テラーノベル
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りんご三兄弟
夏の終わりの空気は、少しだけ軽くて、少しだけ寂しい。
ライブハウスの外に出た瞬間、耳鳴りみたいに音が残っていた。
さっきまでの世界がまだ身体の中で鳴っている。
――すごかったね。
隣でそう言った君の声さえ、少し遠く感じる。
ステージの上で歌っていた
もっくん の声が、まだ胸の奥に引っかかっているからだ。
言葉にできない気持ちを、無理やり引きずり出して、光の下に晒すみたいな歌だった。
ごまかしていたものが、全部バレた気がした。
隣にいる君への、この気持ちも。
ギターをかき鳴らしていた
ひろと は、ずっと楽しそうで。
その音は、逃げ場をなくした心臓みたいに跳ねていた。
そして、
涼ちゃん の音は、不思議なくらい優しくて。
まるで「大丈夫だよ」と言われているみたいだった。
全部、ずるいと思った。
こんなふうに、まっすぐに気持ちを音にできたらいいのに。
⸻
帰り道は、少し静かだった。
さっきまであんなに騒がしかったのに、夜は何事もなかったみたいに澄んでいる。
「……なんか、泣きそうになった」
ぽつりと、君が言う。
「わかる」
それしか言えなかった。
本当は、違うことを言いたかったのに。
“君の隣にいると、いつもこうなる”って。
“ずっと前から好きだった”って。
全部全部好きだって。
でも、言えないままここまで来た。
関係が壊れるのが怖くて。
この距離が変わるのが怖くて。
――でも。
さっきの歌が、ずっと頭の中で繰り返される。
言わなきゃ、何も始まらない。
言わなきゃ、ずっとこのままだ。
それが、急に怖くなった。
「ねえ」
気づいたら、声が出ていた。
君が振り向く。
街灯の光が、君の目に小さく映る。
「……なに?」
いつもと同じ声なのに、少しだけ距離がある気がした。
たぶん、変わったのは僕のほうだ。
心臓がうるさい。
逃げようと思えば、まだ逃げられる。
でも、逃げたらきっと、今日のことを一生後悔する。
だから、息を吸って――
「好きだよ」
言ってしまった。
あまりにもあっけなく、ずっと言えなかった言葉が、夜の中に溶けていく。
君は、一瞬だけ目を丸くして。
それから、困ったみたいに笑った。
「……遅い」
「え?」
「ずっと前から、知ってた」
心臓が止まりそうになる。
「ていうか」
君は少しだけ近づいてきて、言った。
「待ってたんだけど」
風が、静かに吹いた。
さっきまでの音が、全部遠くなる。
でも代わりに、確かなものが胸の中に残る。
「……じゃあ」
「うん」
「いいの?」
「いいよ」
その返事が、あまりにも自然で。
世界が少しだけ、明るくなった気がした。
⸻
帰り道の続きを、今度は少しだけ近い距離で歩く。
何かが劇的に変わったわけじゃない。
でも、確実に何かが始まっている。
イヤホンを片方ずつ分けて、さっきの曲を流す。
同じはずの音が、まったく違って聞こえる。
痛いくらいだった歌が、今はやさしく響く。
君が小さく笑う。
「さっきより、好きかも」
「なにが?」
「この曲も。……今も」
夜は静かで。
でも、確かに鳴っている。
透明な音の中で、僕たちはやっと同じ場所に立った。
――好きって言えた夜は、こんなにも静かで、こんなにも鮮やかだ。
コメント
6件
なんか毎回みんなの見てるけどじぶん超えて来るの何?笑