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「……いつから兄と交際しているんですか」
場所を移し、荒木とよく行くカフェにて三人でボックス席に座っていた。荒木がわたしの右横に座り、荒木の正面には荷物を置き、わたしの正面に美冬が座っている。わたしは微笑みながら答えた。
「それを知ったところでどうなるの?」とカップを傾け、「わたしからなにを聞いたとて、あなたがうちの夫と別れるわけではないんでしょう?」
「……お兄ちゃん。親友の彼女はどうしたの……」なんだか美冬は泣きそうだ。滑稽だ。「本当に好きなひとがいるって言ったじゃない。なのに、……篤子さんと。不倫なんて」
不倫なんて、とどの口が言えるのだろう。笑いそうになった。わたしは荒木を見た。彼はわたしを見つめ返し、
「……魂が共鳴するんだよ」熱っぽい荒木の眼差しに溶かされそうになる。「あっちゃん……篤子さんといると、そうだね。彼女はぼくの苦しみも喜びもなにもかもを分かってくれる。一緒にいるだけで気持ちがあたたかくなるし、黙っていても幸せなんだ。こんなに好きになれるひとに出会えるのは初めて……なんだよ」
荒木の台詞は素直に嬉しかった。仮に――性欲処理の道具にされていても、こんな賛辞の言葉を貰えるのなら構わない――とわたしは思った。
「わたしだって読書はするわ」そしてわたしは気づいていた。――彼女。わたしに嫉妬している……。「どうして篤子さんなの。わたしには、本の話はあまりしてくれなかったじゃない。どうして?」
「――美冬。きみは……読書が好きだから読むんじゃない。読書が好きな男が好きだから読むんだよね。それが――決定的な違いだ」
荒木は、美冬の気持ちを見抜いている。そりゃそうだ。聡い彼が気づかないはずがない。
美冬は、目に涙を浮かべていた。女優のように美しかった。ああ……この顔を夫に見せてやりたい、とわたしは思った。荒木という男のお陰でわたしは――美冬に勝利したのだ。気持ちがよかった。でも……たまらない気持ちになった。わたしが円に顔向け出来ないことをしている事実には、変わりないのだから。
「……お兄ちゃんの馬鹿。馬鹿……」目尻から涙が伝う。綺麗な泣き方をする女だと思った。「わたしの気持ちを知っていて……どうして……」
「兄妹揃って不倫だなんて、笑えないよなあ。……なあ。美冬」
一拍置くと荒木は、
「お互い、不毛な不倫は……終わりにしないか。
おれは、篤子さんと別れる。きみは……乙女さんと別れる」
「お兄ちゃんになにが分かるの!」と美冬は珍しくも感情を剥き出しにする。「新谷と……紘一さんと、その三角関係で、わたしの生活は成り立っているの。どれも、欠けてはいけないピースなのよ! 新谷だけでは満たされないものがあるの!」
不思議と、美冬が激高するほどにわたしの気持ちは冷めていくのだった。この女に、哀れみすら感じていた。兄妹なのに、報われない恋を、ずっとしてきたのだ。気の毒と思わないまでもない。わたしとて……荒木に骨抜きにされているのだから。
「性欲処理の目的であれば、それらしいサイトで見つけるといいじゃない」
「お兄ちゃんだって不倫してるくせに!」と髪を揺らして美冬が叫ぶ。「好きなひとが、たまたま結婚していただけなのよ! 好きな者同士がつき合う、それのなにが悪いの! こーちゃんだってわたしのこと、大好きなんだもの!」
荒木の台詞は素直に嬉しかった。仮に――性欲処理の道具にされていても、こんな賛辞の言葉を貰えるのなら構わない――とわたしは思った。
「わたしだって読書はするわ」そしてわたしは気づいていた。――彼女。わたしに嫉妬している……。「どうして篤子さんなの。わたしには、本の話はあまりしてくれなかったじゃない。どうして?」
「――美冬。きみは……読書が好きだから読むんじゃない。読書が好きな男が好きだから読むんだよね。それが――決定的な違いだ」
荒木は、美冬の気持ちを見抜いている。そりゃそうだ。聡い彼が気づかないはずがない。
美冬は、目に涙を浮かべていた。女優のように美しかった。ああ……この顔を夫に見せてやりたい、とわたしは思った。荒木という男のお陰でわたしは――美冬に勝利したのだ。気持ちがよかった。でも……たまらない気持ちになった。わたしが円に顔向け出来ないことをしている事実には、変わりないのだから。
「……お兄ちゃんの馬鹿。馬鹿……」目尻から涙が伝う。綺麗な泣き方をする女だと思った。「わたしの気持ちを知っていて……どうして……」
「兄妹揃って不倫だなんて、笑えないよなあ。……なあ。美冬」
一拍置くと荒木は、
「お互い、不毛な不倫は……終わりにしないか。
おれは、篤子さんと別れる。きみは……乙女さんと別れる」
「お兄ちゃんになにが分かるの!」と美冬は珍しくも感情を剥き出しにする。「新谷と……紘一さんと、その三角関係で、わたしの生活は成り立っているの。どれも、欠けてはいけないピースなのよ! 新谷だけでは満たされないものがあるの!」
不思議と、美冬が激高するほどにわたしの気持ちは冷めていくのだった。この女に、哀れみすら感じていた。兄妹なのに、報われない恋を、ずっとしてきたのだ。気の毒と思わないまでもない。わたしとて……荒木に骨抜きにされているのだから。
「性欲処理の目的であれば、それらしいサイトで見つけるといいじゃない」
「お兄ちゃんだって不倫してるくせに!」と髪を揺らして美冬が叫ぶ。「好きなひとが、たまたま結婚していただけなのよ! 好きな者同士がつき合う、それのなにが悪いの! こーちゃんだってわたしのこと、大好きなんだもの!」
夫を愛称で呼ばれ、流石にわたしは苦笑した。何故か、この場を仕切るのは荒木だ。彼は、
「……精神的充足を求めるのなら、それこそ、結婚相手のいない相手にしなよ」
「お兄ちゃんだって不倫してるくせに。なに言ってるの」
「おれは……待つ、つもりだよ」
……青天の霹靂。わたしは、荒木を見つめ返した。
「離婚って簡単にはいかないじゃない。ましてや、あっちゃんには子どもがいるんだから……」荒木は美冬ではなくわたしに語り掛けている。「聞く限り、家庭は破綻寸前、そこであっちゃんが踏ん張っている。――でもね」
と、荒木は両手でわたしの手を包み、
「ひとりで苦しまないで。……おれと、一緒になろう……いつか。あっちゃんが落ち着いてからでいいから」
「ばっかばかし」言って美冬は立ち上がった。「落ち込むサレ妻に欲情するなんてばっかみたい! お兄ちゃんがそんなひとだとは思わなかった!」
コートを掴み、バッグから財布を出し、二千円をテーブルに叩きつけると、
「末永くお幸せに!」
それが彼女なりの虚勢だったのだろう。足を踏み鳴らし、美冬は店を出て行った。わたしは荒木を見つめ、微笑んだ。「……いいの?」
「うん。いいの」荒木は微笑みを返した。「おれ、……決めた。もう一度頑張ってみるよ。ぐずぐずしてたけどもう迷わない。ちゃんと、小説家として世間様に認めて貰うようになって……あっちゃんに書評書いて貰えるような作家になれるよう、頑張ってみるよ……」
わたしは感動していた。この事態が――荒木を動かすことになったのだ。わたしは彼に、小説を書いて欲しかった。書評を書くだけでは彼の苦しみを分かるとは言い難いが、創作者なりの苦しみを彼は味わい……苦悩し、苦しんでいたのだ。その苦しみに再び向き合おうとしているのだ。ならば、わたしは……。
「あなたに出会えてよかった」とわたしは荒木の手を握り返した。「なら……あなたにまた会える日を、円と待っているね……」
名残惜しかったが、わたしは先に店を出た。もう――荒木との密会はおしまいだ。代わりにわたしが手に入れるのは――。
その晩、円が眠ったあとに布団を抜け出し、わたしはリビングでゲームをしている夫に告げた。
「離婚しましょう」
*