テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
桃紫 さく🌸
516
常識は変わらないようで常に更新される。
その度過去を後悔する。
私達は変わり続ける常識に飲み込まれ、これからも苦しむことだろう。
例えば私、津田 裕二(つだ ゆうじ)はセクシャルマイノリティである。
16の時、私は自分が同性愛者と気づいた。
世間ではそのような人間は、『おかしい人』や、『気持ち悪い』と言われていた。
自分でも当時、混乱していた。
私は自分が男性であると自覚をしているにも関わらず、男性に惹かれていることに。
自分で理解するまでには時間がかかった。
少なくとも私が若い頃の常識では、セクシャルマイノリティは受け入れられるようなものでなく、むしろ強制されるべき不純な部分とされていた。
それが35年たった今、それは人間の多様性として理解されるべきであり、その人の一面でしかないという常識になっている。
つまり、いくら自分が受け入れても当時では世間は受け入れなかったということ。
それに少しでも反抗する勇気が私にもあればと、後悔していた。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
カランコロンと入店の鈴が鳴る。
私は広めのカフェの中から人を探していた。
休日なため、割と混雑していて人の声が少しうるさいと感じた。
「こっちだ」
低くて聞き覚えのある声の方を向く。
探していた人が微笑みながらこちらに小さく手を振っている。
私は会釈をしてその人の元へ行く。
「堅苦しいな。お前とはそんな間柄のつもりはないんだがな」
優しい声がとても懐かしくてつい表情が緩みそうになる。
その人はふっと笑いながらメニューを取る。
彼は三村 京平(みむら きょうへい)。
高校で仲が良かった同級生である。
「私は君とは違って礼儀を重んじる人間だからね」
「なんだよ、馬鹿にしてるのか?…ほら、なんか頼めよ」
「もうお互い51だろう。大人というより、もう年配かな」
「早いもんだな」
「ブラックコーヒーにするよ」
「おう」
そう言って卓上の呼び出しボタンを押す。
「君はあまり変わらないな」
「そうかもな、お前はどんどん変わってく」
長い髪を1つに束ねている、少し髭が生えている、汚れた作業着、彼の一つ一つを見る。
「奥さんとは上手くやれてるのか」
「あぁ、全く問題ないよ。君は最近どう?」
「別にだな。仕事して、仕事して、仕事して」
「ふっ、仕事ばかりじゃないか」
お互いに少し笑う。
彼は高校時代よくケンカする不良で、私は風紀委員だったためよく対立していたが不仲ではなく、彼は私が不良に絡まれると助けてくれたし、私は彼が普段の素行のせいで理不尽な思いをしていた時はよく先生に抗議などをしていた。
良くも悪くもお互いを守り合っていた。
「幸せか、裕二」
「…なぜそんなことを聞くのかな?」
「別に深い意味はない、お前の口からお前が幸せだって聞きたかっただけだ」
「それは少し答えに困るね」
「なんでだ?」
私は少し間を置いて、京平の目を見て真剣に言った。
「京平、私達は本当に愛し合っていた、そうだろう」
「あぁ、もちろん」
私が自分は同性愛者と自覚してから好きになった最初で最後の相手が京平だった。
京平はセクシャルマイノリティではなかったが、
『性別がどうこうじゃない、お前っていう人間を好きになった。』
そういう理由で私を好きになってくれた。
もちろん当時同性愛は否定されるもので、家族であっても受け入れられないことが多かったため私達は『付き合っていなければいい』という子供じみた考えを持ってずっと一緒にいた。
当時の良かったところは、セクシャルマイノリティがあまりにも受け入れられないことから、同性で仲良くしていても家族からは疑われないというところだった。
自分の子供がセクシャルマイノリティだなんて思いたくないあまり無意識に自己暗示する親が多いからである。
それを利用して当時の私達は密かに恋人のようなこともしていた。
でもそれは、ずっと続いていくものではないことを初めから分かっていた。
「私達は時代に恵まれなかったね」
「…」
「私に勇気があればと、あの日からずっと後悔しているよ」
「お前がしたことは仕方のないことだった、俺は高校の短い間だけでもお前といられて本当に良かったと思ってる」
「ふふっ、本当に君は昔から損をする人間だね。もっとしっかりすればいいのに」
「なっ…!」
「君は確かに喧嘩してたし不良だった。けど私だけが君は優しくて本当は真面目なんだって知っていたんだ」
「やめてくれよ、照れくさい…」
「51のおっさんに照れられてもね」
私にからかわれて少しムカついてるのが微笑ましかった。
その時ふと窓の外に手を繋いだ男子高校生を見つけた。
その子達の表情を見るだけで恋仲とすぐに理解できた。
「幸せそうだ…」
「俺らももう少し遅く生まれてたらな」
幸せそうに歩く男子高校生達を見て急に胸が締めつけられるような気持ちになった。
当時の私達は、まるで犯罪を隠すように関係を隠していた。
羨ましい、と無意識に思う。
「さっきの質問に答えようか」
「あぁ」
「僕は幸せだよ」
「そうなのか」
「幸せだと言わないと、昔の僕に殺されてしまうよ」
「そうだな」
少しの沈黙。
話す度に当時を思い出して切なさを感じる。
「もう遅いかもしれないけど、謝らせて欲しいんだ」
「なにを?」
「私に勇気がなかったこと」
「あれは…」
「いいんだ、許さなくて」
私達が18のとき、卒業式の前日に京平は自分達の関係を正直に明かさないかと提案してきた。
あれは今思えば彼なりのプロポーズだったのかもしれない。
私はすぐに返事できず、黙った。
京平は、『お前をずっと守る。誰よりも幸せにする。覚悟はもうできてる。お前が受け入れてくれるなら、ほんの少しだけ勇気をだしてくれないか』と、私に言ってきた。
私は家族を失望させたくない気持ちに負けて、『私にはできない。君を愛しているけど、それ以上に覚悟をすることが怖いんだ。君とは幸せになれないよ』と言い、彼を拒絶した。
自分の弱さに負けて彼に酷いことを言った。
「お前は間違ってなかったよ」
「そうかな。奥さんもいて、仕事も安定していて、これ以上何も望まない。はずなのに、私はずっと胸が苦しいよ」
「…」
「君が独身なのは、私のせいか」
「….」
京平は黙って私を見つめる。
歳をとっても端正な顔立ちをしていて、見られていると言うだけでなんだか圧倒されてしまう。
「あぁ、お前のせいかもな」
「…」
「俺は30年以上も経ったっていうのに、ずっと時間が止まったままだ。どうせなら体の年齢も止まったままなら良かったのになぁ」
少し悲しそうに笑う。
高校生達はもう既に見えなかった。
「私を憎んでいるかい?」
「いや、全く」
「そうか」
お互い沈黙した時、頼んだブラックコーヒーといちごミルクが来た。
「…君は中身は全く大人じゃないんだな、本当に時間が止まったままじゃないか」
「そっちが進みすぎたような気もしなくないがな」
「甘い飲み物が好きじゃなかったはずだけど?」
「言っただろ、止まったままだって」
いちごミルクは高校時代私が好きだったもので、カフェに二人できてこれを頼むと、『こんな甘ったるいのよく飲めるな』と言って京平はコーラを頼んでいた。
「…いつも頼んでいるかい?」
「内緒」
京平はいたずらっ子のように笑った。
年齢の割に見た目が若いせいで、高校時代の彼を思い出して思わず目を逸らす。
「いちごミルク卒業おめでとう」
「一発殴りたいよ」
京平がははっ、と笑っていちごミルクを1口飲んだ。
「甘ったるい」
「むっ…嫌なら頼まなきゃいいだろう」
「お前にゃ分からないだろうさ」
「なんだって?」
そんなことで話が盛り上がっていたら、もう夕方になっていた。
「そろそろお開きにしようか」
「あぁ、そうだな」
京平が何か言いたげに俯く。
「言いたいことがあるなら、聞くだけならいいけど」
京平が口を開いたが、少し間を置いてこう言った。
「いや、いい。強いて言いたいことと言えば、俺はまだお前が好きだってことくらいだ」
言う直前で内容を変えたのだろう、誤魔化したり嘘をつく時は京平は少し間ができる。
昔からの癖だ。
「そうか、ありがとう」
私も素直にそう言えたら、と思う。
じゃあ、と別れるとき、私は足を止めてこう言った。
「まだ、帰りたくない」
京平が驚いてこちらを振り返る。
「さっき君はそう言いたかったんじゃないかい」
「…あぁ」
当たり。
私は京平のことならすぐに分かるのだから。
「…君も知っての通り、私は奥さんがいて、異性愛者を名乗って生きてきた」
京平は真っ直ぐに私を見ていた。
「君は今も私を好きだと言ってくれたね。」
今伝えなければ、私の想いを。
私はふっと笑いながら京平にこう言った。
「私は好きと言えないんだ。ストレートに好きと言ってしまえば不倫になってしまうからね」
京平は少し微笑んだ。
「でも私は言うよ。私は今でも君が好きだと。」
「…!」
京平の顔が少し赤くなった。
「京平、私は今世、君と生きていくことはできないけれど、君を想う気持ちと生きていくつもりだ」
「裕二…」
「過去の私を無下にするわけにはいかない。私は後悔とこの想いを背負ったまま、生きていくよ」
「…それで俺の時間はようやく進んでくれるかもな」
京平が手を差し出した。
「握手くらい許せよ」
「あぁ」
そこで私達は握手をして、目を合わせた。
「京平、さようなら」
「じゃあな、裕二」
そう言ってそれぞれの帰り道を歩き出した。
時代への恨みと後悔は、ついに報われていい思い出になってくれた。
夕焼けの赤さが目に染みる。
家の前に着いた頃にはもうかなり暗かった。
ドアを開けてただいまと言うと、妻がおかえりなさいと迎えてくれた。
いつもなら少し重い体は今日はとても軽かった。
fin
コメント
1件
読了しました…! このお話、重くて苦しくて、それでいてすごく優しかったです。時代に足並みを揃えられなかったふたりが、30年以上の時を経て「好き」と言えた瞬間、胸がぎゅっとなりました。特に、いちごミルクを卒業できなかった京平さんの「止まったままだ」ってセリフ…あれ、ずっと忘れられないです。お互いを想い合って、ちゃんとケリをつけるための再会。ゲファーさん、この静かな切なさの中に確かな愛を描けるのが本当に素敵だと思います。