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1月1日
シンと冷えた空気の中、新しい年の最初の太陽が、白んだ空をゆっくりと染め上げていく。古びた木造アパートの二階、隅の部屋で、ユキは布団の中で丸まっていた。「ん……」
微かに聞こえる鳥のさえずりと、遠くから聞こえる除夜の鐘の余韻のような音に、ユキはゆっくりと目を覚ました。今日は1月1日。新しい一年が始まる日だ。
窓の外は、薄いベールのような霧に包まれている。ユキは起き上がり、カーテンをそっと開けた。霧の向こうに見えるはずの隣の家や電柱は、ぼんやりとしか見えない。まるで世界が、まだ生まれたばかりの夢の中にいるようだ。「変な霧……」
そう呟いた時だった。
足元の畳が、ごくり、と小さく脈打ったような気がした。気のせいだろうか?ユキは首を傾げた。
再び静寂が訪れた部屋で、ユキはゆっくりと立ち上がった。床はひんやりと冷たい。古い木造の家は、どこか懐かしい匂いがする。
台所へ向かい、昨日の残りの蕎麦を啜りながら、ユキは窓の外を眺めた。霧は少し濃くなったように見える。
その時、庭の片隅にある古い石灯籠の笠の上に、見慣れない小さな生き物がちょこんと座っているのに気づいた。
それは、手のひらに乗るほどの大きさで、透き通るような水色の体をしていた。背中には小さな白い羽が生えており、ゆっくりと瞬いている。顔には、まるで宝石のような、キラキラと輝く赤い瞳があった。
ユキは息を呑んだ。こんな生き物、見たことがない。
そっと窓を開けると、冷たい霧の空気が部屋に流れ込んできた。小さな生き物は、ユキの存在に気づいたのか、赤い瞳をこちらに向けた。
警戒する様子もなく、その生き物はピョン、と音もなく飛び跳ね、縁側へと降り立った。そして、ユキの方へ、ゆっくりと近づいてくる。
ユキは固唾を飲んで見守った。
生き物は、ユキの足元まで来ると、小さな声で何かを呟いた。それは、言葉というよりは、風がそよぐような、鈴が鳴るような、不思議な音だった。
その音を聞いた瞬間、ユキの頭の中に、まるで誰かが直接語りかけてくるような感覚が広がった。『新年、おめでとう……』
驚きで目を見開くユキに、生き物は再び、同じような音を発した。そして、その小さな体から、淡い光が溢れ出した。
光はユキの体を包み込み、じんわりとした温かさを与える。その温かさの中で、ユキは自分が、新しい年の始まりに、何か特別な出来事に立ち会っているのだと感じた。
霧はさらに濃くなり、世界はますます幻想的な色合いを帯びていく。小さな水色の生き物は、ユキを見上げ、その赤い瞳を優しく輝かせた。
「あなたは……一体?」
ユキがそう問いかけた時、生き物は再び、美しい音を奏でた。その音は、ユキの心に直接響き、喜びや希望、そして少しの切なさを同時に運んできた。
それは、新しい年の始まりに訪れた、不思議な使い。
この出会いが、ユキの新しい一年をどんな色に染めていくのだろうか。まだ何もわからないけれど、ユキの胸には、確かに小さな期待の光が灯っていた。
霧が晴れ、太陽がその姿を現す時、この不思議な出会いは、一体どんな意味を持つようになるのだろうか。ユキは、水色の小さな生き物を見つめながら、静かにその時を待った。
ユキは、水色の生き物が発する不思議な音に、すっかり心を奪われていた。それは、ただの音ではなく、感情や記憶、そして未来への小さな希望の断片が混ざり合っているような、複雑で美しい響きだった。
生き物は、ユキの問いかけには直接的な言葉で答えることはなかった。しかし、その赤い瞳は、まるで何かを語りかけているようだった。ユキは、その瞳を見つめているうちに、不思議な感覚に包まれた。まるで、自分の心の奥底にある、まだ言葉にならない感情が、ゆっくりと形を成していくような感覚だった。
ふと、生き物はユキの伸ばした指先に、小さな水色の体をそっと擦り寄せた。その感触は、冷たくもなく、温かくもなく、まるで朝露の雫に触れたときのようで優しいものだった。
その瞬間、ユキの頭の中に、ぼんやりとした映像が浮かんできた。雪が降り積もる夜、凍えるような寒さの中で、小さな光が一つ、また一つと灯っていく光景。それは、どこか懐かしく、そして温かい光だった。「これは……?」
ユキが戸惑っていると、生き物は再び、短い音を発した。それは、まるで促すような、優しい響きだった。
導かれるように、ユキは縁側から庭へと足を踏み出した。霧はまだ完全に晴れてはいなかったが、先ほどよりも薄くなり、庭の草木がぼんやりと姿を現している。
生き物は、ユキの足元を離れ、庭の奥へとピョンピョンと跳ねていく。その後を、ユキはゆっくりと歩いて行った。
庭の奥には、古びた梅の木が立っている。固いつぼみをたくさんつけた枝は、寒空の下でじっと春を待っているようだ。生き物は、その梅の木の根元で立ち止まり、くるりとユキの方を振り返った。
そして、再び、あの不思議な音を発した。
その瞬間、梅の木のつぼみが、一つ、また一つと、信じられない速さで開き始めたのだ。固く閉ざされていたつぼみから、白く可憐な花びらが顔を出し、あたりには、ほのかな梅の香りが漂い始めた。
ユキは、目の前で起こる奇跡に、言葉を失った。真冬の朝に、枯れ木同然だった梅の木が、一瞬にして花を咲かせたのだ。
水色の生き物は、満足そうにその光景を見つめ、再びユキの方へ近づいてきた。そして、今度はユキの手のひらに、自ら飛び乗ってきた。
その小さな体は、先ほどよりも少し温かい気がした。そして、その赤い瞳は、喜びの色を 더욱深く湛えているように見えた。『始まり……新しい……命……』
言葉ではないのに、ユキには確かにそう聞こえた。この生き物は、新しい年の始まりと共に現れ、眠っていた生命の息吹を呼び覚ます力を持っているのかもしれない。
梅の花は、朝日を浴びて白く輝き始めた。その美しさは、ユキの心を優しく包み込み、新しい一年への希望を静かに語りかけているようだった。
水色の生き物は、ユキの手のひらで、小さく体を震わせた。そして、再び、あの美しい音色を奏でた。それは、祝福の歌のようにも聞こえた
ユキは、手のひらの上の小さな生き物をそっと見つめた。この不思議な出会いは、きっと、ユキのこれからの日々に、忘れられない彩りを添えてくれるだろう。
新しい年の朝、ユキは、言葉を持たない小さな使いと共に、静かで、しかし確かな希望に満ちた一歩を踏み出したのだった。凍てつく冬を乗り越え、春の訪れを告げる梅の花のように、ユキの心にも、新しい何かが芽生えようとしていた。
水色の生き物は、ユキの手のひらの中で、小さく、しかし確かに鼓動している。その温かさが、ユキの冷えた指先から、じわじわと心臓へと広がっていくようだった。
梅の香りが、風に乗って、さらに強く漂ってきた。満開の梅の花は、まるで白い雪が降り積もったように美しく、その奥には、新しい緑の芽が、小さく、しかし力強く息吹いているのが見えた。
ユキは、手のひらの上の生き物に、そっと話しかけた。「あなたは、一体どこから来たの?そして、なぜ私のところに?」
生き物は、ユキの言葉には答えず、ただ、その赤い瞳をユキに向け、ゆっくりと瞬いた。その瞳には、深い静けさと、 知恵のようなものが宿っているように見えた。
ふと、ユキは、自分がこの生き物の名前を知らないことに気づいた。「あなたに、名前をあげてもいいかしら?」
そう問いかけると、生き物は、まるで喜んでいるかのように、小さく体を震わせた。
ユキは、しばらく考えた。その水色の体と、新しい年の始まりに出会ったことから、「アオイ」という名前が、ふと心に浮かんだ。「アオイ……どうかしら?」
その名前を口にした瞬間、生き物は、一層強く輝いたように見えた。そして、短いけれど、どこか満足そうな音を発した。ユキは、それがアオイが自分の名前を気に入ってくれたサインだと感じた。
アオイは、ユキの手のひらから飛び立つと、満開の梅の木の間を、ひらひらと舞い始めた。その姿は、まるで春の妖精のようだった。ユキは、その美しい光景を、ただただ見惚れていた。
しばらくすると、アオイは再びユキの元へ戻り、今度はユキの肩にとまった。その小さな体は、驚くほど軽く、まるで羽毛のようだった。
アオイがユキの肩に留まると、ユキの頭の中に、再び映像が流れ込んできた。それは、人々が新しい年の始まりを祝い、笑顔で挨拶を交わし、未来への希望を語り合う、温かい光景だった。
その映像を見たユキは、ふと、自分が今日、誰とも言葉を交わしていないことに気づいた。一人暮らしのユキにとって、元日はいつも静かな一日だった。しかし、今年はアオイという不思議な存在が、その静けさを、温かい光で満たしてくれた。
「アオイ、ありがとう」
ユキがそう呟くと、アオイは、ユキの頬に、その小さな頭をそっと擦り寄せた。その仕草は、まるで感謝を受け止めているようだった。
空はすっかり晴れ渡り、眩しいほどの陽光が、庭に降り注いでいる。梅の花は、白く輝き、その香りは、風に乗って、ユキの部屋の中まで運ばれてくる。
ユキは、肩にアオイを乗せたまま、ゆっくりと家の中へ戻った。部屋の中は、外の光で明るく照らされていた。
台所のテーブルには、昨日の残りの蕎麦の他に、母親が送ってくれたおせち料理が、重箱に詰められて置いてある。一人で食べるには少し多いけれど、どれも丁寧に作られていて、心が温まる。
ユキは、お重の蓋を開け、色とりどりのおせち料理を眺めた。黒豆、数の子、伊達巻……一つ一つに、新しい年への願いが込められているようだ。
ふと、ユキは、アオイにも何かお正月らしいものをあげたいと思った。しかし、こんな小さな生き物が、何を食べるのだろうか?
そう思案していると、アオイはユキの肩から飛び立ち、お重の中の、小さな金色の栗きんとんの上に、ちょこんと降り立った。そして、その小さな口で、少しずつ、きんとんを啄み始めた。
ユキは、思わず微笑んだ。アオイは、お正月のご馳走が気に入ったようだ。
温かい日差しの中で、ユキは、アオイと一緒に、ゆっくりとおせち料理を味わった。いつもは少し寂しい元日の朝が、今年は、不思議な出会いと、温かい気持ちで満たされていた。
アオイは、時折、美しい音色を奏でながら、ユキの周りを飛び回る。その存在は、まるで、新しい一年の始まりに、ユキの元へ舞い降りた、小さな幸運の使者のようだった。
この日から、ユキとアオイの、不思議な一年が始まった。アオイは、言葉を持たないけれど、その存在を通して、ユキに様々な感情や気づきを与えてくれることになるだろう。そして、ユキもまた、アオイにとって、かけがえのない存在となっていくのだ。新しい年の始まりに生まれた、小さな奇跡が、二人の未来を、優しく照らしていく。
アオイとの生活は、ユキにとって驚きと発見の連続だった。言葉は通じないけれど、アオイは様々な方法でユキに語りかけた。感情が昂ると、その小さな体から、きらきらとした光が溢れ出し、悲しい時には、雨上がりの雫のように、しっとりとした音色を奏でた。
春が訪れ、庭の草木が鮮やかな緑に変わる頃、アオイは、ユキに新しい力を与えてくれることに気づいた。疲れて帰宅したユキの肩にアオイがそっと触れると、じんわりとした温かさが広がり、体の疲れが不思議と消えていくのだ。
ある日、ユキは仕事で大きな失敗をしてしまい、深く落ち込んでいた。部屋の隅で一人寂しそう にしていると、アオイは心配そうにユキの周りを飛び回り、小さな頭でユキの頬を何度もつついてきた。そして、いつものような美しい音色ではなく、どこか励ますような、力強い響きを奏でた。
その音色を聞いているうちに、ユキの心の中に、諦めてはいけない、もう一度頑張ってみようという勇気が湧いてきた。アオイの純粋な励ましが、ユキの心をそっと押し上げたのだ。
夏になり、暑い日が続くと、アオイは涼しげな水色の光を放ち、ユキの周りの空気をほんの少しだけ冷やしてくれた。まるで、小さな移動式クーラーのようだった。
近所の子供たちが、珍しいアオイの姿を見に、ユキの庭に集まるようになった。アオイは、子供たちの無邪気な笑顔が好きだったようで、彼らの周りを楽しそうに飛び回り、時には、小さな光の粒をプレゼントすることもあった。子供たちは、アオイを「光の妖精さん」と呼び、ユキの家は、近所の子供たちの秘密の遊び場になった。
秋が深まり、庭の木々が赤や黄色に色づき始めると、アオイの体色も、心なしか、淡いオレンジ色を帯びるようになった。その音色も、どこか物憂げで、寂しげな響きを帯びるようになった。ユキは、アオイの感情の変化に、そっと寄り添った。
ある夜、ユキが お茶を飲んでいると、アオイは、ユキの湯呑みにとまり、湯気を不思議そうに見つめていた。そして、小さな口で、ほんの少しだけ湯気を吸い込んだ。その瞬間、アオイの体から、 黄色色の光がふわりと広がった。それは、温かく、優しい光で、部屋全体を ふわっと包み込んだ。
冬が近づき、 寒い日が増えてくると、アオイは、以前にも増して、ユキのそばにいるようになった。夜、ユキが眠りにつくと、アオイはそっと布団の中に入り込み、小さな湯たんぽのように、ユキを温めてくれた。
そして、再び新しい年が巡ってきた。1月1日の朝、ユキが目を覚ますと、アオイは、いつものように、ユキの枕元で、静かに羽ばたいていた。その体は、 綺麗な水色に戻り、その瞳は、新しい希望に満ちた光を宿していた。
ユキは、アオイをそっと手のひらに乗せ、微笑んだ。「今年も、一緒に過ごそうね、アオイ」
アオイは、ユキの言葉に応えるように、美しい音色を奏でた。それは、感謝の気持ちと、これから始まる新しい一年への期待に満ちた、清らかな響きだった。
ユキとアオイの、言葉を超えた絆は、不思議な出会いから始まった二人の日々は、喜びや悲しみ、そして何よりも温かい愛情で彩られ、かけがえのない宝物となっていた。そして、来年も、またその先も、二人はきっと、共に新しい1月1日を迎えるだろう。小さな奇跡が繋いだ、温かい物語は、これからも続いていくのだ。
おしまい!ちゃんちゃん!!