■突然の呼び出し
事件発生から3日後。
ヒカルは警視庁本庁舎へ呼び出された。
上司の声はいつになく固い。
「日向(ヒカル)、スーツで来い。
大事な場だ」
(まさか、処分じゃないよね)
だが、胸騒ぎの正体は良い意味で裏切られる。
■本庁の大講堂
着いた先は、本庁舎の大講堂。
テレビ局のカメラ、報道各社、慌ただしく走り回る記者たち。
(えっ…何これ)
周囲を見渡すと、幹部たちが整列していた。
その中央には──
警視総監 が立っていた。
「日向ヒカル巡査。前へ」
名前を呼ばれ、ヒカルの背筋が伸びる。
(これって、もしかして…表彰?)
■警視総監との対面
ヒカルが前に進むと、
総監は穏やかな笑みを浮かべ、
彼女の目をまっすぐ見た。
「君の行動は、市民の命を救い、
重大事件をたった一人で食い止めた。
警視庁として誇りだ」
ヒカルは固まった。
胸の奥が熱くなる。
総監は続ける。
「非番でありながら、逃げず、
極限の状況で冷静に判断した。
これはプロでも難しい」
会場が静まり返った。
「よって、日向ヒカル巡査を
警視総監賞に選出する」
ざわめきが広がった。
■メダルが授与される瞬間
係官が紫色のケースを持ってくる。
総監が開くと、
金色の勲章が光を放った。
ヒカルは無意識に息を呑む。
「誇りを持て。
今日、君は日本の警察の誇り、そして国民を守った」
総監は勲章をヒカルの胸へ留める。
その瞬間─
拍手が、爆発するように広がった。
テレビのフラッシュが連続して光った。
ヒカルは緊張しながらも、
小さく、しかし力強く頭を下げた。
(パパ、ママ…
そして私を育ててくれた日本…
私は、ちゃんとやれたよ)
■ヒカルのスピーチ
総監が言った。
「日向巡査、なにか一言」
突然で驚いたが、
ヒカルはマイクを握った。
「私は…守られた命があったから、
今日まで歩いて来られました。」
カメラが一斉に向く。
「母は戦場を生き延び、
私を日本で育ててくれました。
私は、誰かの命を守れる人になりたかったんです。」
声が震えたが、ヒカルは続けた。
「今回救えた命は、
すべて…母が私にくれた命のおかげです」
会場には静かな感動が広がった。
■テレビ放送、ロジンは涙
千葉の自宅。
ロジンはテレビを見つめていた。
ヒカルがメダルを胸にしている。
堂々とした立ち姿。
強く、美しい眼差し。
ロジンの目から涙がこぼれた。
「ヒカル…
本当に…本当に誇りだよ…。」
テレビ越しに娘の言葉が届く。
『母がくれた命が、私をここまで連れて来ました』
ロジンは口元を押さえ、泣き笑いした。
「あなたは、カイと私の、最高の娘だよ。」
■式典後、ヒカルのもとへ来た人物
式典が終わり、控室で一息ついていると
背後から声がかかった。
「またひとつ、立派になったな、ヒカル」
振り返ると、
北海道にいるはずの 白石 が立っていた。
「叔父さん!」
「いや、君はもう立派な1人前の警察官だ。
警察官同士、ちゃんと敬意を払わないとな。」
白石の目は優しかった。
「俺は…誇りだよ。
兄貴の娘が、こんなにも強くなったことが。」
ヒカルは思わず涙ぐむ。
「ありがとう叔父さん…!!」
白石はヒカルの肩を優しく叩いた。
「次は全国紙の一面だな。」
「やめてよ、叔父さんったら
もう!!」
二人の笑い声が控室に響いた。
■異例の命令
警視総監賞からわずか2週間後。
ヒカルは本庁の会議室に呼ばれた。
上司の警部補が書類を手に言う。
「白石巡査いや、今日からは」
ヒカルが息を呑む。
「巡査部長だ。
異例だが、今回の功績が評価された」
ヒカルは思わず椅子から立ち上がった。
「わ、私が、巡査部長?」
「まだ22歳でこれは異例中の異例だ。
だが、お前ならやれる。自信を持て」
胸に、新しい階級章が輝く。
(パパ…ママ
私は、ここまで来られたよ)
東京で一人暮らし開始
ヒカルは千葉の家を出て、
職場に近い都内のワンルームマンションへ引っ越した。
家具は最低限。
だが窓から都心の夜景が見える。
「今日から、ここが私の家かあ」
ロジンは引っ越しに付き添っていたが、
帰り際、少し寂しそうだった。
「ヒカル…本当に一人で平気?」
「大丈夫だよ、ママ。
毎日帰ってくるわけじゃないけど、
いつでも遊びに行くよ」
ロジンは娘を抱きしめた。
「立派になったね」
ヒカルは笑った。
「私は、ママの娘だからね」
■新たな配属先「機動捜査隊」
翌週、ヒカルは異動辞令を受ける。
日向ヒカル巡査部長
機動捜査隊(通称:機捜)へ配属する
機捜─
“事件発生直後、誰よりも早く現場へ急行する部隊”。
刑事でもあり、パトカー要員でもある特殊な集団。
ヒカルは上着を羽織りながら、
そのプレッシャーと期待を噛みしめていた。
■第一事件:連続ひったくり犯を追え
出動要請は、初日から、突然鳴った。
『緊急指令!
都内3区で連続ひったくり多発!
犯人はオートバイ使用、現在逃走中!』
車内でヒカルは無線を握る。
(犯人の動き…パターン
次は北へ逃げるのが自然)
先輩の巡査部長・古谷が笑う。
「日向、分かってるじゃねぇか。
行くぞ!」
■渋滞の中を駆け抜ける
パトカーはサイレンを鳴らし、
車列の隙間を縫うように走る。
ヒカルの予想は当たった。
バイクの音が、北側の大通りに響く。
「いた!」
犯人が猛スピードで直進する。
古谷が叫ぶ。
「日向、降りろ!!」
ヒカルは迷わず飛び出した。
■交差点での体当たり
犯人のバイクが赤信号を無視して突っ込んでくる。
(間に合う!!)
ヒカルは横断歩道の端から走り出し─
犯人に掴みかかった!!
バイクは横転、犯人は転げた。
「うぐっ……!!」
ヒカルはすかさず犯人の腕を取り、
地面にねじ伏せる。
「犯人確保!!」
現場周囲から歓声が上がった。
■新聞・テレビで報道
“表彰された女性警察官、今度は体当たりで犯人確保”
と、ニュースは大きく取り上げた。
しかしヒカルの顔は少し曇っていた。
「もっと冷静にできた気がする…
危険なやり方だったかな」
古谷は笑って背中を叩く。
「最前線に立つのが今の
お前の仕事だ、誇りを持て!!」
「はい!」
■ロジンの電話
事件後、夜にロジンから電話が来た。
『ヒカル…あなた、怪我は?』
「ちょっと肩を打っただけだよ。大丈夫」
『無理はしないでね
でも、あなた本当に立派になったね』
ヒカルは少し照れた。
「ありがとう、ママ」
その声は優しく、温かかった。
■ヒカルの東京生活
ヒカルの一人暮らしは忙しい毎日だった。
・朝4時起きでランニングと筋トレ
・パランスの取れた食事
・警察学校同期とオンラインで近況報告
・休日はロジンと千葉で一緒に夕飯
机には父・カイの写真が置いてある。
「パパ
あなたの娘は、今日も事件を追ってるよ」
ヒカルの瞳に迷いはなかった。
■深夜2時21分、スマホが鳴る
ヒカルのスマホが突然震えた。
『爆破予告発生!
東京都内の複数施設に、同時爆破の可能性。
機動捜査隊、直ちに本庁へ集合せよ』
ヒカルはベッドから飛び起きた。
(爆破?
これは今までの事件とは次元が違う)
制服を着る手が、わずかに震えていた。
■本庁・危機管理センター
センターには機捜、公安、爆発物処理班、SATまで集まっていた。
警視庁幹部が状況を説明する。
「匿名メールで爆破予告。
ターゲットは東京都の“いずれかの公共施設”。
タイムリミットは72分後。」
全員が息を呑む。
「各施設のスクリーニングを急げ。
だが何より優先すべきは…“可能性の高い場所の特定”だ」
ヒカルはファイルを手にしながら言った。
「ターゲットは“ランダム”じゃないと思います」
周囲が彼女を見る。
「犯人が本気で爆破する気なら、
“象徴性”が高い場所を選びます。
過去の同類事件も、必ず意味を持った場所でした」
公安の刑事が尋ねる。
「日向巡査部長、具体的には?」
ヒカルは候補を3つ挙げた。
・都庁(政治の中枢)
・大型ターミナル駅(人命被害が最大)
・湾岸のエネルギー施設(国家的混乱)
机の上の空気が変わった。
■分散捜査へ
幹部は即座に判断した。
「日向巡査部長、君は都庁のスクリーニングに同行しろ」
「了解!」
ヒカルと機捜チームは急行した。
車内の無線が告げる。
『タイムリミットまで残り 54分』
古谷が運転しながら言う。
「日向、怖いか?」
「もちろん。でも…やるしかない」
「その顔…
もう“新人”じゃねえな」
■都庁・異常な静けさ
夜間の都庁に到着すると、
警備員と連絡を取りながら捜索が始まった。
エレベーターで52階へ。
ヒカルは胸元のライトを照らしながら、違和感に気づいた。
(空調の風の流れが変)
非常階段へ向かうと
階段の踊り場で、
見慣れない黒い箱が目に入った。
「古谷さん…これ」
古谷が固まる。
「爆発物の可能性。」
■爆発物処理班、到着
重装備の処理班が駆け上がってきた。
「日向巡査部長、10メートル以上距離を取れ!」
ヒカルは下がるが、
階段の先の窓に誰かの影が見えた。
(まさか─)
窓際を走る人影。
黒いパーカー。フードで顔は見えない。
(犯人だ!!)
ヒカルは無線で叫ぶ。
「都庁南側階段! 不審者がいる!!」
■追跡
ヒカルは処理班の制止を振り切った。
「日向巡査部長!!危険だ、戻れ!」
だが、犯人は階段を駆け下りていく。
ヒカルは躊躇なく追いかけた。
階段を跳ぶように下降し、
犯人にあと少しまで近づいた時─
男が振り返り、拳銃を向けた。
(撃たれる!!)
床に身を投げ出すと、
銃声が響いた。
火花が壁に散る。
■ヒカルの賭け
男は逃走を続ける。
ヒカルは呼吸を荒らしながら考えた。
(向こうも銃。私の銃では、階段で撃てない。
なら…拘束は“至近距離”しかない)
男が1階へ到達した瞬間──
ヒカルは階段の手すりを滑り降り、
勢いのまま体当たりした。
「うっ!!」
男は倒れ、銃を落とす。
ヒカルは素早く押さえ込む。
「逮捕!!」
男は笑った。
「止められると思うのか?
本命は都庁じゃない」
ヒカルの背筋が凍った。
■第二の場所
本庁から無線。
『日向巡査部長!
都庁の装置は“ダミー”だった!』
ヒカルは息を呑む。
(本命は別!!)
『今、品川駅のゴミ箱から
爆発物と同じ構造の装置を確認!!
タイムリミットまで 11分!!』
ヒカルは叫んだ。
「至急、機捜の全隊を品川駅へ向かわせて!!
私も行きます!」
■品川駅へ
サイレンを鳴らして走る。
時計は残り 9分42秒*を示す。
駅構内は避難が始まっていた。
ヒカルは全力で駆け込む。
爆発物処理班がコンテナの前に陣取り、
青いケーブルを見つめていた。
「リミットはあと5分を切りました!」
「間に合うのか?」
処理班の隊長は言った。
「日向巡査部長…
この装置を見てどう思う?」
ヒカルは息を呑んだ。
(ケーブルの色
犯人は“フェイクワイヤー”を混ぜている
この構造は。)
「自爆装置とのハイブリッドです。
“切ってはいけないワイヤー”の方が多い。
でも…
私なら分かります。犯人の癖も、思考も。」
処理班は息をのんだ。
「お前…本気で言ってるのか?」
ヒカルは頷いた。
「やらせてください。
犯人は、現場で私を撃とうとした。
“恐怖”を与えるのが目的じゃない。
“混乱”を求めてる。
なら──このワイヤーは切れます!」
3本のうち1本を指差した。
「これです!」
隊長が震える声で言う。
「切断する!」
カッターがワイヤーに触れる。
切った瞬間、電子音が止まった。
──静寂。
「タイマー停止!!や、やった!!」
駅中に、歓声が広がった。
■事件の終わりと、ヒカルの涙
外へ出ると、夜明けが始まっていた。
古谷が肩を軽く叩く。
「お前、命かけたな」
「怖かった
でも、守りたかった。」
ヒカルは涙を落とした。
■ニュース
翌朝、報道はこう伝えた。
『22歳の女性巡査部長、爆破テロ阻止』
『機動捜査隊・日向ヒカル巡査部長の判断が、多数の命を救う』
ロジンはテレビの前で泣き崩れた。
■そして
本庁の上層部は、
ヒカルに重大な決定を告げることになる。
「白石巡査部長、君を“ある特別部隊”へ推薦したい」
だがヒカルはまだ、
その意味を知らなかった。
■突然の辞令
爆破事件から1週間後。
ヒカルは本庁の会議室に呼ばれていた。
課長が静かに言う。
「日向 巡査部長──
君を “SAT・狙撃部隊” の特別候補生として推薦したい」
一瞬、空気が止まった。
「…えっSAT、ですか?」
SAT。
警察組織の中でも最も危険で、最も選ばれた者だけが入る特殊部隊。
ヒカルは驚きで言葉が出なかった。
「君の爆破処理の判断力、追跡能力、射撃記録…
どれもSATに必要な素質を満たしている。
だが、覚悟は必要だ」
ヒカルは、ゆっくりと背筋を伸ばした。
「行かせてください。
もっと強くなって…もっと人を守れるようになりたいです」
課長は静かに、満足そうに頷いた。
■SAT施設へ
ヒカルは東京都郊外の山中にあるSAT訓練施設に移動した。
扉を開くと、
まるで軍隊のような空気、重量のある訓練装備、
屈強な隊員たち。
その中心に立っていた一人の男が、
鋭い視線でヒカルを見据えた。
「お前が日向ヒカルか」
低く、落ち着いた声。
彼は名乗った。
「SAT狙撃班・班長
南條 陸(なんじょう りく)警部補だ。」
噂だが、聞いたことがある。
息が乱れない、不動の狙撃手。
ヒカルは緊張して礼をした。
「日向ヒカル、よろしくお願いします!」
南條は冷たく言った。
「活躍したから
推薦されたと思うな。
ここでは性別も経歴も関係ない。
撃てるか・撃てないか。それだけだ。」
ヒカルは強く頷いた。
(負けない。絶対に)
■地獄の訓練開始
●射撃訓練
命中率90%を誇るヒカルでさえ、
SATの訓練は次元が違った。
・揺れる足場での射撃
・高風速での狙撃
・夜間暗視の照準
・心拍数を一定に保つ呼吸法
南條が横から静かに言う。
「狙撃は“精神の競技”だ。
心が乱れた瞬間、弾は外れる。」
汗が滴り、両手は痺れる。
それでもヒカルは必死に食らいついた。
●格闘訓練
小柄なヒカルは、
屈強な男性隊員たちに投げ飛ばされる。
何度も倒れ、息が上がる。
だが、南條は言った。
「日向お前は、身体が軽い。
“重心移動”と“脱力”を覚えれば、お前の方が有利だ。」
ヒカルは食い下がり、
やがては大柄な隊員も足払いで倒せるようになった。
●走行訓練
SATの体力試験、
“12分間走 軽装3km” を初めて完走した夜。
南條は短く言った。
「悪くない」
それだけだったが、
ヒカルは嬉しさで涙が出そうだった。
■「撃て」と言われた瞬間
最終試験の日。
ヒカルは南條に呼ばれた。
「日向。
狙撃手としての一番大事な試験だ」
標的の向こうには、
人質の役の隊員。
「本物を想定する。
お前が外せば“人質が死ぬ”。
心拍を40以下に落とせ。
撃てる状態になったら、言え」
ヒカルの心臓が跳ねる。
(人を守るために撃つ……
私は出来るの? 本当に?)
震える手を押さえ、
深呼吸を三度繰り返す。
心拍計が「39」を示した。
「いけます」
南條が静かに下した。
「撃て」
乾いた銃声。
標的の中心を正確に射抜いた。
南條は初めて、
少しだけ口元を緩めた。
「合格だ、日向巡査部長」
ヒカルは膝をつき、
張り詰めていた涙が零れ落ちた。
新たな戦いへ
制服に袖を通す。
胸元には
『SAT 』
のワッペン。
(ここに来た。
でも終わりじゃない。
ここからが始まりだ)
そう思った時、背後から声がした。
「日向。
これからお前は“俺のチーム”だ。覚悟してついてこい」
振り返ると、南條が少しだけ優しく見えた。
「はい、南條班長!」
こうしてヒカルは─
警視庁SAT狙撃班の正式隊員 となった。







