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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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深夜一時を過ぎた頃、玄関の扉が静かに開いた。
葛西了道との会合を終えて帰宅した京介は無言で中へ入ると、音を立てないように靴を脱いで、そのままリビングへ向かった。
(――夜更かし、そんなに得意じゃねぇ癖に待っててくれたのか)
マンションのリビングには、小さな照明が灯っていた。
付きっぱなしのテレビ画面には、いつも芽生が好んで観ているような動物番組も、恋愛もののドラマも映っていなくてむしろ逆。およそ芽生の趣味とは程遠い、『格闘技祭り! 真夜中の激突SP』と銘打った放送がかすかな音とともに垂れ流しになっていた。
『おおっとぉー! クラッシャー・モリスの鉄槌が、ついに海堂の顔面を捉えたァー!』
『これは効いたっ! 海堂、一瞬よろけたが大丈夫かぁーッ!?』
音量はかなり絞られていたが、物凄く白熱した場面なんだろう。実況者の興奮した声と観客たちの歓声が、静かなリビングを小声で熱く侵食する。
京介は、小音量ながらも盛り上がっている様子がガンガンに伝わってくるテレビ画面を一瞥すると、芽生の手元に緩く握られたままのリモコンをスッと抜き取って電源を切った。
眠りが浅い時の人間というのは、見ていないテレビでも消されると不思議と反応するものだ。だが芽生は微塵も目覚める様子がなかった。恐らくは別の番組――恋愛ドラマか何か――を観ている内に寝落ちして、随分経つんだろう。
テレビを切って静かになった部屋内へ聞こえるのは、幸せそうな顔をして眠る芽生の規則正しい寝息と、彼女のすぐ横へくっ付いてまぁるくなっている愛猫・殿様の、ゴロゴロと喉を鳴らす音だけ。
割と寒がりの芽生に、京介が買ってやったもふもふ毛布にくるまってソファに身を預けた芽生にちゃっかりくっ付いている殿様を見て、幸せというのは案外こんなものなのかもな……と妙に感傷的になってしまった京介である。
それもそのはず。京介はつい今し方、葛西組の了道から〝堅気へ戻れ〟と言われたばかりなのだ。
絶縁という、二度と極道には戻れない重い処分を下されたのも、恐らくは了道なりの優しさだったんだろう。実際にそうされたら堅気の世界で生きていくのも結構しんどくなるのだが、「その辺はてめぇの大事な女に火の粉が掛からねぇよう配慮してやる」と約束してくれたところからしても、了道が京介に語った通り〝罰〟ではなく〝贈り物〟のつもりに違いない。
「お前を苦しめたら琴音に口きいてもらえなくなるからな」
ククッと笑って、かつて京介が世話役をしたことがある一人娘の名を出した了道に、そう言えば彼女も堅気の男に嫁に出されたんだったな……と、その時になって今さらのように思い出した京介だ。
今は海外に住んでいる一人娘のことを、了道は目に入れても痛くないと豪語する溺愛ぶりだったのを覚えている。定期的に、年の離れた妻を娘の元へ送り出して様子見させているのは幹部の間では有名な話だ。
帰り際、了道から「餞別だ」と渡された紙袋の中には、およそ二十年前要らないと固辞したのと同じ額面の金――一千万円――が入れられていた。
当時、堅気だった京介が琴音を守って負った怪我の慰謝料だと渡されそうになったその大金は、葛西組へ入れてもらう形でとうの昔にケリが付いている。
さすがに「受け取れません」と返そうとした京介に、了道は「俺からの祝儀だ。黙って受け取れ」とニヤリと笑った。それでも渋ったら、「最後くらい親の顔を立てろや」と言われて、逆らうことが出来なかった。
京介は知らなかったが、実はその金は了道が栄蔵から〝密約の謝礼〟として受け取ったものに他ならない。
その金が入った紙袋をリビングの床へ無造作に下ろすなり、京介は小さく吐息を落とした。
自分が芽生と同じ世界へ帰されたこと自体は、無防備な表情を見せて眠る芽生とともに在ると決めた京介には喜ばしいことに違いない。
だが、突然そんなことを言われても、十代の頃からずっとこういう世界で生きてきた京介には、戸惑いしかないのも事実なのだ。
金は了道からもらった一千万をよけたとしても、もともと結構貯め込んであるから今すぐ路頭に迷うということはないだろう。
だが、独り身の頃ならまだしも、今の京介には〝芽生と殿様〟がある。いつまでもちんたらしているわけにはいかないのだ。
灯りの下で眠る芽生の寝顔に、ふっと目を細めた京介は、ソファ前にしゃがみ込み、そっと芽生の頬へ触れた。
その指先に、芽生が微かに反応する。
「……ん、あれ? ……京、ちゃん……?」
眠たげな声と、無意識の甘えた呼び方。それを聞くなり、京介の手が、ぴたりと止まった。
「京介って呼べっつったろ?」
そう呼ぶことは、芽生にしか許していない。低く響いた京介の声に、芽生の目がゆっくりと開いた。
「……あ、ごめ、なさい……」
目が覚め切らないまま、顔を真っ赤に染めて、芽生がゆっくりと言い直す。
「……お帰りなさい、京介」
その呼び方に、京介はようやく口元を緩めた。
「……なぁ芽生。こっち来いよ」
囁くように言って、京介が芽生の身体をそっと抱き上げる。
いきなり縋っていた温かな芽生の身体を遠ざけられた殿様が、名残惜しげに小さく「にゃー」と抗議の声を漏らした。
「あ。……殿様、起こしちゃった……」
それに気付いた芽生が心配そうに呟いたのだけれど、京介はそちらに一瞥をくれただけで、すぐ視線を芽生へと戻してくる。
「アイツにゃ、ふかふかの毛布が残してある。問題ねぇよ」
そもそもマンション全体が、程よく空調が効いていてホカホカと心地よい暖かさなのだ。
そのことを示唆して芽生を横抱きにしたまま歩き始めた京介を、芽生が戸惑ったように見上げる。
「あ、あの……京ちゃん?」
「京介」
さも当然のように呼び方を訂正してきた京介が目指したのは、彼の寝室だった。
「アイツの前で、お前の痴態なんか、見せるわけにゃいかねぇんだよ」
その言葉に、芽生は心臓をきゅっと掴まれたような気がした。だって、今の京介の言葉は、〝これからお前を抱く〟と宣言しているとしか取れなかったから。
昨日みんなが帰ったあと、京介と初めてのアレコレを済ませたばかりの芽生としては、パニック寸前。今夜も〝アレ〟をするんだと思ったら、恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
いつもならそんな芽生の機微に敏感なはずの京介が、何故か今日は余裕がないように感じられた。
寝室に入って芽生をベッドへ下ろすなり、慌てたように二人の後ろをついて走り寄ってベッドへよじ登ってきた殿様を抱き上げた京介が、当然のように殿様を寝室の外へ締め出してしまう。いつもなら、「お前はあっちで寝ろ」とかなんとか殿様に話しかけるはずなのに、それすらない。
その違和感が、芽生をますます不安にさせた。
(京ちゃん、葛西組の組長さんと何かあった?)
数時間前、京介に葛西組の組長・葛西了道から急な呼び出しがあったことは、芽生だって知っている。
出掛けに京介から「遅くなるかも知んねぇ。先に寝てろ」と言われたけれど、何となく落ち着かなくてリビングでテレビを観ながら待っていたのは、それが重要な呼び出しだと芽生にも何となく分かっていたからだ。
いつの間にか寝落ちしてしまっていたのは痛恨の極みだったけれど、京介は家に帰って来た時、どんな表情をしていたんだろう?
そんなことを考えているうちにこちらへ戻ってきた京介が、無言で芽生の上に覆いかぶさってきた。
「あ、あの……」
オロオロと見上げた京介の瞳には、いつもの余裕はなかった。
どこか、寂しげで、不安げな京介の様子に、
「……京介?」
芽生が小さく呼ぶと、京介は黙って首を振った。
何も聞くな、と言われているようだった。
まるでこれ以上何も言わせたくないみたいに噛みつくようなキスが落ちてきた。熱くて、どこか必死なキス。
優しさより、芽生に縋りつきたい気持ちの方が勝っているように思えて仕方がない。
唇を重ねられるたびに、京介の不安や迷いが伝わってくるようで、芽生はそれを全部、受け止めてあげたくなった。
夜着のボタンが、ゆっくりと外されていく。
布越しに触れられる指先は、昨日の京介と違って、どこかぎこちなく震えていた。
「……っ、……京、介っ……?」
「……黙ってろ」
つぶやく京介の声は掠れていた。
でも、それは命令ではなく、懇願に近い響きだと、芽生には思えた。
愛撫はどこか乱暴で、だけどたまらなく優しく感じられた。
京介は、芽生の首筋に何度もキスを落としながら、息を殺していた。泣いてなんていないのに、まるで京介が泣いているように思えてしまうのは何故だろう?
芽生は無意識に京介の背中に腕を巡らせると、その存在を確かめるようにそっと抱きしめていた。
「……大丈夫だよ、京介」
スリスリと背中をさすりながら告げた芽生の言葉に、京介の動きがふっと止まった。
そして、次の瞬間、まるで祈るように芽生の額へ口づけてくる。
その夜、京介は一度も言葉にしなかった。
けれどその沈黙の中には、どんな言葉よりも切実な想いが込められているように感じてしまった芽生である。
コメント
2件
京ちゃん、辛いね(涙)
うわあ、この回めっちゃ切なかったです…🥀 京介が了道さんから堅気に戻れって言われて、戸惑いや不安を抱えながらも芽生に縋りつくようにキスするシーン、胸がギュッと締め付けられました。普段余裕な京介があんなに必死で、でも言葉にできない想いを全部キスに込めてる感じが…。芽生が「大丈夫だよ」って背中撫でながら受け止めてるところ、本当に尊すぎて涙出そうになりました。二人の絆が一層深まった夜ですね🌙