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#アラスター
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マカロンで夫の悪事を暴露すると宣言し、早くも一か月が過ぎた。
懇親会の当日、私はホテルのロビーに一人で立っていた。案内板には慎一の会社の名前が書いてある。毎年この時期に開かれるパーティー。三年間、私は一度も招待されなかった。
今年は、自分で来た。
バッグの中には、スマートフォン。そしてレシピの材料。オーナーから借りた、小指の爪ほどの機材。会社の親族だから、控室などにも入れる。きっと笑里は、私が挑発したら控室ですると思う。これは彼女の行動や性格パターンを分析した結果――つまり、ユカリさんが笑里をマーケティングしてくれたんだ。
リリコさんから、現役時代に使っていたドレスを借りた。少し派手ではあるが、メイクの方法も教えてもらったので、ここには浮かずにやってこれた。自信を持って私は会場へ足を踏み入れる。
わざとパーティーが始まってから入った。豪華な会場のシャンデリアの下、スーツ姿の男たちとドレスアップした女たちが談笑している。料理が並んだ長テーブル。グラスを持った人の波。交わされる会話、思い思いにみんな楽しみ始めている。
慎一はすぐに見つかった。
人だかりの中心に立って、上司らしき人物と笑っている。その少し後ろに——笑里がいた。
今夜の彼女は濃いワインレッドのドレスを着ていた。上品ながらも露出が多いものを選んでいる。わざとだわ。慎一の視線が、意識的に彼女の方へ流れているのが分かった。
私は料理テーブルの端に陣取り、シャンパングラスを手に取った。急かない。焦らない。タイミングを待つ。
十分ほどして、人の輪が減ったとき、笑里が動いた。2人になったことを喜んでいるのだろう。
料理を取ってきたらしく、小皿を差し出す。「慎一さん、お肉おいしそうですよ。はい、あーん♡」
誰も注目していると思っていないのか、それともわざと見せつけているのか――夫が周囲をさっと確認する。少し困ったような顔をしながらも、鼻の下を伸ばしながら口を開ける。
(いいタイミングね)
私は立ち上がり、二人の背後から、明るい声をかけた。「慎一、来たわよ~」
振り向いて私を見た慎一の顔が、見事なほど瞬時に青ざめた。笑里も小皿を持ったまま、唇の端が引きつっている。
「あらあら。食べるの手伝ってもらってたのね。子供みたい」私はにっこりと微笑んだ。「良かった。私、心配していたの。一人だとお料理取りに行くのも大変でしょうって。私の代わりにありがとう、向井さん」
「……美輪」慎一の声が低くなった。「なんで来たんだよ」
「え?」私は少し首を傾けた。「親族も参加していいって書いてあったから、来ちゃった♡ だって、おいしいもの食べたいし。生活費2万円しかくれないから」
わざと大声で言うと、みんながこちらを振り向く。
「ちょ……なに言ってんだよ、美輪。ほらほら、こっちにうまいスイーツあるから食べようぜ」
私の背中を押すようにして笑里合図し、慎一が歩き出す。笑里の歯ぎしりが聞こえてきそうなほど、彼女は悔し気にこちらを見ていた。
(思った通りの展開ね)
あれは、プライドに火がついた女の目だ。慎一に相手してもらえないブスが、マウント取ってんじゃねえよ、と彼女は思っているはずだ。そのくらい顔に出ている。
「美輪、ちょっと社長に挨拶してくるな。ここで好きなもの食べてろよ」
予想通り、慎一が私を置き去りにする。
「わかった。これいただいておくね」
あなたを見ていないふりをしながら、目の端で動向を探る。社長を探すふりをしながら会場を出て行く慎一。すぐに彼を追いかけるようにして出て行く笑里。
(見えてますよ♡)
私はスマートフォンをそっとバッグから出し、画面を確認した。
多分、今、手薄になった一番奥の控室で逢引するはず。なんで私が来たんだ、とか文句を言いながら、シてくれたらいいんだけど。いつもの倉庫でするみたいに。
無人だった控室の電気が点き、予想どおり2人が入ってきた。鍵をかけてしまう。
仕掛けておいた小型カメラは、2人の会話も行動も、すべて私に教えてくれる。
「もー、最悪。なんで奥さん来ちゃうかな!?」
「がめつい女だよ。呼んでもいないのに」
「もう、早く別れて。待つのは辛いわ」
「今すぐってわけにはいかないよ」
「だったらここでシて。今すぐ。じゃないと暴れちゃう」
「しょうがないヤツだな♡」
笑里が着ている露出の高いロングスカートは、慎一がめくりあげやすいようにしてあるらしく、現れた太ももに手を這わせだした。
「罪な足だ♡」
「も~♡」
私は彼らがイチャつくのを確認した後、予め探しておいた社長に突撃した。「あの、すみません。いつも夫が大変お世話になっております。横山慎一の妻です」
「おお、これはこれは奥様。初めまして。横山君はとてもよく頑張ってくれていますよ」
「そうなのですか?」
「奥様は、毎年体調が悪く参加できないと聞いておりましたから、お体の具合は良いのですか?」
「あら、夫はそんなこと言っていたのですか。この懇親会の存在は、今日初めて知りました」
「えっ……?」
「私が無能だから、人様に顔向けできないといつも夫から厳しく言われておりますので、きっと、恥ずかしいと思ってのことでしょう。なにも聞かされておりませんでした」
私の言葉に、社長は笑顔を凍り付かせた。