テラーノベル
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ケンジは大丈夫だろうか。 今朝、駅で見かけた男子たちの視線は、明らかに「獲物」を蔑む類のものだった。いじめ――いや、それよりももっと根深く、逃げ場のない「何か」にケンジが囚われているのは間違いない。
(蓮、とか言ったか……。人間をペット扱いするなんて、反吐が出る)
不快感が胸の奥で渦巻く。だが、深入りするのは得策ではないと本能が告げていた。理人は教室の席に着くと、頬杖をついて窓の外を眺める。 校庭では、じりじりと照りつける太陽の下、体育の授業を受ける生徒たちが陽炎に揺れていた。
ふと目を凝らすと、そこには輪から外れ、ポツンと立ち尽くすケンジの姿があった。周囲は彼を「いないもの」として扱い、誰も声をかけようとしない。 理人は眉間に深い皺を寄せ、小さく舌打ちをした。 あんなに真っ直ぐに自分を褒めてくれた「良い奴」が、なぜこんな理不尽な孤独を強いられなければならないのか。
「――おい、鬼塚。生徒会長がお前のこと探してたぞ」
昼休み、前の席の生徒からかけられた声に、理人は思考を遮られた。
「は? 会長が?」
「ああ。お前、何やったんだよ。あの人に呼び出されるなんて……」
「知るかよ。接点なんてねぇ」
生徒会長・御堂蓮。
集会の壇上で遠目に眺めるだけの、自分とは住む世界が違う男だ。呼び出される理由など、心当たりが一つもない。
「とにかく行けって。あの人、怒らせると相当ヤバいって話だぞ」
理人は重い腰を上げ、最上階の生徒会室へと向かった。扉の前に立つと、中から微かに低い話し声が漏れ聞こえてくる。 意を決してノックをし、ドアを開けた瞬間――理人は、その異様な空間に身体を凍り付かせた。
16畳ほどの広い室内。重厚な大理石のテーブルを、威圧感を放つ革張りのソファが囲んでいる。壁一面を埋め尽くす蔵書の群れ。 その中心で、優雅にコーヒーカップを傾ける男の姿があった。
「よく来たね、鬼塚君。待っていたよ」
御堂はゆっくりとカップを置き、理人の方へと歩み寄る。 理人より一回り高い身長。眼鏡の奥に潜む双眸は、光を一切反射しない漆黒の闇を湛えていた。値踏みするように、理人の肢体を頭からつま先まで這わせる冷徹な視線。その口元に、うっすらと愉悦の笑みが浮かぶ。
射抜くような眼差しに気圧され、理人は思わず後ずさった。
「……何ですか。用件なら手短に願いたいんですが」
動揺を押し殺し、ぶっきらぼうに言い放つ。すると、御堂は理人の肩にそっと手を置き、優しく、しかし逃げ場を奪うような力強さで微笑んだ。
「昨夜は、俺の『友達』に随分手荒な真似をしてくれたそうじゃないか」
「あ?」
昨夜倒したあの二人――。理人の脳裏に、路地裏の光景が蘇る。
「……雑魚が寄ってたかって、小さいのを囲んでるのが目障りだっただけだ」
「そうか。ハハッ、言うね。ケンジを攫っていった『チビ』がどんな男かと思えば……面白い」
御堂の長い指先が、理人の頬をなぞるように滑り降りた。 男同士ではあり得ない、艶めかしく、そして悍ましい感触。指が辿った跡が、火傷をしたようにピリピリと粟立つ。
「触んなっ!」
反射的にその手を跳ね除けると、御堂はさらに口角を歪め、暗い快楽を瞳に宿した。
「いいねぇ……気に入った。ちょうどケンジにも飽きてきた頃だ。お前は、調教し甲斐がありそうだ」
「――なっ!?」
聞き慣れない不穏な単語に戦慄した瞬間、物陰から屈強な男たちが二人飛び出してきた。 抗う間もなく両腕を拘束され、背後から濡れたタオルのようなもので口と鼻を強く塞がれる。
「ん、ん――っ!!」
鼻を突く薬品の臭い。肺に酸素が届かず、視界が急速に狭まっていく。 藻掻くほどに意識は遠のき、理人の膝が床に折れた。
霞んでいく意識の中で、最後に見たのは――。
冷酷な笑みを浮かべ、獲物を仕留めた「悪魔」の、剥き出しの愉悦に満ちた表情だった。
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