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#完全オリジナルストーリー
𝐀𝐘𝐀_

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𝐀𝐘𝐀_

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特別編
第七章 「何もしなくていい日」
病院を出る頃には、雨は少しだけ弱まっていた。
灰色だった空の向こうから、わずかに夕方の明るさが戻り始めている。
「ちーちゃん。」
千景は車へ乗り込む前に優しく声を掛けた。
「抱っこのままでいい?」
「……うん。」
千弥は小さく頷き、千景のスーツをぎゅっと握った。
その手には、まだ力が入っていない。
「くぅちゃんも一緒だよ。」
遥が助手席から、くぅちゃんを千弥の腕の中へそっと戻した。
「……ありがとう。」
その一言だけだった。
それでも、病院へ来る時より声は少し落ち着いていた。
帰りの車内。
誰も無理に話しかけなかった。
カーオーディオもつけない。
聞こえるのは、タイヤが濡れた道路を走る音だけ。
「……。」
千弥は千景の肩へ頭を預け、ぼんやり窓の外を眺めている。
「眠い?」
千景が小さく尋ねる。
「ちょっと。」
「寝てもいいよ。」
「……。」
少しだけ首を横に振る。
「にぃに。」
「なあに。」
「ねちゃったら。」
「うん。」
「おきたとき……。」
言葉が途中で止まる。
千景は続きを急がせなかった。
しばらく待つと、千弥は小さく続ける。
「また、くるしくなる?」
その一言に、車内が静かになった。
千景は千弥の前髪を優しく撫でる。
「そうなるかもしれない。」
「でも。」
「そうなったら、その時も一緒にいる。」
「我慢しなくていい。」
「また病院へ行けばいい。」
「先生にも会える。」
「だから、一人で抱えなくて大丈夫。」
千弥は静かに頷いた。
「……うん。」
運転していた遥も、バックミラー越しに優しく微笑む。
「ちーちゃん。」
「ん?」
「苦しくなったら、遠慮しないで教えて。」
「夜中でも。」
「朝でも。」
「大学でも。」
「会社でも。」
「僕たちは迎えに行くから。」
その言葉に、千弥の瞳が少しだけ潤んだ。
「……ありがとう。」
家へ着く頃には、雨はほとんど止んでいた。
玄関へ入ると、千景は千弥をゆっくり床へ降ろす。
「歩けそう?」
「……うん。」
一歩。
また一歩。
少し頼りない足取りだったが、自分の力でリビングまで歩いた。
ソファへ座ると、大きく息をつく。
「疲れたね。」
遥がブランケットを掛ける。
「今日は何もしなくていいから。」
「……。」
「着替えなくてもいい。」
「勉強もしなくていい。」
「明日のことも考えなくていい。」
「今日は休む日。」
千景が穏やかに言う。
「休むって、お仕事なんだよ。」
千弥は不思議そうに首を傾げる。
「おしごと?」
「うん。」
「今日は、ちーちゃんの仕事は休むこと。」
「ちゃんと寝ること。」
「ご飯を少し食べること。」
「苦しかったら教えること。」
「それだけで百点。」
千弥は少し考えてから、小さく笑った。
「……できるかな。」
「できるよ。」
「僕たちも手伝う。」
夕食は、温かいうどんだった。
「少しだけでいいよ。」
千景が小さなお椀へ取り分ける。
千弥はゆっくり箸を持った。
一口。
「……。」
もう一口。
途中で止まりそうになると、遥が優しく微笑む。
「休みながら食べよう。」
「急がなくていい。」
「うん。」
今日は半分以上食べることができた。
「えらい。」
千景が頭を撫でる。
千弥は照れたように目を伏せた。
夜。
千景はいつもの健康チェックを終える。
熱はない。
呼吸も昼間より落ち着いている。
「今日は一人で寝られそう?」
その問い掛けに、千弥は少し黙った。
そして。
「……。」
小さく首を横に振る。
「ごめんなさい。」
「謝らなくていい。」
千景は優しく笑う。
「今日は一緒に寝ようか。」
「ほんと?」
「もちろん。」
「僕も隣の部屋にいるよ。」
遥も笑顔で言う。
「何かあったらすぐ来るから。」
千弥は安心したように頷いた。
布団へ入る。
千弥はくぅちゃんを抱き、千景の腕へそっと寄り添った。
「にぃに。」
「なあに。」
「きょうね。」
「うん。」
「せんせいが。」
「うん。」
「わるくないって、いってくれた。」
「そうだね。」
「ちぃ。」
少し涙ぐみながら笑う。
「わるいこじゃ、なかった。」
千景は胸がいっぱいになった。
「もちろん。」
「ちーちゃんは悪くない。」
「病気も。」
「苦しいことも。」
「全部、ちーちゃんのせいじゃない。」
その言葉を聞きながら、千弥はゆっくり目を閉じた。
「……おやすみ。」
「おやすみ、ちーちゃん。」
部屋の外では、遥が静かにドアを閉める。
(今日は眠れますように。)
それが三人の同じ願いだった。
この夜は、苦しさが完全になくなったわけではない。
それでも千弥は、一人ではなかった。
千景と遥という帰る場所が、いつもすぐそばにあった。
特別編 第七章おわり。
特別編 第八章へ続く。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第七章、読み終わりました……。 「ねちゃったら、おきたときまたくるしくなる?」って千弥ちゃんの言葉、胸がぎゅっとなりました。苦しさが消えたわけじゃないけど、一人じゃないってわかってるからこそ出た不安なんだろうなって。千景くんと遥くんの「迎えに行くから」って言葉、本当に温かくて。何もしなくていい日、ちゃんと休めてますようにって願わずにはいられませんでした🌙