もちろん、このダンジョンの使用者権限は任意なので辞退することも可能であるし、逆に管理がおざなりになっていたり、反社会性があると判断されれば任を解かれる場合もある。
というわけなのだが、俺としては早くこの世界の人間に引き継いでいただきたい。
まあ、時空間魔法を授ける者の選定はなかなか難しいんだろうけどね。
(お~いダンジョン。聞こえてるか?)
[ん。…………聞こえてる]
(お、おう、そうか。これからよろしく頼むな)
[…………わかった]
うう~ん、ダンジョンでも無口なパターンとかあるのか?(汗)
(名前は必要か?)
[…………ほしい]
(そ、そうか。じゃ……『イナリ』で頼む)
[…………ん。…………イナリ。……………………嬉しい♪]
おお、嬉しかったんだな。一瞬ダメかと思って焦ったじゃんよー。
それからしばらく、イナリと会話にならない会話をしながら今の覚醒率についてだとか、他のダンジョンとのリンクは可能かなど基本的なことを聞いていった。
………………
…………
……
ある程度の確認を済ますと、俺たちはダンジョンからでた。
イナリ (ダンジョン) との会話なら外に居たってできるからね。
あと、離れる前にシロが掘ったほら穴には認識阻害と人除けの結界をお願いしておいた。
俺たちは大岩よこの斜面を下 (くだ) り、拝殿前にある鳥居のところまでおりてきた。
本来ならヤカンともここでお別れになる。
だけどなんだか、このまま別れてしまうのは寂しい……。
「なあヤカン、俺たちと一緒に来ないか?」
ダイレクトに聞いてみた。
するとヤカンはしばらく考えて、
「行きたいです。行きたいのですけど、お山が……」
やはりお山が気になるようだ。どこまでも律儀なやつだな。
「お前はよく頑張ったと思うぞ。見てみろ、こんなに人々に愛される山は日本中探したってそうはないぞ。お山が開いたらヤカンはお役御免になるんだよな?」
「はい、そのとおりです」
「今しがた中に入ってわかったと思うが、『お山が開く』というのはこのダンジョンが目覚めるということなんだ。それも残すところあとわずかだ。すぐに迎えにくるから待っててくれよな」
(なにかフラグっぽくなってしまったが、へし折ってやるから大丈夫だ)
そう言い残して俺たちは稲荷山を下りていく。
野干 (ヤカン) は終始無言だったが、一緒に下まで見送りにきてくれた。
「今日は助かったよ。本当にありがとう」
そう言って俺が振り返ると、……ヤカンの姿はもう何処にもなかった。