「_起きろ!」
強い衝撃が岩泉に降りかかる。
「・・・っげほ!」
腹を蹴られたと理解するのに時間がかかったのは気絶していたからだ。
「お前達跪け。総司令官の御前だ。」
反政府軍の武装をした男が目の前に立っている。
落ち着け、状況を把握しろ、と自分に言い聞かせる。
まず周りを見渡そうと首を上げると、目の前の偉そうに座っている男の足が頭を踏んだ。
「ぐっ・・・」
顔への衝撃を防ぐために咄嗟に横を向けば、月島、赤葦、木葉が拘束され床に平伏していた。
かく言う岩泉も同様、後ろ手に拘束されたまま。
「ねぇ、捕虜なんだから大人しくしてた方がいいんじゃない。そこのツリ目君。」
顔こそ見えないものの、未だに岩泉の頭に足を乗せるこの男は明らかに上官だ。
周りの兵がこの男を囲って立っている。
「クソが・・・っ」
「やめろ!動くな!」
余計な事をすれば皆殺し決定。
だが、捕まった時点で自決せよとの命令もある。
逃げられなければの話だ。相手は俺たちが本軍だと見誤って捕虜したに違いない。
説明すればを開放されるかもしれないと考え、岩泉は木葉を止めた。
「さすが隊長。でも、人より自分の心配すれば?」
フッと笑いグリグリと頭を踏みつけられる。
決して声を上げるものかと、奥歯を噛んだ。
何故自分が隊長だと分かる。
名乗ってもいない、手柄を立てたとしてもそれは全て本軍のものになるから自分は知られていないはずだ、と何処か冷静な頭で考えた。
「黒ちゃん達は?」
「はっ!他の捕虜の確認と怪我人の確認に。花巻補佐官は松川補佐官と共に何やらやることがあるからと・・・」
「あぁ、まっつんの転居の準備か!こっち帰ってくるんだもんねぇ。俺の補佐官も部下もまだ来ないんだって隊長さん。もうちょっと待ってようね〜」
今、松川と言ったか。
そういえば、木葉が松川がなんとかって・・・
必死に記憶を辿ろうとした岩泉の耳に木葉の声が届く。
「おい!松川呼べよ!あいつ、殺してやる!反政府軍に寝返りやがって!」
寝返った。
つまり裏切った。
それともスパイか。
「え〜?気づかなかったの?3年も一緒に居たくせに。まぁいいけどさぁ。」
嘲笑う声。
「騙される方が悪いんだよ。」
そこから、心底馬鹿らしいといった低い声が部屋に響く。
広くもない部屋ではさして大きくもない声がよく届いた。
「てめぇ・・・!」
「なになに〜?揉めてんの?」
そこに、第三者らしき声が聞こえる。
いや、第三者と言うよりも俺たちにとって敵とも言える男の声。
「木兎大佐!お疲れ様です!」
「お〜おつかれ。」
部屋にいた兵が一斉に頭を下げるのが視界の端に見えた。
「ぼっくん遅かったねぇ。」
「そおかぁ?もうすぐ黒尾と猿も来るぞ!それよりさ、俺、やっていい?選んでいい?」
「選ぶのは自由だけど被ったら話し合いだよ。」
「おう!」
何やらウキウキした様子で木兎が動き回る。
そして月島、木葉、岩泉の順で顔を見た後、赤葦の前で止まった。
「俺こいつがいいー!」
「木兎うっせぇなぁ。部屋の外まで聞こえてんぞ。」
「もう品定めしてるの?」
「司令官殿〜俺頑張ったからご褒美は?」
「あ!まっつんおかえり〜」
「聞いてくれよ!こいつ恋人の俺に再開した瞬間太った?って言ったんだけど!有り得ねー!筋肉だわ!」
室内の人数が多くなる。
司令官に、タメ口を聞く人間などどこにもいない。
同じ立ち位置がないからだ。
ただ、大佐などといった極端の人間だけが許される場合がある。つまり、
「お疲れ様です!松川、花巻補佐官!黒尾指揮官!猿杙大佐補佐官!」
反政府軍の中でも、最も地位が高いメンバーということだ。
「ハァーイ、全員揃ったっていうことで!立て。」
そう言われ、周りの兵に引っ張られるようにして立つ。
そこで初めて、司令官の顔を見た。
「・・・え」
「初めまして。反政府軍総司令官の及川徹です。君たちは今日から俺たち反政府軍の、」
奴隷です!
と、昔と何も変わらない笑みでそう告げた。
「とお、る・・・」
「え?」
「お前ッ!こんなとこで何してんだッ!」
「おいッ!」
拘束された腕を振り切って岩泉は及川へと掴み寄る。
実際には拘束されて腕は使えないが、頭と頭がくっつくほど近かった。
「あ”ぐっ・・・」
「ちょっとーうちの総司令官にキバ向いてんじゃねぇよ〜捕虜は大人しくしてろっつぅの!」
後ろから花巻に髪を捕まれ、そのまま後ろへと飛ばされる。
「動くとその首とっちゃうぞ 」
懐から出したサーベルナイフが首へと当てられる。
それでも岩泉は吠える。
「てめぇ徹!松川も!お前らどういうつもりだ!なんで反政府軍になんかいやがるッ!」
ありえない。幼い頃から共に過ごしていた幼なじみは、今自身の敵なのだから。
「ちょーっとまって!俺お前と会ったの初めてなんだけど!?裏切ったのはまっつんだよ!」
「そう指示したのはお前だけどな」
「あぁ!?てめぇふざけんじゃねぇぞ!てめぇの出身は帝国軍のイーストだろうが!」
「はぁ?俺生まれた時から反政府軍に居たし。お前のこと知らないし。人違いでしょ。そんな滅多なこと言わないでよ、スパイ容疑かけられたらどうしてくれんのさ。」
「そん時はお前を殺して俺が総司令官になるわ。」
「まっきーの変人!」
どういうことだ。
生まれた時から反政府軍?
人違い?
目の前にいるのは間違えなく岩泉の知っている及川徹だった。
色素の薄いモカブラウンの髪と瞳。
人好きする笑顔。
どこを見ても幼なじみにしか見えない。
「お前、何も覚えてねぇのかよ・・・」
「何を」
「5歳の時、親が死んで俺ら2人で暮らしてたろ」
「親は元々居ない」
「8歳の時、反政府軍の襲撃にあって俺ら離れ離れに・・・っ」
「なんの妄想なの?ソレ」
「俺ら2人で、帝国軍に入って参謀と隊長しようって話したじゃねぇか・・・」
「知らない」
なんだよ、それ。
じゃあこいつは本当に徹じゃないのか。
意味がわからない。
誰だこいつは。
「はぁー。変なやつ。これ本当に本丸なの?」
「本当だよ。俺が情報伝えてんだから嘘じゃない。」
岩泉はハッとして顔を上げた。
「おい松川、お前、スパイだったのか。」
「うんそうだよ。俺、元特殊工作員」
「・・・っクソ」
松川を特殊部隊に引き込んだのは岩泉だった。
本軍で問題を起こして用無しの印を押された松川を特殊部隊に入れたのだ。
問題を起こしたのも、特殊部隊に入る為の演技だったのだ。
「ここにいる全員に問う。帝国軍の機密事項全てを話す気は?」
及川がそう尋ねる。
「・・・僕達はただの傭兵ですよ。傭兵に軍の機密事項なんて教えられるわけないじゃないですか。」
「俺も知りませんね」
「知らねぇ」
月島、赤葦、木葉はもちろん話さない。
最後に俺と及川の目が合った。
「知らねぇよ。分かったらとっとと解放しやがれクソ川」
「お前!総司令官に失礼・・・っ!」
「いーのいーの。後でまとめてオシオキするから。それより、傭兵なんてウソ付くなよ。こっちは情報全部知ってんだから」
「じゃあなんで聞いたんだよ」
「お前たちが帝国軍を裏切った行為をすることに意味があるんだよ」
こいつ性格悪ぃな
という誰かの声が聞こえた。
「本当に話す気ないの? 」
再度聞かれても答えは同じだった。
「仕方ないねぇ。じゃ、拷問するから」
その言葉は俺たちにとって死を意味した。
“情報を明け渡す前に死ね”
これが捕まった特殊部隊の掟。
拷問されて口を割る前に自決しろということだ。
全員わかっている。今から自分が死ななければ行けないことを。
岩泉は隊長としてそれを見届けてから死ななければならない。
月島、赤葦、木葉の口が動いた。
「・・・っぐふ、あ”、ぐ、」
「おい、こいつら口ん中に毒薬含んでる。取り出せ」
黒尾が月島の口に指を突っ込んだ。
それを聞いて花巻は岩泉の口に手を突っ込む。
同様に木兎が赤葦の口をわり開く。
木葉は猿杙に必死に抵抗を見せたが、程なくして薬を取られた。
「めんどくさいなぁ。猿轡させとく?」
「まぁ待て待て。俺に考えがある。」
ニヤニヤと胡散臭い笑みを浮かべた黒尾が部屋に付けていたモニターの電源を入れつけた。
「なぁ帝国軍特殊部隊。お前たちが死んだら、帝国軍は直ぐに滅ぶよな?」
「俺たちが死んだところで変わんねぇよ」
「そんな謙遜すんなって。特殊部隊隊長サン。」
「・・・」
「そっちのメガネ君、スナイパーの腕はピカイチってんだから長距離班の要だろ?あんだけ防衛線張っててこっちがあの人数で殺られんのは腹立ったわ〜。で、そっちの冷静な子、後衛班を取り仕切ってるオールマイティな男ってお前のことだろ。んで、唯一どこの班にも所属しない希少な暗殺者がそこのツリ目。」
全てがバレている。
ここまで知っていているにも関わらず情報を求める。
裏切り目的だとしても、帝国軍からすれば屈辱以外の何者でもない。
「俺らはな、今回狙ってお前らのこと捕まえてんだよ。帝国軍の要であるお前たちを。お前ら以外でお前ら同様の動きができるやつ、特殊部隊にも、もちろん本軍にもいねぇよな。」
「・・・何が言いてぇ。」
「こいつらはお前らの二軍ってやつだろ?」
そう言ってモニター画面が切り変わった。
「・・・っ!?」
そこには特殊部隊のほとんどが写っている。
金田一、国見、京谷。
鷲尾、尾長。
二口、黄金川。
田中、西谷、縁下。
今後の特殊部隊の期待がされている奴がそこには捕まっていた。
全員猿轡をされている。
「今ここで、こいつらの猿轡を取ってもいい。その代わり、こいつらの行動に責任はとられねぇよ?」
取ったらどうなるかくらい、さっきしていた自分たちには分かる。
間違えなくここにいるヤツらは死ぬ。
そうなると帝国軍が動かざるを得なくなる。
あんな日常から体を動かせていないジジィどもが集まったところで力をつけている反政府軍に勝てるわけが無い。
「本当は、あの変人コンビを一番捕まえたかったんだけど。返り討ちにされた挙句に逃げられちゃった〜」
さして落ち込んでいる様子もなく及川が語る。
「まぁ要するにこいつら全員死なせたくないならお前らは死ぬなってこと!そうすれば、ここにいるヤツらは生かして帝国軍に返してあげる。」
「・・・生かしてなんのメリットがあんだよ。おかしいだろうが。」
敵の要は消すべきだ。
後々厄介となる前に消すべき。
なのに生かして帝国軍に返すなんておかしい。
そう思ったからこそ、正直に岩泉は言った。
「その代わり、君たちには俺たちの従順な犬になってもらうから。そしたら、こいつらは君たちにとって敵だよ。」
「ハッ!お前たちの犬だぁ?飼い慣らされる気がしねぇな。」
「残念。俺は飼い慣らす気満々。特に反抗的な態度とる子は俺のどタイプ。調教しがいがある。」
「チッ、ド変態が。」
「んー、褒め言葉!」
仲間殺したくなかったら黙って言うこと聞きなよ。
さっきまで上機嫌に語っていた及川が人が変わったように冷たく言う。
自分で自決することを岩泉も、もちろん赤葦、月島、木葉も怖くはなかった。
軍に入ったらそれは覚悟の上。
だけど自分自身が仲間を殺すのは考えてなかった。
特殊部隊はその環境故仲間の絆が深い。
身よりもなく厳しい訓練を終え身を呈して守っても言われる言葉は
“国のために戦え。”
守る家族すらいない人間が一体なんのために戦わなければいけないのだと呟く者もいる。
身寄りのない男は強制的に特殊部隊へと入れられる。
生きる意味を無くした奴も少なくない。
だからこそ、岩泉は隊長になった時仲間のために戦うのだと隊員に意識させた。
自分が及川のために頑張ろうと決意したことを忘れなかったからだ。
「_わかった。従う。」
「隊長!」
「いいんですか。」
岩泉の言葉に全員が目を丸くした。
決定が早かったからだろうか。
それとも、この言葉自体が間違っているのだろうか。
隊長故に間違った判断はくだせない。
だが、これ以外の方法が見つからなかった。
「OK。さるくん、捕虜の解放後でしといて!」
「了解。」
「さぁ〜て。そんじゃ、まず隊長くんの名前を聞こうか。」
「なんで、言う必要がある。」
「名前が無いと呼べないでしょ?」
「どうせ知ってんだろ、」
「自ら言って貰わないと」
「・・・岩泉一」
「岩泉一ね、よろしくね」
はじめちゃん
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