客間に入ると、アドニスが部屋の中央に立ってアルメリアを待っていた。
「アドニス、こちらに直接くるなんてとても驚きましたわ!」
そうやって声をかけると、アドニスは嬉しそうに微笑んだ。
「あのような内容の手紙を受け取ったら、私からこちらに伺うのが当然のことだと思います。それにしても、モーガンがこちらにいるなんて思いもしませんでしたよ」
「そうなんですの、私も驚きましたわ」
そう言いながら、座るように促した。お互いがソファに腰かけると、アドニスが口火を切る。
「ところで、アルメリアはどのようにしてモーガンと接触されたのですか? それになぜモーガンはクンシラン領に?」
アルメリアは今までの経緯をざっくり話して聞かせた。
「そういったことだったのですね。やはり貴女は凄い人です。私とは考え方がまるで違う。私は彼らになんらかの代価を払い、今後は我々の海域を荒らさないと約束を取り付けることばかり考えていましたが、彼らを雇うとは。それにしてもその話を聞く限りでは、私の父がモーガンを怒らせたことが、軍と彼らを決裂させた大きな原因なのですね。どうやらそこに解決の糸口がありそうです」
「そうですわね、でも私もヘンリーからその原因となったいさかいについて、詳しい話は聞けておりませんの。思い出すのも嫌なぐらいなのかもしれませんわね」
アドニスは難しい顔をして考え込んだ。
アルメリアはアドニスが困っているなら、なにか自分に出きることはないか考えた。
「アドニス、私になにか協力出きることがあれば、なんでも仰って」
すると、アドニスは悲しげに微笑んだ。
「いいえ、そこまで貴女に頼るわけにはいきませんよ。ここまでしていただけたのですから、あとは自力でなんとかしてみます。でもそう言ってくださる貴女のその気持ちがとても嬉しいです。ありがとう御座います」
「わかりましたわ。でも、ヘンリーは会うのは一度きりと言ってましたから、そこでなんとか話をつけなければなりませんわよ?」
「はい、しっかり準備をさせてもらいます」
話の区切りがついたところでアルメリアは、ヘンリーとモーガンが同一人物だと知ったときから、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「ところでヘンリーはここ数年、ずっとうちの船の護衛をしていますわ。それに農園を始めたそうですの。だから、ほとんど略奪などの海賊行為はしてないはずですわ。だってヘンリーには、おそらくそんな時間も人手もありませんもの。なのに、ロベリア海域でいまだにそういった事件が発生してますのね? 本当にそれはヘンリーたちが?」
アドニスはそれを聞くと難しい顔をして答える。
「彼らが縄張りとしていた海域でそのような事件が頻発したことや、海賊船を拿捕したところ乗組員がモーガン一派を名乗ったことから、私は彼らの仕業と断定したんですよ。ですが、話を聞いた今では少し考えが変わりました。貴女から話を聞けば聞くほど、略奪行為は彼らの仕業ではないのではないかと思えてきましたね」
そのときアルメリアは、その拿捕された海賊船がヘンリーの物なのか確認する方法を思い出す。
「ヘンリーは今、ツルス港を拠点としてますの。そして、私と雇用契約を結んでいる状態で、言わばアンジーファウンデーションの傘下にある形になってますわ。ですから、うちの契約に乗っ取って、所有する船すべてに船舶番号が割り振られていますの。もしもその海賊船が船舶番号のない船なら、ヘンリーのものではありませんわ」
「なるほど、本当にモーガンの船だったのか確認できるわけですね。ですが、貴女に知らせずに船を購入していたとしたら?」
アルメリアは首を振った。
「そもそも、彼がそこまでして略奪行為を行うメリットがありませんわ」
「そうですか、わかりました。船舶番号のことも調べてみますが、この件を改めて一から調べてみますね」
「もしも、ヘンリーたちがその件に絡んでいると証明されたら、教えてくださるかしら?」
「もちろんです」
そう言うと、アルメリアをじっと見つめた。
「なんですの?」
「いえ、やはり貴女は素晴らしい女性だと再認識していたところです」
アルメリアは思わず笑いながら答える。
「言い過ぎですわ」
「そんなことはありませんよ。そういえば、私が初めて貴女を知ることになったのは、父から港の管理を任されたときでした。貴女はまず船乗り病の対策を考え、檸檬を売る店を港に作るためやや廃れていたツルス港を作り変えた。そして、見事に活気のある素晴らしい港町に発展させましたね。それらを見て、クンシラン家の跡取りはどのような人物なのかと興味を持ちました」
「そうでしたの。だからお城で初めてお会いしたときに私のことを知っていらしたんですのね?」
すると、アドニスは照れ笑いをした。
「実はあのとき以前に、私は貴女と会ったことがあるのです」
アルメリアは驚き慌てた。
「そうでしたのね? 気づけなくてごめんなさい」
アドニスは笑いながら首を振った。
「いいえ、いいのです。貴女が気づかないのは当然のことなのですから」
「どういうことですの?」
「実は私は貴女のことを知ったときにどうしても貴女を見てみたいと思ったのです。そこでこっそり貴女の領地へ行き、毎日見回りをする時間を調べ旅人のふりをして貴女に近づきました」
「声をかけてくだされば良かったですのに」
苦笑しながらアドニスは答える。
「最初はそのつもりでした。ですが、貴女を一目見た瞬間、こんなに美しい令嬢があんなに素晴らしいことを考えるなんてと、驚き、驚愕してしまって声をかけられませんでした。そんな私に貴女は『こんにちは』と、優しく挨拶して下さったんですよ。あのときのことは忘れません」
正直アルメリアはまったく覚えがなく、それを申し訳なく思った。
「でも、挨拶なんて誰にでもできますわ」
「言うは易し行うは難しです。領地を自ら歩き、誰にでも笑顔を向けて挨拶する。それは誰にでもできることではありませんよ」
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